全ては光属性のせいです。
その後、アンジェリカはドミエール家の別荘に運ばれた。
幸いにも水もそんなに飲んでおらず、今日一日ゆっくり休めば大丈夫との事だった。
「初日から自分のせいで、皆様に気を使わせてしまい申し訳ないと、そして、自分の事は気にせず、楽しんで下さいとお嬢様からご伝言を仰せつかっております」
アンジェリカの執事が応接室にいたミナミ達にそう言って、頭を下げて出て行った。
「良かった、なんともなさそうね」
ミナミがほっと溜息をもらす。
他の面々も安堵の表情を浮かべていた。
「さ、僕は婚約者殿達に挨拶にでも行くかな。先ほどここに着いたと知らせが来たものでね」
そう言って、パトリオットが席を立った。
ーパトリオットの婚約者は…どんな人だったかな?後でアンジェリカに聞いておこうかしら。
何も知らないと、セルジュール嬢のような仕打ちを受ける可能性もある。
事前に知れるなら知っておきたいものだ。
ーにしても…なんなの?この雰囲気?!
皆、押し黙ってシーンとしている。
元々ランフォースは無口だし、リュークリオンも口数が多い方ではないが、パトリオットがいないとこうも静かなのか?
おまけにアンジェリカもセシリオもいない…こんな時、いつもならタクマが気を利かせて何かと話題を振ってくるのだが、どういうわけか今日のタクマは黙っている。
ーもしかして、アンジェリカが池に落ちたのは自分のせいだとか思ってるのかしら?
「…ねえ、タクマ」
ミナミがタクマに話しかけようとした時、リュークリオンが口を開いた。
「アンジェリカを助けてくれたことの礼がまだだったな。改めて礼を言う。タクマ」
「いえ、おれはただ、夢中で…むしろ俺のせいでアンジェリカ様を危険な目に…」
リュークリオンが一緒だったら、池に落ちてしまうことは無かったかもしれない。
タクマはずっとそんな事を考えていた。
ーあの時、おれが目を逸らさずに、アンジェリカ様を見守っていれば…。
「そうかもしれないが、違うかもしれない。それはわからないが、お前がアンジェリカを助けたのは事実だ」
「リュークリオン様…」
「婚約者として礼を言わせてもらう。アンジェリカを救ってくれてありがとう」
ー婚約者として。
リュークリオンの真っすぐな瞳がタクマに向けられる。
公明正大、皇太子の立場でも奢ることなく素直にお礼を言える…。
ズキリとタクマの胸が痛む。
「いえ、アンジェリカ様がご無事で何よりです。…あの、俺も少し疲れたので部屋で休ませて頂きます」
そう言って、タクマも部屋を出て行った。
それを横目で追ったランフォースは、じゃあ自分もと言ったように部屋を出て行った。
気づけば部屋にはミナミとリュークリオンだけになってしまった。
ー完璧にタイミングを逃してしまったわ!!
どうする?今からでも席を立つ?ミナミがそんな事をグルグル考えていると、リュークリオンが話しかけてきた。
「おい、お前は光属性なんだったな」
「…そうだけど」
急にどうしたのだろう。
私が光属性の事なんてもはやこの世界で(リュークリオン達に)忘れ去られていると思っていたのだが。
「なるほど…そういうことか、ああ、そうにちがいないな。お前も少しくらいは聖女の素質があるのかもしれないな」
リュークリオンは一人で納得したように話す。
「…何をおっしゃっているのかさっぱりわからないのですが…とりあえず褒めてはいないですよね?」
リュークリオンは大げさに咳払いする。
何なんだ、こいつ(リュークリオン)は。
「ところで…ボートにはどこで乗ったのだ?」
「まだ言います?内緒ですよ!内緒!」
ミナミはしつこすぎるリュークリオンに半ば呆れた。
うるさいので、ちょっと意地悪したくなった。
「本当は自分が助けたかったんじゃないの?アンジェリカ様の事。タクマに先越されましたね。もしかして…泳げないとかですかぁ?」
リュークリオンなら、タクマが飛び込もうが飛び込まなかろうが、関係なく自分も飛び込んで行くだろうとミナミは思っていたので、意外だと思ったのだ。
ーカナヅチだったりして?!だとしたら、ダサい王子ね。グフフ。
「はぁ?お前が考えなしに助けようとするからだろう?お前を引き戻すのに1テンポ遅れてしまったんだろ」
「うっ…」
確かに、同じくドレスを着たミナミが池に入っても一緒に溺れるのがオチだろう。
そのミナミを庇って、リュークリオンが直ぐに飛び込めなかったのは紛れもない事実だ。
「お前は私に感謝すべきなのではないか?」
ー墓穴を掘ったわ。意地悪しようなんて思うんじゃなかったわ。
「それに、別に誰が助けようとアンジーが助かればそれでいい。あそこでは同じボートのタクマが飛び込むのが妥当だろう。そしてタクマはきちんとそれをやってのけた。なんの問題がある?」
「いや…そうだけどさぁ」
あまりに合理主義でドライな考えにミナミはびっくりした。
これは本音?それとも私の前で強がっているだけなのだろうか?
