タクマの気持ち
「タクマはお昼どうする?食堂で俺たちと一緒に食べるか?」
「ああ、そうしようかな」
「じゃあ、席とっておくよ。それ終わったら、こいよ」
そう言って友人は席を立って行った。
ミナミは最近は、ランナやその友達、そしてアンジェリカともお昼を一緒にしているようだった。
なので、タクマも違う友人とお昼を食べるようになっていた。
安心したような、少し寂しい様な気持ちだった。
ーアンジェリカ様と変わらず仲いいんだな…普通はありえない組み合わせだけどな。
タクマはミナミの言葉を思い出す。
ー前世、そんなもの本当にあるのだろうか?しかもこことはまったく別の世界って…。
当然タクマは、ミナミの言葉を全部信じたわけじゃない。
ミナミは突っ走る性格だ。
そう、思い込んでいるだけかもしれない。
ーだけど、偶然に二人も思い込んでいるなんてことあるのか??
アンジェリカとミナミ、両方がその別世界での前世の記憶を持っていると言っていた。
ー1人なら…...ただの妄想だと言えるが、二人もとなると…...。
それに、公爵家という雲の上の存在のアンジェリカがミナミや自分なんかに興味を示すのは、その前世の記憶があるからだとしたら、説明がつく。
”攻略対象”
ミナミは自分とリュークリオン達をそう呼んでいた。
ー俺はまんまとアンジェリカ様に攻略されそうになってたってわけだろうか。
いまいち、乙女ゲームというものが、よくわからなかったタクマだったが、自分の気持ちがゲーム感覚でもてあそばれていたのかと思うと、いい気はしなかった。
タクマは、今までのアンジェリカとのことを思い出す。
耳まで赤くして、恥ずかしそうにするアンジェリカ。
ダンスの練習相手に誘った時に、頬を赤く染めて嬉しそうに返事をするアンジェリカ。
タクマさえいれば他に何も要らない……と真っすぐな瞳を自分に向けるアンジェリカ。
ー全部、演技だったんだろうか。
ズキンっ。
タクマは胸が締め付けられた。
ーはぁ~。何度考えても堂々巡りだ。……とりあえず、食堂行くか。
そう思い、タクマが立ち上がろうとすると、後ろから声をかける者がいた。
「あの…...タクマ様…...」
振り向かなくてもわかる。
アンジェリカだ。
「アンジェリカ様じゃないですか。どうしました?」
タクマはいたって平然とした様子で話した。
動揺していることを悟られてはいけない。
ちっぽけなプライドだと言われたらそれまでだが。
「あの、少しお話いいかしら??」
タクマは少し迷ったが、断る方が余計意識している気がしたので了承した。
「いいですよ。ただ、これからお昼にしようと思っていたところで。良かったら、アンジェリカ様もご一緒にいかがですか?」
「ええ?!よろしいのです?!是非ご一緒させて頂きたいですわ!」
アンジェリカは素直に嬉しかった。
あれ以来、明らかに距離を置かれていたので、タクマの方からお昼を誘ってもらえるなんて思ってもみなかったからだ。
嬉しそうに頬を染めるアンジェリカを見て、”これも演技か”とタクマは思うのだった。
「ミナミさん!あんまり近づいては、アンジェリカ様達に見つかってしまいますわ!」
アンジェリカの事が心配になったミナミとランナは、密かにアンジェリカの後を付けていた。
「どうやら、食堂にむかうようだわ。丁度良かった!お昼食べそびれるんじゃないかって心配してたのよ」
ルンルンで食堂のメニューを見るミナミを”アンジェリカ様を心配でつけてきたはずでは?”と、あきれるランナだった。
「お待たせ」
「おっ、タクマ遅かったな…...って、アンジェリカ様?!」
席を取って待っていたタクマの友人たちは、タクマの隣にいるアンジェリカに気づき驚きを隠せなかった。
「アンジェリカ様も一緒にいいかな?席詰めれる?」
「もっもちろん!!さ、どうぞ!」
「良かったね、アンジェリカ様。さ、座って」
「えっ…ええ」
滅多に間近で見る事のない公爵令嬢に、皆、動揺しつつも、興味深々だった。
上から下まで、探るような視線にアンジェリカは居心地の悪さを感じずにはいられなかった。
ー二人きりだと思ってたのに……まさかご友人も一緒だったなんて。
「どうしたの?緊張しているの?まさか、公爵令嬢のアンジェリカ様が下々に緊張するわけないか」
そう言って、タクマはにっこり笑うが、目はどこか笑っていない。
ー怒っている……気がする。
わが身可愛さに自分に近づいてきた……となれば、いい気がしないに決まっている。
ータクマ様は私に怒ているのだわ。
それと同時に、当たり前のように二人で食事するものだと思っていた自分が恥ずかしくなった。
「それで、話って何?」
「え?…ええっと…」
元来人見知りのアンジェリカは、基本、初対面の人の前で話すのは苦手だった。
さらには、リューク達幼馴染達の過保護っぷりもあり、特に男性とは用事が無ければ話したことが無かった。
ーもし、ここで話して、タクマ様に断られたら……。
さらには、人前でお断わりをされるなんてことは、あまりにもみじめで恥ずかしい事だと思えてしまった。
「どうしました?ここじゃあ話せないのですか?」
タクマがしれっと言い放つ。
穏やかに言ってはいるが、アンジェリカに向ける視線は冷ややかだった。
まわりの友人たちがチラチラとアンジェリカの方を見る。
気にしてないそぶりを見せながらも、しっかりと二人の会話に聞き耳を立てているのは明らかだった。
「ちょ!なんで、あんな友人の中にアンジェリカ様を座らせるのよ!そこは二人きりでしょうよ!!ただでさえ、勇気を出してやっと、話しかけてるのに!いやがらせ?いや、嫌がらせにしか考えられないわ!タクマのやつ!何考えているの?」
ミナミは怒りをあらわにした。
「まって、ミナミさん!落ち着いて!アンジェリカ様が一人で行くっておっしゃったのよ!もう少し、もう少しだけ、様子を見ましょう?ね?」
今にも飛び出していきそうなミナミをランナがなんとか落ち着かせる。
だが、正直、ランナもこれはないと思っていた。
ータクマ様、気が利くお優しい方だと思っていたけれど、案外気が利かないの?鈍感?……もし、わざとだとしたら確かにひどいわ……何かあったのかしら??
