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ランナとミナミ

「ーワン、ツー、ターン!」

そう、講師の先生の掛け声に合わせ、タクマとミナミがフィニッシュを決めると待ち構えていたように、アンジェリカが少々大げさすぎる拍手で二人を出迎える。

「素敵ですわ!二人とも!何より、ミナミさんが一度も足を踏まずに踊り終える日が来るなんて…」

アンジェリカが感激で涙目になると、つられて講師陣も涙目になる。


ーえっ、私、そんなにやばかったの??

なんだか複雑な気分になるミナミだった。


「何はともあれ、これでとりあえずレッスンは終わりですわ。学期末テストががもうすぐなので、来週からはテスト勉強に力を入れなくてはならないですからね」

アンジェリカが、神妙な顔で言う。


「赤点だけはとるなよ~。バケーションどころじゃなくなるぜ?」

タクマが冗談っぽくミナミに言う。


赤点を一つでもとってしまうと、補習を受けることになり、追試テストに合格するまで、バケーションに入れないのだ。


「それはこっちのセリフですぅぅ!」

ミナミを冗談っぽく返す。


ふざけ合っていた二人は、未だに神妙な顔でいるアンジェリカには気づかなかった。



「あら、今日はレッスンないの?」

放課後、ミナミが図書館で勉強していると、寮で同室のランナが話しかけてきた。

「レッスンは昨日でおしまい。今日からは期末テストに向けて勉強しなきゃ」

「そうなのね。隣いいかしら?」

「もちろん」


ランナはミナミと同室ではあったが、これまでのミナミの奇行から必要最低限の交流しかしていなかった。

しかし、食堂でアンジェリカに話しかけられて以来、少しづつ会話をするようになり、今ではこうして隣で勉強するくらいの中になった。

ランナはミナミと同じく、男爵の娘だ。

大体、男爵の子ども達は寮で相部屋となる。

子爵以上になると、寮とは言え、一人部屋にお世話役つきと、なんら不自由のない暮らしをしているという。そんなの果たして寮の意味はあるのかとミナミは疑問に思うのであった。


「う~ん…ここわかんないな」

「ああ、ここはこの方式を当てはめてあげると直ぐに解けるわよ」

ランナが悩んでいたのをミナミがチラ見して教えてあげる。

「本当だわ!ありがとうミナミさん。ミナミさんって頭良かったのねえ…」

心底感心したように言うランナに、自分はどんだけアホと思われてたのかと思うミナミであった。


ランナは最初、光属性の元平民の子と同室だと聞いてワクワクした。

男爵ではあるが、貧乏領地の長女として生まれたランナは使用人と同じように家事をしながらも、何とかランナにお金持ちの男性との縁談をと願う、両親の期待を背負って、この学園に入って来たのである。

-元平民の子の方が話が合うかも知れないわ。それに、光属性ならきっと聖女様みたいな子に違いないわ!

ー数十年に一度、光属性の中でも特に魔力の強いものが聖女としてこの国を平穏にもたらすだろうー。

それがわが国の聖女伝説である。

前回の聖女様が現れたのは50年前、そろそろ新しい聖女様が現れる頃だ。

もしかしたら、私の同室の子がその聖女様かも?!


そんな期待をしたのだ。


しかし、ふたを開けてみると、ミナミは全然話思っていたのと違った。

常にブツブツ独り言を言っているし、リュークリオン様に一目惚れしたのか、いつもリュークリオン様を追いかけまわし、しまいには「勘違い女」とリュークリオン様達に避けられるようになっていたのだ。


そんなミナミを周りは避けるようになり、ランナも同室としての必要最低限の会話しかしないようになっていたのだ。

しかし、アンジェシカ様と食堂で何やら会話してから、ミナミは人が変わった様だった。

授業も真面目に受けている様だし、放課後も毎日のように、アンジェリカ様の特別レッスンを受けているらしい。


困っている人をほっておけない性格なのか、さっきみたいに人が悩んでいるとすぐに気づいて助けてくれる。

「本当にミナミさんって、思ってたのとは全然違う人だわ」

「えっ?!それ、どういう意味?!」

焦るミナミの態度に笑いながら「悪い意味じゃなくて」とランナはつけ加えた。


ランナはクマの刺繡がしてあるボロボロになったハンカチを取り出す。

「あら?それ持ち歩いてるの??大切にしまっておかなくていいの?」

「うん、まあ、そうなんだけど…」


ランナはほころびかかった刺繍を愛おしそうに触りながらあの日の事を思い出していた。


このハンカチは妹たちが初めてランナにプレゼントしてくれたものだ。

上の妹がなれない手つきでクマの刺繍を縫ってランナの名前も入れてくれた。

もう、随分前の物だし、ずっと使っていたのでボロボロになってしまったが、お守りとして学園にも持ってきたのだ。

なれない学園生活にくじけそうになった時もこれを見て妹達の事を思い出して自分を奮い立たせていた。

そのなある日である。


「あら、何か落ちてるわ…何かしら?」

「随分ぼろぼろね…これはタヌキ?動物のようだけど…」


クラスメイトが話しているのを耳にして、ランナはハッとした。

-あれは…私のだわ!

