荒れるセカンドガール
模擬戦翌日、主に参戦した生徒への配慮から学園は休みとなり、リディアはその明朝、登園の支度をしていた。
「…よっし!」
姿見で身だしなみのチェックをする。
昨日十分に負けを噛み締め、悔しさを発散した。
今日姿見に映るのは、目元の腫れもひいた、いつも通りのリディア・クロッカーだ。
「行ってきます」
誰もいない寮の部屋に声をかけ、リディアはエルミナ学園に向かった。
その日、リディアはいつも以上に好奇の目、悪意ある目線に晒された。
これは寮を出る前から予想していたことだ。
学園のプリンスに大敗し、しかも喧嘩を売るような行為をしたのだ。このくらいはあっても仕方ないだろう。
(レオナルドへのあっかんベー、はやりすぎだったかもね。……もしかしたら嫌がらせも本格化してるかも、面倒だな)
考えごとをしながら教室の扉を開けた瞬間、彼女の目に飛び込んできたのは、自分の机が丸ごと消え去った光景だった。
「……え?」
いつもなら見慣れた場所にあるはずの机と椅子はなく、リディアへ向けられる視線は、嘲笑と軽蔑で彩られていた。
(嘘でしょう、ここまでする?)
リディアが唖然としていると、後ろから声がかかる。
「あらあら、セカンドガール様の机、どうされちゃったんですか〜?お助けしましょうか…ってそうだった!リディア様は、ご自分の力でここまでこられたんですものね?我々の手助けなんて不要ですよね〜」
声の主は貴族のクラスメイトである。
リディアは彼女の名前を覚えていない。
いつもカトリーナの周囲に群がっていて、ピーチクパーチク、よく喋るなぁ、とぼんやり思っていたが、模擬戦でのリディアの発言まで引用するあたり、中々性格は悪いらしい。
「でもどうしましょうね〜?もうすぐ授業始まっちゃいますよ?あ!地面に座って授業を受けたらどうですか?平民の方って、市街でも地べたに座ってたりしますし、リディア様もやって見せてくださいよ」
クスクスと笑い声が教室中に広がる。
その中には、今までよくしてくれたクラスメイトも含まれていた。
その光景に、リディアは怒りが爆発しそうだった。
確かに模擬戦では大敗した。レオナルドへの態度も、まぁ、よくなかっただろう。だが、正々堂々と戦った結果に対して、恥じることなど何もない。
なのに、なぜここまでされないといけないのだ。
(…この女が、少なくとも机を隠した犯人で間違いなさそうね)
リディアはその女の横を通りすぎ、彼女の普段使っている机に歩み寄る。
机と椅子に手を置くと、それらは宙を漂い始め、リディアの机があった場所が正しい位置だったかのように、そこに収まる。
「ちょ、ちょっと、何してるのよ!?」
「今、魔法でこの子たちの話聞いてあげたの。あんたみたいな性格の悪い卑怯者に使われるの嫌みたいだから、私がもらってあげたのよ。この子たちも喜んでるわ」
リディアは不敵な笑みを浮かべて答える。
机の、というより無機物の声を聞く魔法なんて存在しない。
リディアのウソである。
そんなことはこのクラスにある全員がわかっている。
「バカにして......!」
「どうしても返してほしいなら、力づくで取り返せば?」
挑発するようにリディアは言い放つと、相手の感情は完全に爆発した。
教室中に一瞬の緊張が走り、次の瞬間には相手の手から炎の魔法が放たれた。それをリディアが一目見ると、右手を差し出して消した。
周囲からはリディアが何をしたかもよくわからない。
完全なる実力の差がそこにはあった。
「なによ、これしかできないの? 私が魔法を教えてあげましょうか?」
「黙りなさい、平民のくせに!」
二人の魔法がぶつかり合い、教室内は一瞬で騒然とした。
クラスメートたちは悲鳴をあげ、慌てて壁際に避難する。
すると、重い足音と共に扉が勢いよく開かれた。
「何をやっている!」
現れたのは一限の授業担当教師だった。冷たい視線を二人に向けると、一瞬で教室内の喧騒は静まる。
「二人とも私についてきなさい」
教師に連れられて別室へと向かった二人は、その後、謹慎処分を言い渡された。
ーーー
謹慎処分を言い渡されたリディアは、教室を出て寮に戻る足取りも重く、中庭に向かっていた。
人目につかないベンチに腰を下ろし、ため息をつく。
「はぁ…なんでこんなことに…」
ベンチの背もたれに背を預け、空を見ながら今日の出来事を思い返す。
貴族たちの悪質で幼稚な態度、今までよくしてくれたクラスメイトからの嘲笑。
模擬戦で大敗した後の嫌がらせがさらにエスカレートし、挙句、今度は喧嘩までして謹慎。
一体どこで間違えたのか、リディアにはわからなかった。
「リディア」
突然の声に顔を上げると、レオナルドが立っていた。長身の影がリディアに覆いかぶさるように伸びる。
「……何の用?」
なんとなく気まずくて、冷めた口調で問いかけるリディアに、レオナルドは眉を下げて穏やかに言葉を紡いだ。
「聞いたよ、クラスメイトと揉めて謹慎になったんだって?…すまない」
謝罪の言葉に驚き、リディアは思わずレオナルドを見つめる。
「なんでレオナルドが謝るのよ?」
そこから、レオナルドは自分の真意を話してくれた。
嫌がらせを止めたかった、そのために、リディアに少し大人しくしてもらおうと思ったが、リディアの負けん気が思う存分に模擬戦で発揮され、むしろ逆効果だったこと。
貴族連中は、レオナルドに生意気な態度をとった上に、結局負けたリディアに対して反感や侮りの気持ちが増し、これからも嫌がらせが続く可能性が高いと思っていることーー。
それらの言葉に実に理性的で、レオナルドなりに、リディアのことを真摯に考えてくれたことが伝わる。
だけど、リディアにとっては腹立たしく納得のいかない事実ばかりで、つい黙り込んでしまう。
「だから、しばらく大人しくしていてくれないか。君が大人しくしていれば、ほとぼりも冷めて嫌がらせだってやむだろう。不満かもしれないが、君の実力をみんなに認めさせるのは今じゃなくてもいい。困ったことがあれば、僕のところにいつでもおいで。僕が君を守るよ」
レオナルドの言うことはきっと正しいのだろう。
今、自分はレオナルドを通してしか認められておらず、そのレオナルドに惨敗している。
今すぐみんなに認めてもらうことはきっとできないーー。
そして、リディアは今、貴族連中から疎まれている。
「わかったわ、ありがとう」
リディアは口元を引き結びながら返事をする。
だけど、彼の言うことを聞くと言うことはレオナルドの「保護下に収まる」ということだろうか?
そんなのって…
リディアが胸の奥に燻る違和感と、不自由さを感じているのには気づかず、レオナルドはホッとしたように笑う。
「…わかってくれて嬉しいよ。最初から、こうやって話した方が良かったね」
その後、レオナルドは謹慎中は学園でのことは気にせず、リラックスしてね、とリディアに言い残してその場を立ち去った。
「あー!!もう、イライラするー!」
レオナルドが去ると、リディアは頭を掻きむしりベンチから立ち上がる。それと見計らったかのように、上から声がかかる。
「おいおい、レディがそういうの堂々とやるのは、ちょっとどうかと思うぞ」
「…なんだか今日は来客が多いわね」
上を見上げれば、窓枠に身を乗り出し、軽薄な笑みを浮かべたルークが手をヒラヒラと振っている。
「よー!謹慎なんだって?」
その揶揄うような、軽やかな口調が、今のリディアには心地よかった。