思っていたのとは違うタクマの行動にランナも不安になった。
「……あまりにも許せない言動をしたら、すぐにでも出て行くからね」
ミナミはやや不服そうにそう言うと、パンをかじりつきながら、二人を見張った。
「もう!なんであんぱんがないのかしら?!張り込みと言ったらあんぱんでしょうよ!」
と謎の言葉を呟きながら。
ーどうしよう……とてもじゃないけど、お誘いできないわ……やっぱり、ミナミさん達にも一緒に……。
だが、ふと、アンジェリカはリュークの言葉を思い出す。
”お前に頼まれて断る奴なんていないさ”
ーそうね、いつまでもあなたに甘えてばかりいてはいけないわね。
アンジェリカは深呼吸をすると、タクマの方を向いた。
「タクマ様!……私と一緒に……学園祭に出て下さらない??」
ー言えた!アンジェリカ様!
ミナミとランナは手を握って喜ぶ。が、直ぐに、いや、それだけじゃあ、ちょっと意味がわらないのでは?と思う。
「……学園祭……?一緒に出るとは……どういう事?」
ポカンとするタクマにアンジェリカは肝心なところをまったく言ってない事に気づく。
「あっと……そのですね……」
もじもじするアンジェリカに先走り、タクマの友人がひらめいたように言う。
「もしかして……タクマと学園祭一緒に回ろうってお誘いですか?!」
「ええ?!」
アンジェリカの驚きに、「バカか、そんなわけないだろう?!」ともう一人が制す。
アンジェリカは恥ずかしさのあまり、顔が真っ赤に染まった。
タクマとアンジェリカを妙な雰囲気が包み込む。
だが、タクマがすぐに、ため息交じりに、「違いますよね?で?いったい何に出て欲しいのですか?」と問い直す。
「あっ……その学園祭で模擬店を出店したくて……そのメンバーにタクマ様も加わって欲しくて」
ーそういう事な。
きっと、ミナミから俺が前世の事を知ったって聞いているだろう。
それならば、あからさまな誘いはもうしないだろう。
そう思いながらも、一瞬学園祭を一緒にまわるのかと思い、ドキッとした自分が情けなかった。
沈黙が訪れる。
「あの!リュークが、タクマ様を誘えって!それじゃないと自分も出ないなんて言い出して……。」
アンジェリカは沈黙に耐えきれず、思わず言い訳じみたことを言ってしまう。
ー失態だわ!これじゃあ、仕方なくタクマ様を誘ったみたいに聞こえるじゃない!!
ーリュークリオン様が……?俺を……?
タクマはリュークリオンが言った言葉を思い出す。
”自分の問題に他人を巻き込んでいるなら今すぐ止めろ”
セルジュール様の髪にキスをしたのは、セシリオ様を嫉妬させてやろうと思ったからだ。
だけど、それだけじゃない。
悔しかった。
もちろん、セルジュール様が、案外健気で可愛い人だと思ったのは事実だ。
だけど……。
自分も誰かを翻弄させたかったのかもしれない。
そして、嫉妬させたかったのは、本当はセシリオ様じゃなく、アンジェリカ様だったんだ。
俺は、それにセルジュール様を巻き込んだ。
ーリュークリオン様は、俺のこの気持ちに気づいているのか?
アンジェリカ様の前世の話をリュークリオン様も知っていて、アンジェリカ様の為に身を引くってこと……?
いや……単に、余裕があるだけか。
タクマは敵に塩を送るような真似を、なぜリュークリオンがしたのかがわからなかったが、のってやろうと思った。
ーいいさ、そっちがどういうつもりか知らないが、そっちがその気なら乗ってやろうじゃないか。
「いいですよ、出ます」
タクマがアンジェリカにそう言うと、アンジェリカは心底嬉しそうに微笑んだ。
「嬉しいですわ」
まわりの友人たちはその笑顔に、すっかり心を奪われてしまった。
この笑顔も演技なのだろうかと思うタクマは一人胸を痛めていた。
タクマの気持ちがやっと書けました。
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