怖いの
「アンジェリカ様、調子はどう?」
「お陰様で。本当にごめんなさいご迷惑をおかけして…」
夕食後、ミナミはアンジェリカの部屋を訪ねた。
「明日の朝ご飯はご一緒できそうですわ」
「そう、なら良かった。タクマも誘ったんだけど、時間も時間だしって遠慮したみたい。気にしなくていいのにねえ?」
「ふふっ。タクマ様は紳士なのですわ」
「ふーん。…それはそうと…なんでアンジェリカ様が落ちちゃうのよ!」
ミナミは小声でアンジェリカに話した。
アンジェリカは面目ないっと言ったように力なく笑うと、侍女に飲み物を持ってくる様に指示した。
「ふうっ。やっと二人きりになれましたわね。…ミナミさん、私たちまだまだ話さなきゃならない事が沢山ありそうですわ」
ミナミとアンジェリカはお互いに、前世でどんな生活をしていたかを話した。
そして、どれだけ乙女ゲームの内容を覚えているのかを話した。
「ええっ??では、リュークリオンルートしかやっていませんの??…しかも、うろ覚えって」
どうりで、ハンカチに何も示さないはずだとアンジェリカはがっくりと肩をおろす。
「なんか、すみません」
「てっきり、私と一緒で、聖女の学園のヘビーユーザーだったのかと思っていましたわ。だからこそ、この世界に転生したのかと…」
「いやぁ、本当ねえ」
なぜ、うろ覚えのミナミをこの世界に転生させたのか…ミナミ本人が一番知りたい。
「でも…正直今のリュークリオン達ならあなたを断罪する事なんてないんじゃない?」
ミナミはずっと思っていた疑問をアンジェリカにぶつけた。
確かに、思いのほか冷静な判断をするリュークリオンにびっくりはしたが、かと言って、こんなに溺愛しているアンジェリカを断罪するとは到底思えなかった。
「確かに、リュークを含め、みんな私を大事にしてくれているのはわかっていますわ…でも」
「でも?」
「怖いのです」
それを聞いて、ミナミははっとした。
なぜ、こんな当たり前の事に気づかなかったのか。
「前世の記憶が蘇った頃、何度も悪夢にうなされました。死刑台に上がるアンジェリカを画面越しで見る私…でも気づけはそれは自分自身ですの」
アンジェリカは肩を震わせながら話す。
「…怖いのです。本当に断罪されない?リューク達がしないと言っても、別の大きな力で結局断罪されてしまうのでは??運命は変えられないのでは?ずっとそんな事が頭から離れなくて…でももしかしたら全て私の妄想かも知れないと思ったりもしましたわ…でも」
「主人公である私が現れた」
「そう…あなたが現れた。元平民の子がランクレッド家の養女として、光属性として。…そしてタクマ様も」
ミナミは入学式の日を思い出す。
ー自分が期待に胸を膨らませたあの日…アンジェリカは絶望を感じたのだわ。
「それで私は確信しましたの。ああ、やっぱりここはゲームの世界なのだと。…そして、私は主人公をいじめ抜いて断罪される悪役令嬢のアンジェリカなのだと!」
「…」
ミナミは何も言えなかった。
「もちろん、関わらなければ大丈夫とも考えましたけれど、やっぱりあなたは私たちの前にゲームと同じようなタイミングで現れて…」
フラグ立てに必死になっていたミナミの行動が、アンジェリカを追い詰めていたなんて、ミナミは思いもよらなかった。
「だとしたら…やっぱりあんな悲惨な最後にはなりたくないから、私は何としてもタクマ様の好感度をあげる必要があるのよ!!絶対に!!」
アンジェリカはこぶしをぎゅっと握りしめ、言った。
「そっか…それは怖いよね」
確かに、自分がアンジェリカの立場だったら、どんなに恐怖だっただろう。最悪死んでしまうようなことさえあるのに。
それでも、リュークリオン達を信じて婚約者の道を歩めただろうか?
そして、たとえリュークリオン達が自分を庇ってくれても、アンジェリカが言ったように、どんな横やりが入って来るかわからない。
それならば…田舎で暮らすルートのキーパーソンのタクマの好感度を上げた方が確実かもしれない。
実際にそのルートは存在するのだから…。
でも…じゃあ、私たちの意思は…?
