ファーストダンスのお相手は
そうこうしているうちに、音楽が流れだした。
今回のパーティーでは、最初のダンスは、皇太子のリュークリオンとその婚約者であるアンジェリカが踊る決まりとなっている。
ーその後は、本来なら親族や、婚約者がいれば婚約者と踊って、後は自由に親交を兼ねて踊るのが通説だけど…今回のは本当に堅苦しいものじゃないから、好きな人と気にせず踊って大丈夫よ。とアンジェリカに言われた。
ミナミの場合はタクマとまずは踊っておけば問題ないだろう。
ミナミはタクマをチラッと見た。
タクマは、リュークリオンに手を引かれ、広場の中央へ向かうアンジェリカを無言で見つめていた。
ただ、一心にアンジェリカだけを見つめて…いるようにミナミには見えた。
ーもしかして、タクマもアンジェリカの事を??
だとしたら、避けているのは、単に池の事を気にしているだけじゃないのかも…?
そして、リュークリオン達が中央へ着くと、始まりのダンスが披露された。
幼い頃からパートナーとして、やってきた二人は息ぴったりだった。
まさに、王子様とお姫様そのものだった。
ー自分とでは、あんな素敵に踊れないんだろうな…。
ただでさえ、ダンスが苦手なミナミにはあんなに優雅に踊ることは、想像すらできなかった。
ーズキンっ。
胸が痛むのさえ、おこがましいと感じるくらい二人は完ぺきに見えた。
程なくして、完璧なファーストダンスは、完璧にフィナーレを飾った。
会場からは惜しみない拍手が送られる。
二人は、多方に会釈をして、中央から去っていく。
曲が変わる。
いよいよ、ミナミ達も踊る番だ。
「さぁ、私たちもあれほどまでに…とはいかないけど練習の成果を見せましょう!!」
そう言って、タクマの方を振り返るミナミだったが…。
「え?…タクマ…。どこ?!」
気づけばタクマが居なくなっていた。
ーはあ、結局最後まで見てられなかったな。
アンジェリカとリュークリオンの完璧な二人を改めて見せつけられたタクマは、耐えきれず、思わず広場の壁の後ろの方へ下がってしまった。
ー女性だったら、壁の花と言うのだろうか。
自分がこんなに情けない人間だったとは、今まで気づきもしなかった。
ー自分はどっちかと言うと、前向きで、細かいことでくよくよしない性格だと思っていたが、うぬぼれもいいとこだったな。
音楽がフィナーレに近づく。
そろそろ曲が終わる。ミナミの所へ戻らなくては。
タクマは重たい腰をあげる。
ドンっ。
「キャッ!」
「あっ!すみません!!」
女性にぶつかってしまったタクマは急いで謝る。
「大丈夫ですか??お怪我はありませんか?…えっと、あなたは確か…セルジュール様?」
「あ…えっと…」
「ランクレッド家の長男、タクマと申します」長男と言っていいのかわからないが。
セルジュールは、ランクレッド家と聞いて、ハッとして、気まずそうに目をそらした。
「あ…ミナミ様の…」
そう、か細く言ったセルジュール嬢は少し涙目になっているように見えた。
「あの、もしかして、どこか痛むのですか?!涙目になっているように見えますが??」
慌てて、タクマはセルジュールに問うが、セルジュールは慌てて、首を横に振る。
「違いますわ!…これはその...目にゴミが...」
何か、あったのだろうか。
だが、ほぼ初対面の自分が問うたところで、何も答えないだろうし、むしろ聞いて欲しくないだろう。
ーここは、礼をして、見なかったことにして立ち去るのが一番。
そう、タクマが思っていると、ご婦人たちの話し声が聞こえてきた。
「あら、アンジェリカ様、今度はセシリオ様と踊ってらっしゃるわ。」
「こちらも幼馴染なだけあって、息ぴったりですわね…あら?でもセシリオ様って婚約者がいらっしゃったわよね…確か…」
