セカンドガールの敗北
演習場の空気は張り詰め、観客たちは息を呑んで対峙する3人を見守る。
ロイは倒されてしまったが、リディアは初めて見る闇魔法に感動していた。
(精神支配みたいに、心に働きかけるイメージしかなかったけど、物理攻撃もあるのね!)
リディアは攻略方法を必死に考えながら、鋭い視線をレオナルドたちに向ける。その手元には、水球が複数浮かんでおり、いつでも攻撃ができる態勢をとっていた。
一方のレオナルドはどこか余裕の笑みを浮かべ、悠然と立っている。
「リディア」
レオナルドの穏やかな声が、静寂を破る。
「もういいだろう、実力の差は明らかだ。これ以上無駄に傷つく必要はない。胸元のボールを渡すんだ」
その言葉に、リディアは眉を顰め、拳を握る。
「何よそれ!?やってみないとわからないでしょ!」
レオナルドはため息をつき、子どもを諭すような視線をリディアに向けた。
「君は素晴らしい魔法使いだ。才能もある、努力もしている。学園の多くの人間が君を認めている」
彼は一歩前に進み、静かに続ける。
「でもね、リディア。身のほどは弁えた方がいい。君が一目置かれているのは、僕が君を目にかけているからだ。君自身の能力をみんなが評価しているわけではない」
その言葉に、カトリーナは息を呑み、観客席からはちらほらと賛同の声が漏れ、レオナルドの言葉に真実味があることが伝わってくる。
リディアもそのことには気づいていた。
学園で、自分は魔法の実力を認められ、地位を築いてきた。入学当初はあった嫌がらせも、自分の実力を示していくうちに、なくなっていった。
だけどそれは、レオナルドからの庇護のようなもののおかげだったのも事実だ。
「だったら何よ!」
リディアの叫びがその場を震わせた。
「私は私よ!私は、実力でこの模擬戦への参加を勝ち取ったの!レオナルドは関係ない!......全力で戦うって約束でしょう!」
その瞬間、リディアの周りに浮いていた水球が刃に形を変え、レオナルドに向かって飛び出す。
切り裂くような音を立てて彼の胸元に迫ったが、レオナルドは手元で風を発生させ、その刃を破壊していく。
「いい攻撃だね。でも、そんな単純な魔法では僕には届かないよ」
彼の言葉と態度には余裕と少しの挑発の色が感じられる。
「カトリーナ、行こうか」
レオナルドのその合図を皮切りに、カトリーナが発現させた風魔法が演習場を舞い、リディアの周囲を取り囲む。
「これで終わりなの?リディア」
カトリーナが声を上げると、リディアの周りを回転する風が次第に速さを増していく。
突風がリディアの服を激しく揺らし、肌に小さな傷を刻み始める。
「そんなわけないでしょう!」
リディアは水の膜を自身の周囲に張り巡らせ、風を阻む盾を作った。カトリーナはリディアの防御に安心したように笑う。
「だったら、これならどうかしら!」
カトリーナは手元に魔法陣をイメージし、足元の土にその手を置いた。すると、リディアの足元の土が震え、周囲から砂と岩が巻き上がる。
リディアの周囲にあった風魔法と組み合わさり、竜巻が発生した。砂つぶと小石が混ざり合い、竜巻はリディアを中心に回転の勢いを増し、水の盾を削っていく。
「くっ…!」
リディアは竜巻の底に手を突き、爆発的な炎を一瞬にして立ち上らせ、周囲の砂や土を焼き尽くしていく。灼熱の炎がリディアの周囲に広がり、風が散らされていく。
竜巻から逃れたリディアを見て、観客席からはどよめきが起こる。いつも綺麗に流れているダークブラウンの髪は乱れ、苦しそうな表情を浮かべている。
「リディアさん、頑張って…」
セレナがそっと呟くが、その声はリディアはもちろん、周囲の観客にも聞こえない。
竜巻から脱出し、少し余裕を取り戻したリディアはカトリーナを見つめ、ニッと笑った。
2人は、この戦いを楽しんでいた。
カトリーナとリディアが手元に魔法陣を発動させ、次の攻撃に移ろうとしたその時、今まで気配を消していたレオナルドがリディアに攻め寄る。
「さすがだね、リディア。でも、やはりまだ足りないな」
雷が彼の指先を跳ね、空気を切り裂く音が響く。
レオナルドが大量の雷の槍を放つと、それはリディアに向かって一直線に飛んでいく。
雷の光が演習場を照らし、観客は息を呑んだ。
リディアの危険を察知したルークと教師陣は、即座にリディアの周囲に防御魔法を張る構えをとるが、
「まだやれるわ!」
リディアは叫び、足元に目線を向ける。
リディアは足元に魔法陣をイメージし、次の瞬間、地面を蹴り上げて常人離れした俊足で横へとよけた。雷の槍はリディアのいた場所に突き刺さり、地面を焼き焦がす匂いだけがその場に残った。
(…これは、どう判断すべきなんだ?)
ルークはレオナルドの試合運びに疑問を感じていた。正直、レオナルドの方がリディアより魔法使いとして圧倒的に上だ。ボールを割ろうと思えば、ロイを相手した時のように一瞬だろう。
(なのに、なぜ彼はリディアを弄ぶような戦い方をする…...?なぜリディアが防げるかどうか、ぎりぎりの魔法を使うんだ?)
