プリンスの真意
「試合終了!」
審判のその声とともに、観客席からは歓声が広がった。
カトリーナは優雅に微笑みながら、観客に軽く手を振って応えてたが、視線の片隅にリディアを捉えている。
「ちくしょう!」
リディアは拳を地面に叩きつけ、涙を拭いながら震えていた。
(……随分と、後味が悪いわね)
この模擬戦が、カトリーナは楽しみだった。
レオナルドと協力し、リディアに圧勝するつもりだった。
結果的には圧勝だったが、終わり方があまりに予想と違う。
『あー!負けた!悔しいー!』
リディアは地団駄を踏みながらも、快活に笑いながらそう言って敗北を認めると思っていた。
そのあとで、鬱陶しいまでに、あの魔法なに!?と聞く姿だって想像できたし、最後には二人で健闘を讃える握手もできると思っていた。
しかし、今となってはそれは叶わないと分かる。
「戻ろうか、カトリーナ」
レオナルドに声をかけられ、カトリーナは我に返った。
選手退場の時間だ。
「ええ、行きましょう。」
カトリーナとレオナルドが観客に大袈裟に礼をすると、観客席からは再び大きな拍手と喝采が沸き起こる。そのまま二人は観客に手を振りながら出入り口に向かった。
演習場を後にする直前、カトリーナはふと振り返った。
リディアは涙を拭い終えたのか、凛とした表情を取り戻しており、観客の視線を一切気にすることなく、反対側の選手用出入り口に向かって歩いていたーー。
ーーーーー
模擬戦会場を抜け、観客の歓声が遠くに聞こえるだけで、レオナルドと2人きりの空間が広がる。
「ねえ、『レオ』」
カトリーナは足を止め、2人のときにだけ呼ぶ愛称で彼を呼び止めた。その声には、どこか躊躇いが混じっている。
「どうしたんだい?『カティ』」
レオナルドも歩みを止め、振り返った。
「模擬戦で、どうしてリディアにあんなこと言ったの?」
カトリーナの声は穏やかだったが、その瞳は真剣だった。
ーー身のほどは弁えた方がいい。君が一目置かれているのは、僕が君を目にかけているからだ。君自身の能力をみんなが評価している訳ではない。
あの言葉はきっと真実だ。
貴族の中には、平民を蔑むものや日和見主義なものが多い。
さらに平民同士の間でも、この貴族が多い学園での立ち振る舞いでは色々バランスがあるだろう。
だから、リディアに対して純粋に好意的でない人間が多いだろうことは察せられる。
だからと言って、何も模擬戦の、しかもペアの相手を倒してこちらが圧倒的に優位になった状況で言っていい言葉ではないだろう。
あのような精神攻撃は卑怯だし、いつも清廉潔白なレオナルドらしくない気がした。
レオナルドは少し驚いたように目を見開いたが、すぐに口元に笑みを浮かべた。
「気を悪くしないでくれ、『カティ』。リディアのためなんだ」
「どういうこと?」
彼は静かに息をつき、壁にもたれるようにして語り始めた。
「リディアはさ、セレナが編入してきて、生き生きとしているよね。それ自体は素晴らしいことだけど、リディアとセレナが親しくなると不都合な人間もいるんだよ」
その言葉にカトリーナはハッとする。自分も、最初は同じことを思った。
セカンドガール、サードガールと周りから呼ばれ、レオナルドに特に気に入られている2人が一緒にいるのは好ましくない、レオナルドの一番近くにいる自分を脅かす可能性だってある、と。
「要するにね、リディアは最近少し目立ちすぎてるんだ。だからかもしれない…」
そこでレオナルドは一呼吸おき、声を潜ませて続ける。
「この前、リディアが悪意ある人間に水をかけられたのを見た。本人はあの性格だから気丈に振る舞っていたけど、このまま嫌がらせが助長される可能性だってある。だったら、模擬戦で大敗して、少し大人しくしてもらったほうがいいと思ったんだ」
リディアが嫌がらせを受けているーーそんな話聞いたこともなければ、微塵も気づきすらしなかった。
レオナルドの言うことも、理解できる。確かにリディアは色んな意味で目立つ生徒だ。
平民出身、突出した魔法の才能、それに甘んじない努力家であり、自由な性格。
ほとんどの貴族にとっては気に触る存在だろうし、カトリーナだってかつてはそうだった(いや、正直相変わらず気には触る)
それでも、カトリーナは納得できない。
「だからって、あんなこと言う必要があったの?もっと別の時に、リディアにそう言えばいいはずよ。あなたの話なら、リディアだって聞くわ」
その言葉にレオナルドは、不意を突かれたように目を丸くする。
「え、本当にそう思うのかい?買い被りすぎだよ。僕が何を言おうが、リディアは納得しなきゃ絶対に自分のスタイルを曲げないよ。下手に言おうもんなら『そんな連中、私が返り討ちにしてやるわ』くらい平気で言うよ」
…確かに一理ある。リディアは生粋の負けず嫌いだ。というか、折れない。
「でもだからって…」
リディアが地面を叩く姿が脳裏をよぎる。
カトリーナが続く言葉を探していると、そんなカトリーナの気持ちを察したのか、レオナルドは慰めるように続ける。
「確かに今回、リディアには可哀想なことをした。でも、これでリディアが大人しくなって嫌がらせが済んだら、それが一番じゃないか。それに、試合内容自体はお互いに全力を出せて、いいものだったと思わないか?」
「…そうかもしれないけど」
「カトリーナ。リディアのことはきっと大丈夫」
そう言うと、今度は明るい調子で続ける。
「それにしてもカティ、今日の君の戦い方、すごいよかったね」
そこからレオナルドは、カトリーナがいかに適切なタイミングでレオナルドへの援護を実施したか、リディアを追い詰めた風魔法と土魔法の融合は炎魔法に頼りがちなカトリーナの新しい挑戦で素晴らしかった、など様々な角度でカトリーナを称賛した。
その言葉たちに、カトリーナはふわりと心が浮かび上がるような気持ちになる。
「ありがとう、レオ」
レオナルドは本当に人をよく見てくれている。
だから、リディアのこともレオナルドのいう通りなのかもしれない。
カトリーナはレオナルドのことを信じることにした。
いつだってレオナルドは優しくて正しくてーー。
何より、カトリーナはレオナルドが大好きだから。
レオナルドとの会話を続けながらも、カトリーナはふと疑問に思う。
リディアが嫌がらせを受けているとして、セレナには嫌がらせはないんだろうか?
「カティ?どうしたんだい?」
カトリーナはレオナルドとの会話を留めていたことにも気づかず、考え込む。
模擬戦前夜、カトリーナの部屋にお守りを届けてくれた時、セレナは膝を怪我していた。
「ぼんやりしているつもりもないんですけど…転んでしまって…」
あれは、本当に不注意で転んでできた傷なんだろうか?
制服のポケットに忍ばせておいたお守りをカトリーナはぎゅっと握った。
平民と異国からの編入生ーーそんな理由で、卑怯なやり方で2人を傷つけるなら、カトリーナは絶対に許せない。
「カティ?聞いてるかい?」
レオナルドが自分の前で手を振っているのを見て、ハッとなる。
「ごめんなさい、少し考え事をしていて」
「そう?それで、この前話していた魔法陣は解読できたのかい?」
「それが中々手強いのよ。音楽を表現しているようなんだけど、そこが読み取れないの」
今はレオナルドとの会話を楽しもう。
カトリーナはその後も、レオナルドと大好きな理論魔法の話をしながら、屋外演習場を後にする。
外は、レオナルドとカトリーナの勝利を祝福するかのような、快晴だった。