セルジュールは聞きたくないと言ったように背を向けて、その場を立ち去ってしまった。
ー確か、ファーストダンスは基本は親族か、婚約者だったよな…。
セルジュールは、バルコニーに出た。
ーわかっている。このパーティーは内々で開かれる親睦会みたいなものだ。
開幕のダンスを踊る皇太子たち以外は、各々好きに踊って構わない。
だけど…。
ー私は今まで、一度もこのパーティーでセシリオ様と最初に踊ったことがない。
他の正式な、いわゆる舞踏会ではいつも最初に私と踊ってくれる。
だけど、このパーティーでは一度も最初に踊ったことがないのだ。
まるで、自分とはあくまでも家同士が決めた婚約者に過ぎないと言われているようだった。
ーいや、実際にそうなのだわ。
今年は、ここに着いた初日に挨拶に来てくれた。
いつもは2~3日後なのに。
毎年、期待するだけ無駄だと解っていたのに、もしかしたら今年こそは…!と期待してしまったのだ。
その結果がこれだった。
セルジュールは自分のあきらめの悪さにへきえきしていた。
そして、セシリオ本人に素直に気持ちを言うことができず、周りにいる女性達に矛先を向けてしまう自分の性格の悪さにも…。
「こんなんじゃ…嫌われてしまって当然よね」
バルコニーの風はセルジュールをひんやりと通り抜ける。
「こんなところで、寒くはないのですか?」
男性の声にセルジュールが振り向くと、さっきぶつかってしまった男がいた。
「あなたは…、ランクレッド家の…」
「タクマです。踊らないのですか?」
「…踊る相手がいないのよ…言わせないでちょうだい」
セルジュールは自虐気味に言う。この男に八つ当たりしてもしょうがないと思いつつ。
「なら、俺と踊りませんか?俺もパートナーが別の人と踊ってて…困っているんですよ」
そう言って、セルジュールを広場にに連れだす。
見ると、ミナミはランフォース様と踊っていた。
少しぎこちないが、何だか楽しそうだった。
「ね?」
そう言って、どこか切なそうに微笑むタクマの表情が自分と重なって見えた。
「仕方がないわね。本来なら、男爵家のあなたと侯爵家である私とが踊るなんて、滅多にないことなのですからね」
そう言って、セルジュールは、しまったと思った。
ーまた、私ったら傲慢な態度を…!こういうところがきっとセシリオ様に愛想付かされてしまうんだわ!
だが、タクマは怪訝な顔をするどころか、楽しそうに笑って言った。
「あははっ。確かに。本当にそうですね。おっしゃる通りです。では、セルジュール嬢、この卑しい私と1曲踊って下さいませんか?」
タクマはさっそく習った、王族流でセルジュールにダンスを申し込む。
「卑しいだなんて…言いすぎよ。でも、まあ、いいですわ」
そう言って、二人も中央の方へ行き、踊り出すのだった。
「あら?付け焼き刃にしては中々お上手じゃない?」
「スパルタでしたからね。ご存じでしょう?ミナミと一緒に特訓を受けていたことを」
タクマが意地悪そうな笑顔をセルジュールに向ける。
セルジュールが、ミナミに嫉妬してミナミを調べていたことを揶揄しているのだ。
「…案外意地が悪いのですね、タクマ様は」
「バレましたか」
そう言って、タクマがいたずらっぽく笑うと、セルジュールも思わず笑ってしまった。
タクマとのダンスはあっという間だった。
こんなに、気を張らずリラックスして、踊ったのはいつぶりだろう。
改めて、セルジュールはタクマを見る。
ー不思議な雰囲気を持った人だわ。少なくとも、私の周りにはいなかった。…私生児とはこうゆう者なのかしら?
セルジュールと目が合うと、タクマはにこっと笑って言った。
「いつもの、キリリとしているセルジュール様も良いと思いますが、僕は今日の様によく笑うセルジュール様の方が、素敵だと思います」
ーよく笑う?私が?
