セカンドガール、ざまぁに失敗!?
その日の朝、リディアとセレナはそれぞれの部屋でカトリーナの訪問を受け、エレノア、シルヴィアの件は自分に任せてほしい、とお願いをされた。
リディアとしては、そんな卑怯な連中をカトリーナが庇うことも不愉快であったし、自分でどうにかしたいという思いもあったが、あのプライドの塊みたいなカトリーナが自分に頭を下げたことで、その気持ちを飲み込み、カトリーナに全て委ねることを決めた。
昼休みにセレナと一緒に中庭で昼食を取っていると、中央に位置するガゼボが賑わいはじめ、カトリーナが例の2人と話しているとの噂話が聞こえてくる。
(こんな目立つところでやるなんて、さすがカトリーナね)
カトリーナの不器用さが、リディアには清々しかったが、セレナはちょっと考えが違うのだろう、苦笑いでその話を聞いている。
ガブリ、と最近お気に入りのサンドイッチを頬張れば、昨日カトリーナと話せてスッキリしたためか、いつも以上に美味しく感じる。
羽虫の巣からとった甘い蜜を絡めてグリルした鳥肉と、寒い季節を越えて芽吹いた葉物野菜が挟まれたこのサンドイッチは、学園でも人気のメニューだ。
セレナと、今度の休日には一緒に外出しないか、と話していれば、ガゼボでの会話が終わったのか、周囲がどよめき出す。
なんとなく嫌な予感がしつつもリディアはカトリーナに任せると決めた以上、気にしないことにした……はずだった。
「まぁ、そのランチ、まさか学園で買ったものですの?あなたみたいな方が食べると、途端に貧乏臭くなるわね」
エレノアの演技がかった声が聞こえる。
(あー、もう!せっかくいい気分でランチしていたのに)
ちらり、とエレノアの後ろを見れば、カトリーナが焦った顔をしてこちらに走ってくる。
どうやら話し合いは失敗したらしい。
よそ見をしている間にも、シルヴィアまでイチャモンをつけてくる。
(こうなったら仕方ない、私が直接、2人に話をつけるわ!)
なんだかんだ、リディアはやる気満々だった。
自分だけでなくセレナも苦しめたこの2人を、リディアは許せない。
カトリーナには悪いけどーー、この2人が私に話しかけてきたんだから仕方ないわね。
リディアはサンドイッチを一気に頬張り、立ち上がった。
彼女の目に宿る鋭い光を見たセレナが慌てて制止しようとするが、リディアは小さく手を上げて「大丈夫」と微笑む。
エレノアとシルヴィアは、リディアが歩み寄る様子に気づいて薄く笑った。
その笑みは自分たちが優位に立っているという確信を帯びている。
「あら、カトリーナの腰巾着のお二人さん」
リディアの声は低く、静かだが確実に届いた。
周囲の生徒たちもその異様な緊張感を感じ取り、自然と視線を向ける。
「さっきの話し合い、うまくいかなかったみたいね」
カトリーナが息を切らしながらリディアの背後に到着するが、何も言わずその場に立ち尽くした。
「話し合いですって?何のことかしら?」
エレノアが肩をすくめて挑発的に返す。
「カトリーナに、私たちへの嫌がらせについて、怒られたんじゃないの?それを否定したってところかしら?でも、カトリーナは誤魔化せても私はそうはいかないわ......今日こそ、みんなの前で清算しましょう」
リディアの言葉に、周囲がざわつく。
リディアの謹慎をきっかけに、嫌がらせについては学園内でも周知の事実となったが、具体的な証拠や目撃者に乏しく、真相は曖昧なままだった。しかし今、この場でリディアがそれを暴こうとしている。
「私たちは、カトリーナ様と貴族としての在り方を議論していただけよ。それを邪推して決めつけて......やり方が本当に野蛮ですこと」
「全くですわ。大体、私たちがやった証拠でもあるのかしら」
エレノアとシルヴィアが挑発的に微笑む。
「もちろんよ」
リディアは冷静に答え、今まで、セレナと二人でされた嫌がらせについて語っていく。
中でも、どのような魔法が使われているかを丁寧に説明し、それらが2人の得意な魔法と一致していると指摘した。
