さらば愛しの王子様。
「え?バケーション??」
ミナミは思いもよらない質問に、驚いて聞き返してしまった。
バケーションとは、前世で言う、いわゆる夏休みの事だ。
上級貴族の方々は大抵領地の他にも避暑地に別荘を持っていて、そこで過ごしているそうだ。
親しい人を呼んでパーティー的なものを開いたりもするらしい。
もちろん、元平民のミナミにはあてはまらないし、養女先のランクレッド家に避暑地の別荘はない。
「ええっと、まあ、領地に帰ってゆっくり過ごそうかと」
久しぶりにシスターや孤児院のみんなに会いたかった。
ただ、ランクレッド家で長く過ごすのは居心地が悪いので、早めに寮に戻り、勉強でもしようと思っていたところだ。
ミナミの返事を聞いたアンジェリカは、緊張した面持ちで、深呼吸するとこう言った。
「よければ、わたくしの避暑地で過ごしません?」
ー?!
今、なんと?!
ありえないアンジェリカの提案に耳を疑ったミナミは、もう一度アンジェリカに聞き直そうとした。
「今…何て…」
「何をバカげたことを言っているんだ!アンジー!」
そこにリュークリオンが話に割って入って来た。
「こいつは元平民だぞ?あそこは王族や公爵家も訪れるところだ。そんなところに元平民を誘ってどうするんだ?!」
ーはっ?
リュークリオンの言い方に、流石のミナミも黙ってられなかった。
「ちょっと!その言い方はないんじゃない?元平民だからって何なのよ!大体、皇太子ともあろうものがそんな選民思想でいいわけ?そんなんじゃ…」
「何を言っている?俺はただ元平民のおまえがあそこに行けば…」
「すっとーぷ!!そこまで!ミナミ!お前の後先考えないで言動する癖やめろ!」
二人が本格的に口論になりそうだったので、慌ててタクミがミナミを止めに入った。
リュークリオンはリュークリオンでセシリオ達に注意を受けている様だった。
しかし、ミナミと目があったリュークリオンはミナミに謝るどころか、フンッと子供のような態度を見せたのだった。
ーはあっ?
ミナミはアンジェリカに向き直すと、
「さっきのお話、謹んでお受けいたしますわ!!」と返事をした。
あそこまで馬鹿にされて「はい、そうですか」と引き下がるわけにはいかない。
行ってやろうじゃないの!お貴族様の避暑地とやらに!
「嬉しい!あっ、必要なものは全てこちらで用意させていただくからね。ミナミさんはその身一つできてくれたのでいいから!何も心配いらないからね」
アンジェリカは嬉しそうにそう言うと、少し、言葉を選びながら、
「あと…その、おひとりで心細いようでしたら、お…お友達なども是非呼んでいただいても構わなくてよ。その、もちろん、お友達の方の準備もこちらでさせて頂きますし…」
チラッと伺うようにミナミを見て言った。
困った。
ミナミは友達と呼べる人がこの学園で一人もいないのだ。
そう、幼馴染兼兄妹のタクマくらいしか…。
「あっ…、えっと、お友達じゃなくても、例えばホラ、ご兄妹とか??」
アンジェリカが、そう言うので、ミナミは「ならタクマも一緒にいいですか?」と聞いてみた。
もはやタクマ以外選択肢はないのだけれども。
「えっ?!俺も??」
タクマは急に立った白羽の矢に驚かずにはいられなかった。
「いや…でも…」
公爵家の避暑地に私生児の自分が呼ばれたとなると、あの兄姉妹たちが黙ってないだろうと思った。
「どっ…どうしても…ダメですの?」
アンジェリカの上目遣いのダメ押しに、気づけばタクマは「いえ、喜んで行かせて頂きます」と答えていたのだった。
それを見ていたミナミの視線が痛かった。
「そうと決まれば忙しいですわ!準備が山ほどありますもの!あっ!ミナミさんにタクマ様!今日の夜は空けといてくださいましね。ああ~忙しい!」
アンジェリカはそう言うと、ウキウキしながら、食堂を後にして行った。
「こうなると誰もアンジーを止められないな」
「まったく」
セシリオ達がそう話す傍らで、リュークリオンは大きなため息をついた。
そして、ミナミの方に振り向くと、
「後悔しても遅いからな」
まるでどこぞの小悪党みたいな捨て台詞を吐いて、自分たちも食堂を後にするのだった。
「なんなの!あいつ!絶対に後悔なんてしないし!」
ゲームでのリュークリオンは他人に興味がないものの、誰に対しても紳士的な態度を見せていた。
決して主人公にあんな失礼な事を言うようなやつではなかった。
ーやっぱり、ここは前世のゲームの世界とは似てて非なる世界よ!
ーアンジー!
終始、アンジェリカの事を心配して、優しく接するリュークリオン。
ーリュークリオンは私の運命の相手ではなかったのね。
ミナミは、初めて間近で見る二人のやり取りを前にして、改めて確信したのだった。
さよなら、私の王子様。