ーそれに…。
ミナミはアンジェリカが助かって、安堵して震えていたリュークリオンを思い出した。
「…アンジェリカ様は本当にそれでいいの?」
ーリュークリオンと本当にお別れしていいの?
「ミナミさん…」
コンコンっ。
「お嬢様、お飲み物をお持ちいたしました」
侍女は、アンジェリカが、ベットで飲めるように簡易テーブルはを用意すると、そこへお茶を用意する。
それから、「内密にお願いしますね」と言って、マカロンを4つ置いて行ってくれた。
「サラは私が幼い頃からの侍女ですの。夕方からスープしか飲んでないからお腹すいていたのよね。せっかくだから、頂きましょう」
そう言って、アンジェリカはサラが用意してくれたお茶を美味しそうに飲むのだった。
「もちろん、リュークに対して罪悪感がないわけではないわ…。結果的には裏切ることになるでしょうし。ここにいるリュークは、ゲームとは違って、婚約者としての私を大切にしてくれているのはよく解っているわ。私も幼馴染としてリュークを大切に思う気持ちはあるわ。それは決して恋とは違うのだけれども」
ーアンジェリカのリュークリオンへの思いは恋とは…違うの??
「でもね…」
アンジェリカは少し間を開けると、大きく息を吸い言った。
「タクマ様は前世からの私の推しなのよ!!」
「え?…おしっ…??」
ミナミは一瞬、聞き間違いかと思ったが、違った様だ。
「そうなの!!正直に言って、全ルート攻略したけど、タクマ様ルートはもう何度やった事か!」
興奮気味にアンジェリカは続ける。
「あなたたちを入学式で見た時に、恐怖が襲ってきました。ああ、やっぱり現実なんだと。どんなにあらがっても、ゲームの強制力には勝てないのかと...。だけど…同時に…胸の高鳴りが抑えられなくて!!」
アンジェリカの表情は恋する乙女そのものだった。
その後、タクマのどこがいいのかを事細かに説明されたが、もう半分もミナミの頭には入ってこなかった。
「ああ、やっと会えた…私の運命の人に!!って…勝手な事を言ってるのは解ってますわ…。だけど、この思いはどうすることもできなくて…」
切なそうに話すアンジェリカをミナミは見つめる。
「うん…わかるよ」
ミナミは、アンジェリカの気持ちに同意を示したあと、言葉を続ける。
「まあ、人の思いはどうにもならないからね…でも領地追放ルートじゃなくて、もっと穏便にタクマとアンジェリカ様が上手くいく方法はないのかしら?…まあ、まずはリュークリオン様に諦めてもらわないといけないわね…ここがまあ、最初での最大の難関だけど」
「それなら…そんなに心配知らないと思いますわ」
「え?何言ってるの?あんだけ溺愛しているリュークリオン様に、あなたを諦めさせることが大変な事くらいわからない?!謙虚もそこまでくると腹立つわ~」
「そうではないけれど…まあでも、正直婚約は二人だけの問題ではないので、周りも納得させる必要があるのでこれが一番難しい事は事実ですわ…」
ーまだ推測の段階なので、ここで言うのはよしましょう…それに今言っても、私が罪悪感を減らしたいだけだと思われそうだし…。
アンジェリカはそっと言葉を飲み込んだ。
「まぁ、課題は山ほどありそうだけど…今日はもう疲れたでしょう?続きはまた明日ね」
ミナミはマカロンとお茶のお礼を言うと、アンジェリカの部屋を出て行った。
ーふうっ。…今夜は眠れそうにないわ。
ミナミは用意された部屋のベッドに横になると、今日の話を整理することにした。
ー私の運命の人に!!
そう瞳を輝かせながら言うアンジェリカを思い出した。
ーわかるよ…痛いほど…だって、私もリュークリオンを初めて見て同じことを思ったもの。
ミナミは入学式の日の事を今でも鮮明に思い出せる。
アンジェリカを応援してあげたい。でもリュークリオンの傷つく姿を見たくない。
だけど…それ(アンジェリカのこと)を言い訳に、リュークリオンの恋人になれるかもしれない。
そんな事を考える自分がいた。
ーとんだ聖女だわ。
死に怯えながらあらがってきたアンジェリカを前に、自分がひどくあさましい女に感じた。