もし相手を傷つける目的で魔法を放っているなら、それはルール違反だ。何より、彼の魔法使いとしてのあり方に問題がある。そっと教師を見遣るが、彼も試合の展開に緊張感を持って見守っているように見える。
(…油断しないでおこう)
ルークは 全身に魔力を巡らせ、いつでもリディアを守れるように気を引き締めた。
***
リディアの呼吸は荒くなり、汗が額を伝う。しかし、その瞳には、まだ力強い輝きが宿っていた。一方のレオナルド、カトリーナは変わらず余裕の表情を崩さない。
「これでわかったろう、リディア、ボールを渡して」
再度レオナルドがリディアに声をかける。
その声には優しさが含まれていたが、同時に圧倒的な実力の差を自覚している余裕が感じられる。
「このまま負けるより、ここで降参した方が君の名誉も守られるはずだ」
リディアは息を整えながらレオナルドを睨みつけた。その表情には怒りと反発の色がはっきりと現れている。
「絶対イヤ!」
そういうや否や、リディアはレオナルドに向かって舌を出す。
「アッカンベーっだ!負けるとか偉そうに言うなら、私を本当に倒せるか見せてみなさいよ!」
その幼稚で品のない振る舞いに、レオナルドは眉を吊り上げ、カトリーナも顔を顰める。観客の平民出身の学生たちは気にした様子はないが、貴族出身者は皆「何あの下品な振る舞い」「はしたない」と声を潜める。レオナルドはすぐに表情を落ち着け、僅かに微笑んだ。
「困った子だね。ねぇ…僕を挑発するのは、得策じゃないよ」
「挑発じゃないわ!ただ負けたくないだけ。諦めて試合放棄するような真似、絶対したくないのよ!」
リディアはそういうと、無数の輝く水滴を発生させ、乱反射でレオナルドとカトリーナの視界を悪くする。
「…綺麗」
観客は先ほどのリディアの幼稚な振る舞いも忘れ、その光景に目を奪われる。
「…どこまでやれるか、見てあげるよ」
レオナルドが言うと、リディアはむっとしながらも、次々と魔法を展開していく。
彼女の指先が水晶のような輝きを放つと同時に、巨大な水の剣が空中に現れ、鋭い矢のようにレオナルドに向かっていくが、レオナルドは一歩後ろに下がり、その剣を避ける。すると、待ち構えていたようにレオナルドの足元に草のむちが這うが、カトリーナが事前に察知し、それを焼き切る。そこからも、リディアの動きはどんどん複雑さを増していく。
波のようにうねる水の壁、氷のつぶて、霧を発生させての撹乱攻撃――どれもが巧みで観客を魅了する魔法だった。
「魔法が生きてるみたい...…」
応援していたセレナはリディアの魔法を見てそっと呟く。しかし、レオナルドはすべての攻撃を完璧に防ぐ。
「ここまでかな…...リディア、悪いが僕たちの勝ちだ」
レオナルドの声が低く響き、場の空気を支配する。
レオナルドが手を広げると、その周囲に闇の波動が広がり始めた。物質化したかのように空間を侵食したソレは、鋭い棘状の形を取り始める。
「いくよ、リディア」
その言葉と共に、闇の棘がリディアめがけて飛び出す。リディアは光の刃を放つが、闇の棘がそれを容易に貫き、リディアの胸元まで迫る。
リディアは最後の力を振り絞って、右手に魔力を流した。リディアの周囲に漂う空気が変わり、レオナルド、カトリーナやルークはもちろん、遠くにいる観客も、何かが起こる予兆を感じた。
「水の次に光。一緒にして、時間維持。闇を喰わせる.......!」
リディアは無心に呟く。
すると、リディアの周りに青と金の粒子が集まり、一つの形が作られていく。
それはーー翼を広げた鳥だった。
「飛べ!」
リディアの声に呼応するように、鳥が羽ばたき、そしてーー急に力を失ったかのように、翼が崩れ落ちた。
「…なんで?」
リディアが呟く間にも、鳥の輪郭が揺らいでいく。
「終わりだね」
レオナルドがそういうと、胸元まで迫っていた闇の棘が、リディアの胸元のボールを貫く。
「試合終了!」
ルークの合図が聞こえる。
リディアの初めての模擬戦は、惨敗に終わったーー。
ーーーーーー
「すごい試合だったな!」
「さすがレオナルド様!2年生の試合レベルを超えているわ!」
「でも、リディアさんの魔法もすごかった!」
観客席からは、拍手喝采が起こり、そこにはリディアへの賞賛も多く含まれていた。一方で、リディアに対する批判的な言葉も多い。
「最後のあの魔法、派手なのはいいけど維持もできてないじゃない」
「ほんと、平民が調子乗って頑張っても、所詮あの程度よ」
「だって聞いた?『私は私よ!レオナルドは関係ない!』ですって!ずっとレオナルド様に目にかけてもらって、何あの態度?」
地面に膝をついたリディアは、崩れ落ちた鳥の残骸の光が消えていくのを見つめていた。
失敗したことへの悔しさと、自分の力のなさが胸に重くのしかかる。
ーー身の程はわきまえた方がいい
レオナルドの言葉を思い出す。
「ちくしょう!」
リディアは拳を地面に叩きつけ叫んだ。
声は震え、掠れていたが、悔しさがその一言に込められていた。
服には泥がつき、髪も乱れていた。
そんなこと気にせず、リディアは何度も地面に拳を叩きつけていたーー。
(リディアのあの最後の魔法はなんだ?)
余裕の態度は崩さず、レオナルドはリディアを見つめていた。
『時間維持』ーー確かに彼女はそういった。
時間を使った魔法を自在に扱えるのか?
だとしたらーー面白い。
だけどもし、時間魔法を自在に使うなら、悪意ある人間に利用されるだろう。
(守ってあげよう。カトリーナのように)
レオナルドは、自分がリディアを傷つけたとは微塵も思っていない。
自分の考えはいつだって正しいーー
レオナルドは、そう信じてる。
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リディアは真面目なので普段はきちんと話しますが、切羽詰まると素がでてちょっと口が悪くなります。