「それだけで犯人扱いですの?......全く、証拠が聞いて呆れますわね」
エレノアが鼻で笑うと、リディアも不敵に微笑む。
「そんなわけないでしょう。証拠はコレ。ねぇ、シルヴィア、これ、あなたの字よね?」
リディアは冷静に答え、ポケットから一通の手紙を取り出した。それは、シルヴィアの筆跡に酷似した脅しのメモ書きだった。
「それは……!」
シルヴィアが一瞬顔を顰める。
しかし次の瞬間、彼女は再び不敵な笑みを浮かべ、まるで聴衆に言い聞かせるように身振り手振りを大袈裟にして反論していく。
「思わず二度見してしまいましたわ。確かに私の筆跡に似てるかもしれませんが、こんな悪筆、貴族である私がかくとお思い?」
シルヴィアは周りに語りかけるように続けていく「みなさん、今のお話をお聞きになりまして?これが、彼女のやり方です。確証もないのに、自分が見る世界が正しいかのように語る。なんて低俗なんでしょう。このような方がこの学園にいること自体、恥ずべきことだと思いませんか?」
その言葉に、周囲の人間はざわめいていく。
確かに、といった声もあれば、リディアの言うことを信じるものもおり、勢力は二分された状況となった。
もう一押しで、形勢がひっくり返る、とシルヴィアが思った時、それを否定するように、カトリーナとセレナが声を上げる。
「シルヴィア。私たち、何年の付き合いだと思っているの。これは、あなたの字よ。私にはわかります」
「もしそれでも否定されるなら、我が商会の筆跡鑑定人を手配しましょうか?それで、全てを判断しても構いませんよ」
その言葉に、とりわけ、カトリーナがシルヴィアの発言を否定したことに周囲はざわめく。
「カトリーナ様がああ言うなら、やっぱりリディアの言うことは本当 なのでは」「でもシルヴィア様が嫌がらせをしたなんて…」「いや、でも確かに、普段から彼女は高圧的な言い方をするし……」
シルヴィアは、状況が悪くなっていくことに焦っていた。
事実、そのメモ書きはシルヴィアが書いたものでありそれがバレるのはすこぶるまずい。
「まぁ、こんなくだらないものに皆さん振り回されて……!」
ツカツカとリディアに歩み寄り、手元にあるメモを奪うと細かく破り捨てた。
「なんてことするのよ!」
リディアが思わず叫ぶと、シルヴィアをエレノアが庇う。
「当然ですわ。冤罪をかけられようとしているのですもの。むしろ、こちらとしては名誉毀損でお父様たちに報告しても構わないのですよ。それでも、あなたたち平民が、魔法をしっかり学べるよう、そのような措置を取らない我々貴族に感謝してほしいくらいだわ」
シルヴィアとエレノアは、自信満々に話すが、その目には焦りが見え隠れする。
すると、その2人に救いの手を差し伸べるかのように、悠然とした足取りでレオナルドが現れた。
「さっきから、何の騒ぎだい?みんな、昼食は取ったのか?」
その登場に、周囲の空気が一変する。
彼の存在感が場を支配する中、シルヴィアはすかさずレオナルドに駆け寄り、エレノアもそれに続く。
「レオナルド様!リディアが私たちに濡れ衣を着せようとしたんです!」
シルヴィアが涙を浮かべながら訴える。
「そうなんです!証拠だなんて言って勝手に嘘を広めて――」
エレノアも続ける。
「本当かい?」
レオナルドが、シルヴィア、エレノアとリディア、カトリーナ、セレナを見遣る。
その目は、まるで何かを図るかのように細められ、次の瞬間、彼が口にした言葉は全員の想像を裏切った。
「それなら、ここで真実を明らかにしよう。君たちの言っていることが正しいのか、リディアが正しいのか。全員の前で、ね」
その場に居合わせた誰もが息を呑む中、シルヴィア、エレノアはどのようにレオナルドをを味方につけるか、頭を巡らせていた。
ただし、2人には確信があったーー。
かつて、リディアへの嫌がらせを見逃し、自分たちを肯定してくれたレオナルドなら、きっとこの場でも自分たちの見方をしてくれる、と。




