私と踊ってくれませんか?
アンジェリカは給仕からドリンクを受け取るとバルコニーに出た。
ベンチに腰を掛けると、大きなため息をついた。
ーセルジュール様といたタクマ様、とても楽しそうだったわ。
避暑地に来てからのタクマの表情を思い出す。
ー私にはあんな笑顔向けてくれなかった。
アンジェリカは心のどこかで、タクマが自分に遠慮しているのは、自分が公爵家の娘で、皇太子の婚約者であるからだと思っていた。
だが、侯爵家の娘でありセシリオの婚約者であるセルジュールも男爵家のタクマにとっては、気を遣う対象のはずなのにそうではなかったのだ。
ー距離を感じていたのは、身分のせいでは無かったのかしら。
アンジェリカはこの避暑地でタクマと距離を縮めるはずが、逆に遠ざかってしまっている現実に絶望を感じていた。
「あっ…ねえ、セシリオ様、アンジェリカ様知らない??」
ミナミは、アンジェリカがタクマとセルジュールが踊った事にショックを受けていないか心配になった。
ただでさえ、タクマに避けられている気がすると落ち込んでいるのに。
「アンジーなら、少し休むと言って下がっていったから…恐らくバルコニーにでも居るんじゃいかな??」
「ありがとう。ちょっと、行ってくるわね」
そこへ、他の人と踊り終えたリュークリオンがやってくる。
「セシリオ!アンジーは??姿が見えないようだが」
セシリオはデジャブ?と思いながらも、もう一度ミナミにした説明を繰り返す。
「そうか、では行ってみる。」
ミナミは、リュークリオンの声を聞き、足を止めた。
ーリュークリオンが行くなら私は行かない方が良いわね。あんまり、リュークリオンを邪魔するのも可哀そうだわ。
リュークリオンに同情したのか、自分が二人の姿を見たくないのかは深く考えない事にした。
「ん?ミナミさんは行かないの??」
その場を動かないミナミを不思議に思ってセシリオが訪ねる。
「あっ…私は…大丈夫よ。アンジェリカの様子が少し気になっただけだから。リュークリオン様が行くなら私は遠慮しておくわ」
しかし、それを聞いていたリュークリオンが振り返って戻って来た。
「何を言っているんだ。行くぞ」
そう言って、ミナミの手を掴んで、ずんずん歩き出した。
「えっ…いや、私は…」
「お前は、普段は図々しいくせに、妙なところで遠慮するんだな。アンジーが気になるなら一緒に行けばいいではないか」
「…せっかく二人にしてあげようとしたのに」
「生憎、私はその気になればいつでもアンジーと二人きりになれる」
「そうですか…」
リュークリオンの婚約者だと突きつけられるような返しに、へこむ自分を情けなく感じながらも、もっと情けないのは、手を掴まれているだけのこの状態すら、胸が高まっている事だと思うミナミだった。
「あっ、いた。ここだったのか。アンジー、気分でも悪いのか?」
バルコニーのベンチに腰掛けて、グラスを握りしめているアンジェリカをリュークリオンとミナミが見つけて声をかける。
「リューク……それにミナミも」
アンジェリカは、相変わらず過保護ね…と思いながら、リュークを見る。
でも今は、誰かに心配してもらえるその気持ちが嬉しく思えた。
「ちょっと、疲れちゃったみたい。大したことはないんだけど、今日はもう部屋に戻って休もうかと思うけどいいかしら?」
「もちろんだとも!!ただの親睦会だ。無理する必要はない。いや、何であれ、アンジーが無理する必要は全くない!いつでも疲れたら休んでくれていい。あとは俺がどうにかする」
ー相変わらず、頼もしいこと。
今日も平常運転だと思うミナミだった。
リュークが近くにいた者に、侍女を呼ばせると、程なくしてサラがやって来た。
サラはストールをアンジェリカに優しくかける。
「私も疲れたし、一緒に休もうかしら」
ミナミはアンジェリカの心境を聞きたかったので、自分んも休む提案をしたが、アンジェリカは「せっかくのパーティーなのだから私の事は気にせず楽しんで下さいね」
と言うのだった。
「でも…」
躊躇するミナミにアンジェリカは小声で、「絶対にリュークと踊ってくださいましね」とだけ言って、去って行った。
ー絶対?!…もしかしてリュークリオンと踊ることが重要なフラグ??
確かに、避暑地のパーティーで、リュークリオンと踊ったエピソードがあった気がすると、ミナミは思い出していた。
だが、確か最初のダンスでいきなり二人は踊って、アンジェリカにめっちゃ恨まれて…そもそも避暑地も当然アンジェリカではなくリュークリオンにいきなり誘われて…みたいな感じだったはず…。
どこまでゲームと一緒で、どこから違うのか…。
ゲームの強制力的なものは働いているのか…?
