デートの誘いと対等になりたい人
その日、エルミナ学園の廊下は朝から異様な熱気に包まれていた。普段は広く感じる通路が、ぎっしりと生徒で埋め尽くされている。
この日は、試験結果の発表日であり、誰もが一喜一憂してしまう日だった。
「すごい人だかりですね……」
「きちんと努力すれば実力が評価されるだけのことよ。みんな、何をそんなに緊張しているのかしら」
セレナがやや緊張した面持ちで呟き、カトリーナは、絶対の自信があるからか、興奮している周りの生徒たちに少し厳しいコメントを向ける。リディアはそんな2人に返事を返すことなく、無言で試験結果の掲示板の方に目をやる。
今回の試験で、長期休暇後の実習先が決まるーー。
隣国に、可能であればセレナの国に行きたい。平民であるリディアにとって、隣国にいくのは金銭的に相当厳しい。成績が上位30位までであれば、希望する実習先に派遣してもらえるはずだけど、どうだろうか?
試験に手応えはあったが、それでも不安は拭えず、リディアは人混みを掻き分け、掲示板へと歩みを進めた。
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1位 レオナルド・テネブレ
2位 カトリーナ・フランベルク
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18位 リディア・クロッカー
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24位 セレナ・ソラキ
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(ーーよかった!!)
順位を見て、リディアの胸の奥から安堵の息が漏れる。
一般教養の配点が高かったせいで、以前よりは順位が落ちてしまっているが、それでも目標としていた順位にしっかり食い込めた。
「まぁ当然ね」
「よかったです!」
カトリーナとセレナも、それぞれ目標の順位に入ることができ、満足そうである。
「カトリーナさん、2位なんて本当にすごいですね」
「あら、でもあなただって、一般教養では、私とレオナルドと並んで1位の成績みたいよ。すごいじゃない」
「カトリーナさんに魔法を教えていただいたおかげです!リディアさんも、結果バッチリですね!さすがです」
「ありがとう!」
言葉を交わしながら、3人は微笑みあった。
試験のプレッシャーに耐え、努力したからこその結果。
それをこうして分かち合える仲間がいることも、リディアは嬉しかった。
人混みの中、学園の窓から差し込む強い日差しが、生徒たちの未来を祝福するように輝いていた。
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試験が終わったことで、リディアには一つ気がかりなことがあった。
(レオナルドとルークにお礼をした方がいいんだろうなぁ……)
今回の試験でいい成績をとれたのは、つきっきりで一般教養のことを時に厳しく、時に優しく教えてくれたレオナルドと、苦手な社交ダンスへの向き合い方を一新させてくれたルークのおかげと言っても過言ではない。
とはいえ、貴族である二人に対して、リディアの小遣いの範囲でできるプレゼントなんて思いつかない。どうしたものか悩んでいると、ふと廊下でレオナルドと鉢合わせた。
「リディア、試験成績みたよ。目標達成だね、おめでとう」
「あ、レオナルド。ありがとう。ちょうどよかった、聞きたいことがあったの」
「僕に?」
レオナルドが目を瞬かせる。
「勉強すごい時間とって教えてくれたでしょう?お礼をしたいんだけど何か欲しいものある?」
「お礼……?」
レオナルドは一瞬だけ驚いたようだったが、すぐに穏やかに微笑んだ。
「気にしないで。あれはお詫びみたいなものなんだ。模擬戦の時とか、僕は君にひどい態度をとってしまったと思ってね。せめてもの償いだよ」
「そんなの気にしないでよ!私だって態度悪かったし」
リディアが否定すると、レオナルドは少し考え込んだ。
「なら……今度、二人で出かけないか?」
「……へ?」
「少し気晴らしに。リディアが好きなところ、行きたいところ、僕に教えて欲しい。お礼を考えてくれているなら、それでどうだい?」
リディアは一瞬、言葉を失った。
レオナルドとはここ最近打ち解け、いい友人関係を築けている。カトリーナがレオナルドを好きになるのもわかるし、魅力的な人だと思う。
でも、だからこそ、レオナルドからの誘いに戸惑いを覚える。
(え? これって……デート……?違うのかな!?意識しすぎ......?)
