プリンスの独白
月明かりが微かに差し込む部屋の中、レオナルドは机の上に置かれた古びた魔法書を指先でなぞった。内容を読むわけではない。ただ、頭の中に渦巻く思考をまとめようとする時の癖のようなものだった。
「リディア……」
ぽつりと名前を呟く。
最近、彼女の態度が気に触る。
以前は自分の言葉を拒絶的な態度を示すことはあっても、否定することはなかった。それが今では小さな反抗の芽を見せるようになっている。
魔法の才能に恵まれていることは認めるが、それでも"天才"と呼ぶには程遠い分際でーー。
「私はリディアよ、だと?くだらない自立心だね」
苛立ちを込めて吐き捨てる。
どれだけ優れた才能があっても、女は権力に、男に、守られないと生きていけない生き物だ。自分の母がそうであるように。母にとっての幸せは、何も自分では考えず、父の傀儡となり、父に愛されることだけだ。
カトリーナだって、気丈に振る舞っているが、自分だけが本当の彼女を理解してあげてれる。そう囁けば、すぐに尻尾を振るように喜ぶじゃないか。学園の女たちだって、ほとんどみんな一緒だ。なのに、なぜリディアは違うんだ。
リディアだけじゃない。セレナもだ。
全くもって忌々しい。
リディアが中庭で手紙を元に戻した場面を思い出す。
あれは、手紙の時間を戻していた。
今までの彼女の魔法を振り返ると、様々な事象を、時間魔法を使って同時処理していたのだろう。
彼女の魔法の才能は、自分にも、あの男にも及ばない。それでも、
「素晴らしいな」
自分の胸元をそっと押さえる。
そこには今も消えない、あの男の魔法陣が刻まれている。それは自分の力――闇魔法における精神操作等の魔法を封じるものだった。
本来ならば、自分の持つ闇魔法は完璧なものであるはずだったのに。それを奪われたことが、許せなかった。
リディアに目をかけるようになったのは、ほんの気まぐれだった。
貴族の女はみんな自分に従順で、たまには違うタイプの女と話してみたかったのもあるし、単純に、貴族に疎まれている才能ある平民、というのも面白そうだった。平民の女に気を遣えば、周りの人間は、勝手に自分を「身分問わず優しく接するレオナルド様」と盛り立ててくれるだろう打算もあった。
だが、簡単に自分に心開くと思ったリディアは中々に頑なで、最初はそれが目新しかった。
リディアを攻略する一種のゲームのようになったが、セレナと出会ってからの彼女は、どんどん自立心が芽生え、反抗的になってきた。
ゲームは攻略できるから楽しいんだ。
自分に従う気が全くない女は不要である。
だから、完膚なきまでに叩きのめし、彼女に身の程を弁えさせようとした。
模擬戦では惨敗させ、そしてーー。
エレノアとシルヴィアをうまく利用した。
二人がリディアに水をかけているのを見て、使える、と思った。
そんなことをしてはいけないよ、と言えば二人は気まずそうにしていたが、その後にそっと「でもリディアは強いから、きっと二人のしたことをそんなに気にしてないよ、大丈夫。彼女が傷つくのはそうだな、例えばーー、セレナが傷ついた時とかだろう。彼女の友人を傷つけるようなことをしたら、ダメだからね」
そういえば彼女たちは、はっとした顔をしたあと頷いた。二人の頭を撫でてやれば、うっとりとした眼差しで自分を見つめる。実に単純でかわいらしい。やはり女はこうでなくてはいけない。
なのにーー。
一度は打ちのめされたはずのリディアは、気づけば復活し、ますます生意気になった。
だが、彼女のあの時間魔法。あれは、きっと自分の役に立つ。
ならば、やはりリディアは自分に従わせた方がいい。依存させて、自分に夢中にさせて、自分に愛されることで幸せを感じればいい。
それがきっと、リディアにとっての幸せになる。
母やカトリーナのように。
まだ彼女の時間魔法は、発展途上だろう。
手紙の修復も途中で止まり、リディアを取り巻いた光魔法による魔力回復の力でようやく形になっていた。
そしてあの光魔法を使ったのは、おそらくあの男の弟。
ルーク・ルーミンハルト。
「ルーク……」
その名前を口にした瞬間、胸の奥に鈍い痛みが広がった気がした。
レオナルドがルークについて知ってることは少ない。
あの天才と名高いアレンの弟。
自分に魔法陣を刻んだ忌々しい男の弟。
たが、レオナルドはルークへの憎しみはなかった。なぜならルークの貴族内での評価は実に酷いものだったからだ。
天才アレンの残り滓。
体も弱く、社交界にも出れない落ちこぼれ。
そう揶揄されることが多く、事実レオナルドは学園に入学するまで一度もルークを見たことがなかった。
あの男より少し薄い金髪に、あの男の輝くような琥珀色の瞳を霞ませたような榛色の瞳。
見た目は少し似ているが受ける印象は全然違う。
アレンは柔和な雰囲気に隠した狡猾さと傲慢さがあるが、ルークはなんというか、気立のいい兄貴のような雰囲気だ。
学園に入学してからは頭角を表し、模範生となっているようだが、自分やアレンに比べて、所詮程度がしれている。
それでもーー。
ルークがリディアに気を配っているかもしれない。
そう思うと胸がざわつく。
レオナルドは立ち上がり、部屋の窓を見やった。
月明かりが暗闇を照らしているが、その光にはどこか冷たさがあった。
「リディア、君は僕のもとでその力を発揮するべきなんだ。僕なら君を幸せにできる」
薄く笑みを浮かべると、レオナルドは再び机に向き直った。
まずはリディアを弱らせ、そこに自分はつけ込もう。だとすれば、やることは決まっている。
セレナを排除しよう。国に帰ってもらうんだ。
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