ミナミはなんだかよく解らなくなってきた。
自分たちの行動は本当に私たちの意思なの??
それとも何か大きなものに支配されているとしたら…。
私の行動一つでアンジェリカが命を落とすことになってしまったら?!
アンジェリカが「怖い」と言った理由がわかってきた。
「ここは少し冷えるな。私たちも戻ろう」
リュークリオンがそう言ったので、ミナミも後を追った。
ゲームではリュークリオンが主人公を真っ先に誘った。
でも、今、目の前のリュークリオンは恐らく自分を誘うことはないだろう。
むしろ、こちらが誘っても断られる可能性だってある。
ーこれは、アンジェリカの為。アンジェリカとタクマの仲を取り持つために仕方なくよ。
別に断られてもどうってことないし。
「リュークリオン様」
ミナミがリュークリオンを呼び止める。
「…私と踊ってくれせんか?」
「はっ。誰がお前なんかと…」
そこまで言って、リュークリオンは言葉を止める。
自分から誘った割には、ミナミは全くこっちを見ないで目を逸らしている。
本来なら、失礼極まりない態度だ。
だが、耳まで赤くなっているのがわかる。
「…まあ、別に一曲ぐらい、踊ってやっても構わない」
「えっ?!」
ぱっとこっちを振り向いたミナミは、とても嬉しそうな表情を見せた…のも一瞬で、直ぐにいつもの不満げな顔に戻った。
「何なの??その上目線な返事!」
「生憎、上目線ではなく、上なのだ。なんせ皇太子だからな」
「うわぁお」
「ほら、行くぞ。言っておくが、足を踏んだりしたら承知しないからな」
そう言って、リュークリオンはミナミに手を差し伸べる。
「…善処するわ」
これは、リュークリオンの意思なのか、それともゲームの強制力が働いているのか…。
それはミナミにもわからなかった。
ただ、ひとつ言えることは、ミナミが今この瞬間を望んでいた事だった。
ミナミは差し伸べられた手に、そっと自分の手を重ねるのだった。
リュークリオンは、この自分の中にあるモヤモヤした気持ちが、ミナミと踊れば何かわかるかも知れないと思うのだった。
「あれ、リュークがミナミさんと踊ってる。残念、次は僕が踊りたかったのにな」
「セシリオ、そんなこと言ってたらまたセルジュールさんにミナミさんが目をつけられちゃうから」
パトリオットがセシリオをからかう。
タクマはリュークリオンとミナミが踊っているのを見つけ、密かに良かったなと思うのだった。
「そう言えば、タクマ、さっきセルジュールさんと踊ってたよねぇ。いつの間に仲良くなったの?…いや、失礼になるかも知れないけど、あのセルジュール嬢ことだから、親しくもなければ男爵家令息とは踊らないと思ってね」
パトリオットの質問に、タクマはさっきのセルジュール嬢のツンデレな態度を思い出しクスっと笑った。
「いや、俺もそう思ってたんですけど、話してみれば案外そんなことは無いと言うか…。言ってることとやってることが違うというか…。とにかく、いい意味で気を張ることはないお嬢さんでしたよ」
「へえ~」
「侯爵令嬢に対して、気を張らないなんて、ちょっと態度が過ぎるんじゃないか」
「あっ!…流石にそうですよね…。失礼しました」
セシリオの指摘にタクマが慌てて謝る。
それを聞いて、はっとしたセシリオが「こちらこそ、すまないね。学友としてここに来ているのに、身分を出すような言い方をしてすまなかった。今の発言はどうか忘れてくれないか?」
いつもの、柔らかい物腰のセシリオに戻っていた。
「あっ…。いえ、気にしないで下さい」
「僕も何だか疲れたよ。先に戻っているね」
そう言って、セシリオは会場から去って行った。
「いつものセシリオではないな」
ランフォースが、眉間にしわを寄せて言う。
恐らく心配しているのだろう。
「まぁね…。あっ!タクマはまったく気にする必要ないよ!あれはあいつ自身の問題だから。さっきセシリオも言ってたけど、僕たちもセルジュールさんもタクマも学友としてここにいるのだから、タクマの発言には何の問題もないよ」
「う~ん…。もしかして、ヤキモチ??ですか?」
だとしたら、セルジュールはこれ以上泣かなくて済むのではないか。
「どうだろうねぇ…?今はまだ、そこまでとは言えないかな…」
そう意味深にパトリオットはタクマに目くばせをする。
「えっ…パトリオットさんって…恋愛マスター??」
タクマは不意にパトリオットと噂のある令嬢の話を思い出す。
確かに1人2人では……なかった気がする…。
「…他人に対しての観察力はある。だが、自分の恋愛に関してはポンコツだ」
「そこ!聞こえてるよ!」
真顔で言うランフォースに、的確なツッコミを入れるパトリオットだった。




