サラ
「お嬢様、素敵です」
「サラのお陰だわ。いつもありがとう」
そう言って、アンジェリカはサラにニコリと微笑む。
女神の様な笑顔に、今日も私のお嬢様は美しいと満足するサラだった。
「あっと言う間に最終日(パーティーの日)ですね」
「ええっ。ミナミ様とタクマ様の準備は大丈夫かしら?内輪だけの軽いパーティーとは言え、きっと緊張するはずよ。せめて、身支度などこちらでできることは完ぺきにしてあげたいの」
「ご安心ください。ぬかりなく準備させていただいております」
サラがそう言うと、アンジェリカは安心したように「サラがそう言うなら間違いないわね」と言った。
内輪だけとは言うけれど、この内輪と言うのが、アンジェリカ様の婚約者様である皇太子のリュークリオン様を初め、そうそうたるメンバーがいらっしゃる。
メンバーだけなら、王室主催パーティーと言ってもいいだろう。
そこに今回なぜか、アンジェリカ様は元平民のミナミ様とその義兄であるタクマ様を招待されたのである。
ーなぜこの二人を?
サラは最初理解できなかった。
サラは侍女長の娘であり、アンジェリカより3つほど年上である。幼い頃にはアンジェリカの話相手として、大きくなってからは専属侍女として、アンジェリカのお世話をしてきた。
学園に入ってからも寮に一人、共に行けるお付きの侍女はもちろんサラである。
アンジェリカの事なら大抵理解しているつもりだ。
しかしながら、今回のアンジェリカの行動はサラも予想のつかぬ事だった。
「…タクマ様はどうしているかしら」
「お嬢様?」
「ああっ、えっと、なんでもないわっ!気にしないで」
「それではまた後程伺います」
「ええっ。ありがとうね」
サラはアンジェリカが池に落ちてしまった日の事を、思い出していた。
お嬢様に言われ、お茶とお腹が空いているであろうお嬢様の為に、マカロンを厨房から拝借して部屋に戻ったところ、ドアの前にタクマ様が立っていた。
何やら、思いつめた様子だった。
そして、こちらに気づくと、慌てて会釈して立ち去ってしまった。
ーお嬢様の事が気になって様子を見に来たが、入るのをためらったのね。
親族でもない女性の部屋に、こんな時間に尋ねるのは良くないと判断したんだろうとサラは思った。
サラが厨房に戻り片付けをしていると、同僚の侍女達が話をしていた。
「ねえねえ、アンジェリカ様のご友人のタクマ様、とっても素敵じゃない?あの笑顔見た?」
「わかる!リュークリオン様達は素敵だけど…とてもじゃないけど近寄れない雰囲気があるわ。だけどタクマ様は私たちにもとっても気さくに接してくださるし…」
タクマ様は私生児だったはず。
そのためか、時々平民と偽って領地に出ていたとか。
確かそこでミナミ様とも会っていて、二人は養子縁組を結ぶ前からの顔見知りであったとある。
ー使用人たちにも変わらぬ態度で接するのはそのためか。
サラはアンジェリカの友人の個人情報は常に把握している。
「さっき、タクマ様に小腹が空いたので、何か食べる物はないかって聞かれて…思わず私のとっておきのクッキーあげてしまったわ」
ーあっ…そう言えば。
サラは先ほど会ったタクマがナフキンに包んだ何かを持っていた事を思い出した。
ーアンジェリカ様に差し入れしようとしたのだわ。
「あの時のタクマ様、少しはにかんだ表情でお礼を言われて…本当に素敵だった…」
「ええっ?!ずるい!私も見たかった!せめてそのクッキーを寄越しなさいよ~」
同僚の話を小耳にはさみながらサラは考えていた。
アンジェリカは自分が公爵令嬢、さらに言えば貴族であることすら引け目を感じているところがあった。
当然、公爵家をかさに着るような行為はめったになかった。
それ故、公爵令嬢の自分に寄って来る人々とは最低限の交流しかしようとしなかった。
ーだからミナミ様の様な元平民の方の方が、アンジェリカ様はお気を許せるのかもしれないわ。
でも…。
サラはここ数日のアンジェリカの行動を思い出していた。
ランクレッド家に行った時、私生児であるタクマ様が、家門内でないがしろにされているのは明らかだった。
それでもいつものお嬢様なら、その家長に対してあんな風に家門を前面に出して、牽制するような事はなかっただろう。
いくら、ご友人のミナミ様の義兄の為だったとしても。
ーそして、あの時の表情…さっきもタクマ様の事を気にされていたわ。
お嬢様の望みは全て応援したい、サラのその気持ちにウソはなかった。だが、この自分の憶測が、どうか間違っていて欲しい、そうじゃなければ、自分はどうすべきかと一人悩むサラだった。




