後悔先に立たず
―絶対後悔なんてしない!
そう誓ったのに…。
「もうやだ…。アンジェリカ様の避暑地なんて行きたくない…」
悔しいかな、リュークリオンの言葉通り、あの日の返事を後悔している自分がいた。
「ほんとそれな!貴族と言っても、上級貴族はまた違うのなっ」
ミナミと一緒にレッスンを受けていたタクマも疲れの色が見えていた。
そうなのである。
あの日の夜、ミナミの部屋に早速アンジェリカが寄越した仕立て屋たちが現れると、体の隅までミナミを測っていった。
少し、恐怖を感じたが、それはまだ序の口だった。
そこから、一週間、地獄の上級貴族レッスンが始まったのである!
元平民のミナミだが、ランクレッド家に養女に入った時に、一応は一通りの貴族のマナーは学んだつもりだった。
そう、つもりだったのだ。
だが、一般的な貴族のマナーと皇族のような上級貴族のマナーは、また別だったのだ。
正直、ランクレッド家のような爵位の貴族は皇族に会うことなどほぼない。
よって、そこまでのマナーを学ぶ必要はなかったのである。
礼の仕方から、ダンスの種類まで桁違いだ。
もちろん、アンジェリカは二人が皇帝陛下などの前で、恥をかかせない様にしてくれているのはわかっている。
だが、ミナミには、もしやこれは天使の仮面を被ったアンジェリカの遠回しの嫌がらせなのでは?!と疑ってしまうほどレッスンがきついのだ!
とにかくキツイ…。
「お二人とも!今日もお疲れ様ですわ。これ、良かったらお飲みになって」
そう言って、アンジェリカが飲み物を持ってきてくれる。
アンジェリカはこうして、毎日のように差し入れを持ってきては、二人の様子を見に来てくれるのだ。
「ありがとう!」
ミナミとタクマが飲み物に手を伸ばす。
タクミが額から落ちる汗をぬぐおうとすると、アンジェリカが、すかさずタオルを差し出す。
「ありがとう、アンジェリカ様はいつも気が利くね」
そう言って、タクマがアンジェリカが差し出したタオルを受け取り、汗を拭う。
さながら、運動部の選手とマネージャーのようだとミナミは二人を見ていた。
ーアオハルかよっ。
疲れがたまったやさぐれミナミは心の中で毒づく。
「あの、講師の方がタクマ様の事を大変ほめてましたわ。呑み込みが早いと!」
「まあ、一応、基本はあるあからね、ミナミよりは…ね?」
そう言って、ミナミを見てニヤッと笑う。
そう、ミナミはダンスが超絶苦手で、何度も講師の足を踏んで注意を受けていた。
「ミナミさんはこれからですわ!大丈夫!ミナミさんならできますわ!」
なんの根拠もないアンジェリカの励ましだが、悪意が無いのがわかるので、ありがたく頂戴することにするミナミであった。
「そうだ!アンジェリカ様、一曲お付き合いしてもらえませんか?ミナミとじゃ…ねぇ?」
「どういう意味よ!!」
さっきから、さんざんタクマの足を踏みつけていたミナミは、それ以上の反論の言葉は出てこなかった。
「ええっ!あ…わたくしでよければ…」
「じゃあ決まり!」
タクマはそう言って、アンジェリカを立たせると、皇族使用の礼でアンジェリカをダンスに誘って見せた。
「お嬢様、私と一曲踊っていただけないでしょうか?」
膝をつき、アンジェリカに手を伸ばす。
「…喜んで」
アンジェリカがそう言うと、タクマはそっとアンジェリカの手をとって、中央に歩き出した。
そして、二人は息の合った踊りを見せるのだった。
それはまるで、
ーまるで、あの乙女ゲームから抜け出したような光景だわ。
というか、やっぱり、主人公私じゃなくてアンジェリカじゃね?!
どう考えてもモブなミナミは、ただただ、休めることに感謝して二人が踊っている光景を眺めるのであった。