栗毛色で琥珀色の瞳
「リュ……リュークリオン様?!」
「アンジーが談話室に来ないので、探しに来たのだが……お前だけか?」
ーああ、そう言うことね。
こちらも頭に葉っぱをつけている。
リュークリオンには、意図的に教えてあげないことにした。
だって、面白いから。
「なに、一人でニヤニヤしている?気持ちの悪いやつだ」
「なんですって?!」
ーしかし……なぜこの人は、公爵令嬢がこんな茂みの奥に居ると思ったのか……この執着ぶり、引くわ……。
「あー、アンジェリカ様ならさっき、お会いして、今さっき談話室に行かれましたよ」
「何?!すれ違いか!」
そう言って、リュークリオンは、ミナミには目もくれず、去ろうとする。
ー頭に大量の葉っぱがついて、ミノムシみたいになればいいのに……。
そう、リュークリオンに呪いの言葉を唱えていたら、ミナミのお腹の音が、豪快になった。
ぎゅるるるるる~。
ー……お腹空いた。私も食堂に行って何か食べよう。
早くしないと、くいっぱぐれてしまう。
ところが、行ったはずのリュークリオンがなぜかまた戻って来た。
「やる。食え」
そう言って、差し出されたのは、サンドイッチだった。
「豪快なお腹の音が聞こえてきたぞ」
「ええっ?!嘘でしょう??」
ミナミは恥ずかしくて、顔が真っ赤になったが、リュークリオンはお構いなしに続ける。
「あの音を無視して行っては、流石に将来国を治める者として、どうかと思った」
「ええっ?!そこまで?!」
益々恥ずかしくり、顔を赤らめるミナミを見て、リュークリオンは声を出して笑った。
「ハハっ!……まあ、それは冗談だが、アンジェリカと食べようと思い、持ってきたのだ。アンジェリカの分はあげられないが、私の分をくれてやる」
「……リュークリオン様でも、冗談とか言うんですね」
ー攻略対象の笑顔……破壊力……ヤバっ。
こんな無邪気に笑うリュークリオンを見たのは、ミナミは初めてだった。
少年の様に屈託なく笑うリュークリオンは、恐ろしく可愛く、不覚にもきゅんとしてしまった。
さっきは滑稽に見えた、頭の葉っぱさえ、あどけなさを増させる演出になった。
ーこれは……しょうがないって。
誰にともなく言い訳をするミナミだった。
「あっ、でも私が食べたらリュークリオン様の分が……」
「気にするな。何度も言うが、あの腹の音を放ってくのは、皇太子として……」
「ああっ!もう、わかりましたから!……では遠慮なく頂きますね」
ミナミはそう言って、リュークリオンからサンドイッチを受け取る。
サーモンとクリームチーズが挟んであり、バジルソースがかかっている。
見るからに美味しそうだった。
「お……美味しい」
「当たり前だ」
ミナミは、相変わらず自信満々だな、こいつは、と思いながらも本当に美味しかったので、夢中で食べ進んでしまった。
すると、リュークリオンが、今度は吹き出すように笑う。
「何なんですか……」
ーやばい……がっつき過ぎたかも……。でも本当に美味しいし、お腹空いてたんだもん……。
「ついてる。パン」
リュークリオンが笑いながら、ミナミの口元を指さす。
ー?!
「え?どこ?!」
ミナミは焦って、顔に付いたパンくずを取ろうとするが、全く見当違いの所ばかりを触っていた。
「違う」
そう言って、リュークリオンはミナミの口元に手を伸ばした。
そして、そのパンくずを取ると……。
そのまま、ミナミの口にねじ込んだ。
「んんっ!!」
「大事に食え」
ーいやいや!そこはさぁ、とったパンくずを自分の口に持っていって、何故か無駄に舌とかペロっと出して、「ごちそうさま」とか言うところでしょ!!ねじ込むってなによ!?
ミナミはリュークリオンの指がほんの一瞬、自分の唇に触れたことにドキドキしながらも、乙女ゲームの攻略対象者とは思えない残念行動にツッコミを入れて、何とか自分を落ち着かせるのであった。
ーまったく、だからこいつは残念王子なのよ!
だが、次の瞬間。
リュークリオンはミナミの口に触れたその親指を、無駄に舌を出してペロっと舐めた。
「食事作法は、まだまだ勉強が必要だな」
そう言うと、ふっと笑った。
「うっ……うるさーい!」
指をなめるのは作法的にどうなのか?!など色々ツッコミたかったが、もはやそれどころでは無かった。
「おっと、こうしちゃいられない。アンジーにサンドイッチを持っていかないと。談話室に戻ったんだったな。あっ、こっちのフルーツサンドも置いていくから食べろ」
そう言って、バタバタとリュークリオンは茂みから出て行った。
ー何なのよ!残念王子のくせして!
