可愛げのない女
「ずっと…あの時の事を謝りたくて…ミナミさんに…と思ったのだけれど、よくよく考えれば、ランナさんにも失礼なことしたと思いまして、二人に謝るべきかと…」
セルジュールは、小さな声でポツリポツリと話し出す。
普段のあの強気なセルジュールとはまるで別人のようだ。
「憶測だけで、人を貶めるような発言をするなんて…淑女にあるまじき行為でしたわ。…許してくれとは…言いませんわ。でも、きちんと謝っておかなくてはいけないと思いまして。本当にごめんなさい」
セルジュールは、扇子をたたみ、二人に頭を下げる。
きっと、これはミナミが思うよりずっと、勇気のいる行為なのだろう。
ミナミとランナは顔を見合わせる。
「えっと…はい、もういいですよ。許します」
「ええ、もちろんですわ」
「ええっ?ちょっと、あなたたち、簡単過ぎない??あんな言いがかりをつけた私をそんなに簡単に許してもよくって?!」
「あっ自分でも言いがかりってわかってたんですね」
「ー?!」
ミナミの言葉に真っ赤になるセルジュールを見て、ランナは思わずクスっと笑う。
「はあ、拍子抜けしてしまいましたわ。どんな罵倒も受ける覚悟でしたのに…」
セルジュールは大きくため息をついた。
「私だったら、あんなことされたら決して許しませんでしたわ。そこなのでしょうね。あなたたちと私の違いは…。セシリオ様も、だからあなたたちを気にかけなさるのでしょうね」
セルジュールは少し、寂し気な表情でそう言った。
「いやいや、セシリオ様は誤解ですって!本当に!ただ、ほら、マスコットとして可愛い的な??私なんて珍獣みたいなものらしいし!ねえ?ランナ!」
ミナミは必死で誤解を解こうとするが、途中、自分で自分が悲しくなってきてしまった。
ー珍獣って…。
「フフッ、そんなに必死にならなくても良いですわよ」
セルジュールがふんわりと笑う。
ミナミとランナは思わず一瞬、見とれてしまった。
ーかわっ!!
「ずっと…わかっていたんです。私には可愛げがないことは。ですから、どこから見ても可愛さしかない、アンジェリカ様をセシリオ様が好意を示されるのは当然だって」
ミナミとランナは黙って、セルジュールの話を聞いた。
「だけど、どうしても、それを認めたくなくて…セシリオ様を惑わす周りが悪いと…最低ですわね」
「私なんて、真面目なだけが取り柄の面白みのない女、という事はわかっていましたわ。それでも…将来宰相になるであろう、セシリオ様の隣に相応しい…いや、少しでも見劣りしないように勉学に励んできましたわ。それに…勉学はアンジェリカ様の苦手分野でもありましたので…私なりのプライドを保てる部分でもありましたの」
アンジェリカは追試もあるくらいだもんなぁっと思い出すミナミであった。
「でも…それも簡単にあなたに抜かれてしまったわ」
「うっ…」
ミナミは若干の気まずさを感じてしまった。
「だからって、あなたに意地悪していい理由にはならないし、それにテストの順位がいくら良くっても、そんなのあの人には関係ないって…私のただの自己満足だって…無駄な努力だったのよ」
セルジュールは諦めた様な表情で言った。
「そんなことない!!」
ミナミが全力でその言葉を否定する。
ランナも精一杯頷く。
「セルジュール様の努力は…絶対に無駄にはならないわ…だから、どうか…無駄な努力だなんて言わないで…」
ミナミは思わず泣いてしまった。
自分にしたことには、確かに腹が立ったけど、彼女は彼女で辛かったに違いない。
自分の婚約者(好きな人)が他の人を愛おしそうに見つめる…。
その辛さは痛いほどわかった。
ランナも涙が溢れてきてしまった。
片思いはただでさえ苦しいのに、なまじ婚約者という立場では逃げ場もなく、もっと辛いのではないかと思ってしまった。
「うっふえ~ん、セルジュールさまぁ~!」
「こんなの~あんまりです~!」
セルジュールは困惑してしまった。
なぜ、二人は私なんかの為に、自分の事のように悲しんで、涙してくれるのだろうか。
”淑女たるもの、人前で声をあげて泣くなど恥”
そう言われて育ってきた。
涙は戦略的に使うものだとも言われた。
だが、この二人はどうだろう。
人目も気にせず、ワンワン泣いている。
しかも、自分の事ではなく、他人の事でだ。
「あなたたち…おかしな人ね…でも、なんだか私、気持ちがスッキリしましたわ。こんな話、今まで誰にもしたことが無かったものですから」
そう言って、またセルジュールは少し涙目でふわりと笑った。
ーかっ可愛い!!
「セルジュール様、笑ったお顔、素敵です!」
ランナが言う。
「え??ええ?!」
「セルジュール様はいつも今日見たく笑っていた方が絶対にいいですよ!」
ミナミも続く。
セルジュールはタクマに言われた言葉を思い出す
”良く笑うセルジュール様の方が素敵”
「本当に…あなたたちは」
そう言って、セルジュールは目を細めてにっこり笑うのだった。