皇太子故だろうか。客観的に物事を見過ぎじゃなないだろうか。
…自分が助けたかったって思わなかったのかな?…でも。
「…震えてたくせに」
「ー!!」
流石にこれにはリュークリオンも返す言葉が無かったらしく、耳まで真っ赤になってミナミを睨みつける。
「お前と言うやつは…!」
ミナミはしたり顔でリュークリオンを見る。
ーそうそう!やっぱりリュークリオンはこうでなくっちゃ!
感情剝き出しのポンコツ王子にクールな態度は似合わない。
「もういい、私もそろそろ自分の屋敷に戻るとしよう…。アンジーにあったらくれぐれも無理せぬように伝えてくれ」
そう言ってリュークリオンは席を立った。
ミナミはリュークリオンの焦る顔が見られて満足だった。
「あっ!待って!」
ミナミが慌てて、リュークリオンを呼び止める。
「?」
リュークリオンはいぶかし気にミナミを見る。
「お礼がまだだったわ。助けてくれてありがとう!リュークリオン様」
ミナミは笑顔でリュークリオンにそう言った。
何はともあれ、リュークリオンに助けられたことは事実だ。
きちんとお礼は言わなければ。
「ふっ…やっと言ったか」
ーえ?今…。
そう言うと、リュークリオンは部屋を出て行った。
一人応接室に残ったミナミは、ついさっきのリュークリオンを思い出していた。
ー今、笑ったよね?
いつもの様な、人を鼻で笑うようなバカにした笑いではなく、正真正銘の笑顔。
いつもアンジェリカに向けるような、優しい笑顔。
ー初めて私に向けてくれた…。
私の運命の相手なんかじゃないのに…。
ミナミは高鳴る心臓の音を抑えられなかった。
「くそ、一生の不覚だ、よりによってあんな女の前で醜態をさらすとは」
リュークリオンはボートでの出来事を後悔していた。
アンジェリカが池に落ちてしまった時、心臓が止まるかと思った。
直ぐに助けようとしたが、それと同時に「危ない」と叫ぶあの女の声が飛び込んで来た。
あやうくそのまま落ちてしまいそうだったミナミを反射的に抱き留めた。
そう、あれはただの人命救助だ。
それに、タクマが直ぐに助けに入ったし、あいつは運動神経もよく、泳げると聞いているので問題はないと思ったのも事実だ。直ぐにパトリオット達が引き上げに来るとも想定していた。
だが、体は正直だった。
頭では解っていても、もし万が一アンジーに何かあったら…私は…。
ーアンジーを絶対に守る…そう誓ったのに。
リュークリオンの震える手をそっと握ってくれたミナミの手は温かかった。
妙な安心感を感じた。
ずっと、このままでいたいと思った。
ーやっぱり、光属性のもつ癒しの力がミナミにも少しはあるのだな。でなけれは、説明がつかない。
...あいつの笑顔が見たいと思うのは、きっと癒しの力があるからに違いない!
ー私は自分でも知らないうちに疲れがたまっていたのかも知れないな。
リュークリオンはミナミに対する妙な感情を、全て光属性の癒しの力のせいだということで納得した。