「……本当に……何なのよ」
ミナミは自分の唇をそっと指で触った。
まだ、リュークリオンの指の感触が残っている。
「アンジー!!」
「あら、リューク、今お茶を淹れたところですの。リュークも飲みますわよね?」
「ありがとう。サンドイッチがあるんだ。食べるだろう?」
「私の為に?嬉しいですわ。私の大好きなフルーツサンドまで。あっ……大変、今パトリオット達が私の為に何か買ってくると今、食堂に……どうしましょう」
「ああっ、だったらそれは私が食べる。アンジーは私が用意したサンドイッチを食べるといいさ」
セシリオがふと、リュークの頭についている葉っぱを見つける。
「リュークったら、こんなところに葉っぱを付けちゃって。可愛いな」
そう言って、セシリオがクスクス笑う。
「笑ってないで、さっさと取れ」
恥ずかしいのか、リュークリオンは、少し赤くなりながらも不機嫌そうな顔をしてセシリオを軽く睨む。
「ハイハイ……。あっ、そう言えば、ここに来た時、アンジーも頭に葉っぱを付けていたね。もしかして、ニアミスだったのかな?」
丁度、お茶を運んできたアンジェリカとリュークリオンの目が合う。
「いや……これはその……」
リュークリオンが、言いかけた時、「お待たせ~サンドイッチ買って来たよ~」と、パトリオットとランフォースが、談話室に入って来た。
「ああ、二人ともありがとう。でも、実はリュークが私のお昼を用意してくれていて……」
「私が、それを食べる。寄越せ」
「え?そうなの??まあ、いいけど。と言うか、リューク、自分のは用意していなかったの?」
「やだ、リュークったら、もしかして私に気を使ったのです??これ、もしかしてリュークの分ですの?!」
「あ……いや……そういうわけではない!アンジーの為に用意したものだから食べてくれ!」
「ご自身の分は買わなかったんですの??」
「いや……買ったよ」
「だったら、無理しなくていいよ。ランフォースならまだ食べられるでしょ?」
「問題ない」
パトリオットは、そのまま買って来たサンドイッチをランフォースに渡した。
ランフォースは躊躇なく、サンドイッチにかぶりつこうとする。
「まっ……」
ぐ~う~
これまた豪快にリュークリオンのお腹の音が鳴った。
「もう、お腹空いているなら、早く言ってくれれば良かったのに。ああ~面白かった!」
パトリオットが涙目で笑いながら言う。
「うるさい。言おうと思ったが、お前たちが話を聞かなかったんだ」
サンドイッチを食べながら、リュークイオンが、パトリオットを睨みつける。
「あれ?でもそしたら、リュークの分のサンドイッチはどうしたの?本当は買わなかったってこと??」
ふと、パトリオットが疑問に思い、リュークリオンに尋ねる。
他の皆も気になった様で、一同がリュークリオンの方を見る。
「あ~……なんだ、え~と……あれだ、その……猫!そう、迷い猫がいたもので、そいつにあげてしまったんだ!うん」
ーなぜ、私は嘘をついてしまったんだ?!
なぜか、浮気をしてごまかす亭主のような気分になり、冷汗をかくリュークリオンだった。
「ふ~ん……。」
パトリオットは納得いかないと言った返事をしたが、セシリオは猫という単語に飛びついた。
「猫?!え?迷い猫がいたのかい??僕も会いたかったな~!どんな猫だったの?」
ーしまった!こいつは無類の猫ずきだった!!
興味津々と言ったように、聞いて来るセシリオに適当に誤魔化そうとした時、アンジェリカが口を開いた。
「猫ちゃんなら私も見ましたわ」
「ええ?そうなのかい?あ!だから、二人とも葉っぱを……茂みにいたんだね。でっ、どんな猫だったの?」
リュークリオンはなぜ、アンジェリカが話を合わせたのか解らず、きょとんとしてアンジェリカを見た。
ーもしかして、本当に猫がいたのか??
リュークリオンがそう思いかけた時だった。
「そうねえ……栗毛色で、琥珀色の瞳をした、とっても可愛らしい猫ちゃんでしたわ」
ー?!
「ねっ……リューク!」
「あ……あぁ」
リュークリオンはそれ以降、アンジェリカの顔を見ることができず、もくもくと下を向いて、サンドイッチをほおばった。
リュークリオンの態度に、何かあるなっと思う、パトリオットとランフォースだったが、アンジェリカがとても上機嫌だったので、悪い事ではないのだろうとそっとしておくことにした。
「アンジーも見たの?いいなぁ。今度いたら教えてよ!あっ、リューク!フルーツサンドは今度からあげないでね!猫ちゃんが虫歯になっちゃうから……それから……」
猫に夢中なセシリオだけはそのことに全く気付いていなかった。
栗毛色の髪に、琥珀色の瞳……それはミナミの色だった。