間違いない、クラスメイトが拾ったのはランナが妹たちからもらったハンカチだった。

ー今朝、急いでたから、間違えてあのハンカチを持ってきてしまったんだわ!しかも落としてしまうなんて…。


「なんにせよ、こんなボロボロならもう、ゴミではなくって?」

一人の子がそう言うともう一人も同意したようにうなずく。

「そうねえ、まったく、ゴミを放置するなんてありえませんわ!私たちが捨ててあげましょう!」

クラスメイト達はまるで良いことをするかのように言って、そのハンカチをゴミ箱に捨てよとしたが、ランナは何も言えず黙っているしかできなかった。

ー私のだとバレたら、クラスメイトにバカにされてしまうわ…。


その時だった。

「まって!それ、私のだから!」

突然ミナミがそのクラスメイト達に割って入ったのだった。

「えっ?これミナミさんの?…ああっ道理で…」

「ごめんなさいね、ゴミかと思い、危うく捨てるところでしたわ」

クスクス笑いながら含みのある言い方をするクラスメイトを気にも留めず、「拾ってくれてありがとう!」とだけ言うと、スタスタとその場を立ち去ってしまった。


ランナは直ぐにミナミを追いかけた。

「あのっ…ミナミさん!」

呼び止めると、ミナミは辺りを見渡し、周囲に誰もいないことを確認するとそっと、ランナにハンカチを渡し、「やっぱりあなたのだったのね。もう落とさないことね」

そう言うと、なんてことないかの様に、去ろうとした。

「あっ、待って!ミナミさん!…その、平気なの??みんなにあなたの物だって誤解されたわ…」

ランナは申し訳なさそうに言うと、ミナミは、

「こんな可愛らしい刺繍のハンカチが私のだと思われるなら、むしろ光栄だわ!」

そう言ってニコッと笑うミナミは、嫌みでも何でもなく、心からそう思ってるように見えた。


この学園にきて、見栄や建前ばかりで、腹の探りあいの友人関係ばかりを目にしてきたランナにとって、ミナミの裏表のない笑顔は眩しかった。

と同時に、周りの視線を気にして大切なものを自分のものだと言えなかった自分が情けなく思えた。


ーいつの間にか嫌だと思っていた貴族令嬢に自分もなっていたんだわ。


ハンカチを大事そうに見つめるランナに「もう、落とさないでよぉ~?」とミナミが冗談っぽく言うとランナは「わかってるって!」と、笑顔で返すのだった。

ー少し?思い込みは激しいようだけど、裏表のない子、損得勘定なく人を助けられる子…思っていた聖女のような子ではなかったけとれど、むしろそれで良かったわ。

「きっと、アンジェリカ様もそんなミナミのことが気に入ったのかも知れないわね」

「えっ?どんな?…あら、ランナ、ここも間違ってるわよ。あっ、これも!…これも」

「えっ?待って??どこどこ?! 」


試験まであと少し。

今日から毎日ミナミと一緒に図書館で勉強しようと決意するランナであった。



「あれ?セシリオはいないのか??」

てっきり談話室にいると思ったセシリオがいなくて、当てが外れたリュークリオンは、そこでお茶を飲んでいたパトリオットとランフォースに尋ねた。

「セシリオなら図書館にいるんじゃない??なんか最近貴重な歴史書を見つけたとか言ってたから」

パトリオットが答える。

「そっか…ここの解釈についてセシリオの意見を聞きたかったんだが…。わかった、図書館だな」

そう言うとリュークリオンは図書館に行った。


すぐにセシリオは見つかった。

少し奥まった角の席が彼のお気に入りだ。

傍らには何冊か歴史書が積んであった。

「セシリオ、今はその歴史書にはまっているのか?」

リュークリオンはさっそく声をかけて隣に座った。

「ええっ、凄く面白いですよ。特にここの王族の…」

「ああっ、わかった!わかった!その話はまた後で」

リュークリオンの歴史好きは筋金入りだ。話し出すと止まらない。

「それより、ここにいて大丈夫ですか?…いますよ、彼女が」

「彼女…?」

セシリオが目線をずらしたところを見ると、あの、元平民のミナミ・ランクレッドがいるではないか。

「気づかれる前に席を外した方がいいのでは?また絡まれてしまいますよ」

「そうだな…。ああ、セシリオ、ここの解釈について君の意見を聞きたかったんだが…」

「ああ、それはですね…私は…」


「ありがとう、参考になったよ。では彼女に気づかれる前に席を立つとするよ」

そう言って、リュークリオンは席を立ったが、内心彼女はもう自分の事に気づかないであろうと思っていた。

帰り際、チラッと彼女を見たが、案の定、彼女は自分に気づきもせず、友達と談笑していた。

ーへえ、あんな笑顔もできるんだな。


リュークリオンが今まで見た、自分を見ているようで見ていない、常軌を逸したような笑顔とはまるで違っていた。


リュークリオンは花のように笑う彼女の笑顔を見て、まるでアンジーの幼いころの笑顔のようだと思ってしまった。


-はっ!俺はなんてことを!あの勘違い女とアンジーを一緒にするなんて!


リュークリオンはそそくさと図書館を出ていった。


「あら?リュークリオン様だわ。相変わらず素敵ねぇ」

うっとりしたようにランナが言う。


「まあ、顔が良いのは認めるけど」

「いったいあなたとリュークリオン様の間に何があったの??前はあんなにリュークリオン様命!って言うかそれ以外眼中にないって感じだったのに」

「うっ…まあ、色々あったのよ。というか、やっとなにもないことに気がついたというか…まあ、もうリュークリオン様とどうにかなろうなんて勘違いな夢は見ていないから安心して!」

「そう?ならいいけど。貴族って言っても王族と男爵家じゃぁねぇ…さすがに無理があるわよ。それにあのアンジェリカ様が婚約者なのよ?他の人が入る隙がないわよ」

「本当にねぇ…」

冷静に考えたらまったくその通りである。

ミナミとて前世(と思われる)記憶がなければ、近づこうとさえしなかっただろう。


ランナの何気に的確なツッコミに気まづそうに返すミナミだった。 










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