そんなことは初めて言われた。
だが、実際、ダンス中もタクマと踊るのが楽しくと、ずっと笑っていた気がする。
「フンっ、生意気ね」
「あははっ。確かに今のは生意気でしたね」
ー私の婚約者がタクマ様の様な人だったら、こんなに傷つかずに済んだのかしら。
ありもしない事をセルジュールは考える。
「じゃあ、僕はミナミと合流しますね。セルジュール様は?」
「…私は少し疲れたからここで休むわ」
そう言って、タクマはミナミを探しに行った。
ふと、セルジュールは最初に声をかけられたときの、タクマの寂しげな笑顔を思い出した。
踊っている時の印象と随分かけ離れていた。
ーあの時の寂しそうな笑顔は何だったのかしら…もしかして、タクマ様はミナミさんの事をお慕いしているのかしら?!…でも義兄妹だから諦めようとしているとか…?
タクマがミナミと合流したところを遠くで見つめるセルジュールだった。
「え?セルジュール様と踊ってたの?なんで??焦ったわよ。振り向いたらタクマが居ないんだもん」
「ゴメン、ゴメン。でもランフォース様と踊って楽しそうだったじゃん」
「見てたの?…まあ、ランフォース様のリードでなんとかね」
すると、ランフォースが隣に来て言った。
「俺は足も鍛えている。まったく痛くなかった。」
「…踏んだんだね」
「…ランフォース様ごめんなさい!!」
そうミナミが言うと、ランフォースがフワッと笑った。
ー?!
ーこれが攻略対象の笑顔!
「ランフォース様のそんな笑顔を初めて見た気がします!」
無邪気に言うタクマに、「そうか?」とランフォースは素っ気なく返す。
本人は全く、意識していないようだ。
ーあ~天然たらし系か~。無自覚で女の子を落としてるタイプだな?!怖いわ~。
ミナミは、ランナがそれにすでに落ちている事をまだ知らなかった。
セシリオとアンジェリカがダンスを終えると、ふとアンジェリカがじっとどこかを見ていた。
「アンジー?誰か居た?」
「あっ、…えっと…セルジュール様とタクマ様が二人で踊った様ですわよ。セシリオ様、次はセルジュール様と踊りなさいませ」
そう言って、アンジェリカは疲れたからと言って、壁の方に下がっていった。
ーセルジュールと…1回は踊らないといけないよなぁ。
セシリオは、婚約者であるセルジュールが正直苦手だった。
いつも会えば、貴族たるものはどうだとか、侯爵家としてだとか、そんな話ばかりだ。
セシリオは元々愛らしいものが大好きだった。中でも愛猫のローズを溺愛している。
そんな赤毛のローズにちょっと似ていて、ちょっとドジでほっとけないアンジーをついつい気にかけてしまうのだ。
そんなところもセルジュールは気にくわない様だった。
家門の為に政略結婚は仕方がない事だが…せめて結婚するまでセルジュールから逃げたいと言うのが本音だった。
ため息をつきながらセルジュールの方に向かった。
だが、そこでピタッと足が止まった。
タクマと話しているセルジュールは、今までセシリオが見ていたセルジュールとは全くの別人だった。
屈託のない笑顔で楽しそうに、タクマと笑い合っている。
「どうしたの?セシリオ?」
立ちすくむセシリオに気づき、パトリオットが声をかける。
目線の先に気づいたパトリオットが言う。
「ああっ、セルジュール嬢か。意外だねぇ。彼女もあんな風に笑うんだね。…もしかして嫉妬してる?」
ー嫉妬?僕がセルジュールとタクマに?
「はは、まさか。でも、せっかく楽しそうなところに水を差してはいけないから。また後にするよ」
そう言って、セシリオは引き返した。
「ふ~ん」
ー嫉妬?そんなんじゃない。
そう、これはいつも付きまとってくるものが、急に来なくなった時に感じる一抹の寂しさみたいなものさ。
ただ、それだけだ。決して嫉妬なんかではない。
セシリオは初めて抱く感情に戸惑っていた。