顔がじわじわと熱くなっていく。
だが、すぐにカトリーナの顔が脳裏をよぎる。
「ええと……ごめんなさい。二人で出かけるのは、ちょっと……」
レオナルドの表情が、ふっと揺れた。
「……僕と出かけるのはイヤ?」
「違う違う!そうじゃなくて……カトリーナが……その……」
「カトリーナ?」
言ってからしまった!と思う。
カトリーナの気持ちを(たとえバレバレでも)勝手に言うのはルール違反だ。
「えーっと、だからその......あなたと出かけるのはちょっと緊張しちゃうというか......」
思いつく別の理由を言うと、レオナルドは少し考え込み、嬉しそうに微笑む。彼の黒髪がさらりと揺れ、深い青の瞳がまっすぐにリディアを捉える。
「それは、僕のことを意識してくれる、ってことかな?」
「......はぁ!?全然違うわよ!そんな話してないでしょう!?」
「そう? それは残念」
レオナルドは肩をすくませ、全然残念じゃなさそうに笑い、リディアに一歩近づく。
「なら、リディアにとって僕ってどんな存在?」
「え、えぇ……?」
「お礼を考えてくれるくらいには、大事な人だと思ってくれてるんだろう?」
「そ、そりゃあ……友達だから……」
「――友達、ね」
レオナルドの指が、不意にリディアの顎の近くを掠めた。ほんの一瞬の動きだったが、リディアの心臓が大きく跳ねる。
(え、ちょっと……!?)
「……リディア」
レオナルドの声は、どこか甘く、けれど静かな確信に満ちていた。
「僕にとっては、君は大事な女の子だよ。覚えておいてね」
彼は優雅に後ろへと下がり、何事もなかったかのように微笑んだ。
「お礼、考えとくよ」
そう言い残し、レオナルドは廊下の向こうへと歩き去っていく。一人残されたリディアは、心臓の音がうるさく響くのを感じながら、彼の後ろ姿を見送った。
(もう、なんなのよあれーー!)
レオナルドに心揺らされたのが悔しく、カトリーナとも会いにくく、その後リディアは学園の人気がないところを求めてプラプラと散歩していた。エルミナ学園の敷地は広大であり、歩けばリディアの知らない茂み道や並木道が見つかる。
日陰を求めて並木道へ足をのばすと、木漏れ日が揺れ、風が葉を揺らす音が心地よく響く。
少し心を落ち着けたリディアは、その静けさの中ふらふらと散歩をしていると、木の幹にもたれかかるようにして座っている見慣れた青年を見つける。
「……ルーク?」
普段は溌剌としていて、いつも自分を揶揄う陽気な人が、どこか疲れた様子に見える。
「……リディアちゃん?」
普段とは異なる呼び方にリディアがドキリとしながらもルークを見れば、ルークは少しぼんやりしており、少しの間を置いてから、目覚めたように目をパチパチとさせ、いつものような言葉を放つ。
「こんなところにどうした?俺に会いにきた?」
「暑いからちょっとした散歩よ。それよりあなた、大丈夫?もしかして熱中症?」
普段通りのルークに安心しつつ、ぼんやりしている様子が心配で、ルークの額に手を伸ばし、ちょっとした氷魔法をかけると「気持ちー」と呟きながらルークが目を細める。
「なんだからしくないわね、試験で疲れてるの?模範生だったら、試験軽々クリアなのかと思ってたわ」
「んー……模範生は通常の試験を受けるのに加えて、下級生の魔法試験の補助で、試験会場の安定化に気を配ったり動き回るんだよ。さすがにちょっと疲れるよな」
ルークはそう言って肩を軽く回すが、その言葉でリディアは罪悪感に襲われる。
いつも、なんでもないかのように色々こなすルークだが、彼だって1人の人間で、やることが溜まれば当然疲れる、そんなことに気づかず、社交ダンスの練習を付き合ってもらった自分が恥ずかしかった。
「ごめんなさい、私のダンスの練習まで付き合わせちゃって……」
リディアのその言葉にルークは目を丸くする。
「うわ!リディアが塩らしい態度だ、珍しい」
「何よ、人がせっかく謝ってんのに!」
「ははっ!冗談だ。っていうか、それは気にするな、お前とのダンスは予測不可能な感じで結構面白かったし、むしろいい息抜きだった」
ルークは楽しそうに笑うが、リディアはルークに気を遣われているのが面白くなく、ルークの額に再度手を伸ばす。魔法陣を想像し、そっと発動させる。
「冷たい風が吹いてくるな。それに、いい匂いがする」
「……気休め程度だけど、疲れが取れれば。セレナの国の薬草をイメージした香りよ、この香り嗅ぐとすごくリラックスできるの」
「いいな、そういう友達との交流。それが魔法に活きるなんて、魔法使いとして最高だ」
風が2人の間を吹き抜ける。
木漏れ日が揺れる中、リディアはふと、ルークに目を向ける。
自分はルークに助けてもらってばっかりだ。まずは、しっかりお礼をしよう。そのあと、きちんと成長して、いつかこの人と肩を並べられるような、そんな魔法使いになりたい。
そんな思いを胸に抱きながら、リディアはルークに魔法をかけ続けた。
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活動報告の方にも近々、みんなの試験結果の詳細イメージ書きたいと思ってます。




