さぁ、避暑地へ!
「遅かったわね、何話していたの?」
遅れて、馬車に乗り込んで来たアンジェリカにミナミが訪ねた。
「ええっと…いえ、お二人のことはドミエール家が責任をもってお預かりするので、安心してくださいと言っていたのよ」
「ふーん」
そして馬車は3人を乗せて走り出した。
タクマはアンジェリカと顔を合わすことに少し、気まずさを感じていた。
さっきの発言を勝手に意識してしまっている…事もあるのだが、何よりもランクレッド家での自分の扱いをアンジェリカに見られてしまった事が恥ずかしくてたまらなかった。
ーアンジェリカ様がいる時くらいは控えると思ってたのに、想像以上のアホだったな、マクミリオンのやつ。
タクマはクソっと心の中で悪態をついた。
「あの…タクマ様、ご気分がすぐれないですか?馬車を止めて休憩します??」
アンジェリカが、ずっとうつむき加減でいたタクマを心配して訪ねてきた。
馬車は発車して、まだ5分ほどしか経っていない。
「ああっ、大丈夫ですよ。心配かけてすみません」
「そうですか、ならいいのですが…気分が悪くなったら遠慮なく言ってくださいね」
アンジェリカは安堵の表情をタクマに向ける。
ーまた、勘違いしそうになる。
他の人にどう思われても、対して気にならなかった。私生児なのは事実だし。
家での扱いも、私生児なんてそんなものと諦めていた。
だけど、アンジェリカにだけは同情して欲しくなかった。
情けない姿を見られたくないと思ってしまったのだ。
ーウソだろ?相手はあの皇太子の婚約者だぜ?そんでもって公爵令嬢だ。
タクマはミナミの方をじっと見た。
「え?何??どうしたのよ?」
「あっ…いや、俺もお前の事、馬鹿にできなくなったかもしれないなぁって」
そう言って、タクマは憐れむような表情をミナミに向けた。
「いやいや!そもそもあんた私の事バカにしてたの?!いきなりぶっちゃけて失礼発言なんなわけ?!」
そんな二人を見てアンジェリカも思わず吹き出してしまうのだった。
皇太子相手に、「運命なの!」と本気で言っていたミナミを、タクマはもう笑う事はできないと思うのだった。
ランクレッド家の領地から避暑地のイーストランドは案外近かったようで、かつ馬車に転移魔法もほどこしていたこともあり、2時間ほどで目的地まで着いた。
「はあ~、ようやく着いたわ」
ミナミは大きく伸びをした。
「いやいや、距離的に早い方だぜ。転移魔法って凄いな」
タクマは初めて転移魔法をかけられた馬車に乗って少し興奮気味だった。
そんな二人を微笑ましく見ながら、アンジェリカが案内をする。
「さぁ、こちらがドミエール家の別荘ですわ。疲れたでしょうからお部屋で少しくつろいで下さいまし。後ほど、お茶の用意が出来ましたお呼び致しますわ」
そう言われ、案内された部屋は予想通り、というか予想以上に豪華なものだった。
「別荘なので、簡素になっていますので、何か足りないものがありましたら、遠慮なくおっしゃってね」
ーランクレッド家よりよっぽど豪華だわ。
ミナミはアンジェリカが普段どんな屋敷で過ごしているのだろうかと思うのだった。
ほどなくして、お茶が入ったと知らせを受けて応接間に行くと、リュークリオンを初めアンジェリカの幼馴染ブラザーズが勢ぞろいしていた。(ミナミはリュークリオン達を勝手にそう呼ぶことにした)
「…みなさまお揃いで」
「やあ、ミナミさん、その服はアンジーの見立てかい?とても似合っているよ」
セシリオが息を吐くように、ミナミの服装を褒める。
流石のミナミも、セシリオの褒め言葉にいちいちトキメク事は無くなっていたが、やっぱり少し嬉しかった。
ミナミはアンジーが用意された(恐らく)普段着に着替えていた。
と言っても、シンプルなデザインではあるが、今まで着たどの服より高いのがすぐにわかった。
「フン、アンジーの見立てた服でに合わなかったら、よっぽど素材が悪いんだろうさ」
ーえ?こいつ、マジ一発殴っていいかな?!
本気で皇太子にこぶしが出かかるミナミを、タクマは必死に止めるのだった。
不意に、リュークリオンが席を立つ。
セシリオやランフォース達も次々に立ち上がり、頭を下げる。
つられて、ミナミもタクマも席を立つ。
「ああ、よいよい、そのままで。楽にしてくれ」
「ふふっ。久しぶりね。リュークリオン様」
「公爵様、公爵夫人様、御無沙汰しております」
リュークリオンが丁寧にあいさつをする。
こういう場面を見ると、なるほど皇太子だとミナミは思うのだった。
この二人がアンジェリカの父と母で、公爵とその夫人。
二人とも上品で、威厳を感じさせる風貌をしていた。
ー確か、娘の悪事を隠蔽するため…不正をはたらいて…みたいなこともあったような…?
「あなたがミナミさんね!手紙でアンジーから聞いていた通り!とても可憐で愛らしいわ!」
公爵夫人がミナミの手をぎゅっと握りしめる。
ーえ?…威厳…が??
「お母様!ミナミさんが困っていますわよ!」
「だってぇ~」
少女の様な、無邪気な振る舞いに場の空気がいっきに和む。
アンジェリカの愛らしさは、婦人譲りのようだ。
「妻は、アンジーからの手紙を読んでずっと君に会いたがっていたのだよ。賢くて、真っすぐなお嬢さんだと聞いているよ」
優しい声で公爵は言った。
上品にひげを蓄え、穏やかながら意思の強そうな目をしている。
今でもイケオジだが、若い頃は相当モテたであろうと思わせる。
なるほど、アンジェリカの切れ長の凛とした目元は、父親似のようだ。
「やだ!お父様、恥ずかしいので手紙の内容は言わないで下さい!!」
リスの様に頬を膨らませて怒るアンジェリカをほっこりした表情で聞き入る公爵に、ミナミはデジャブを感じた。
見るとセシリオがまったく同じ表情でアンジェリカを見守っていた。
「賢くて真っすぐなお嬢さんだって。頭でっかちの猪突猛進の間違いでは?」
タクマがからかうようにミナミに耳打ちする。
「ちょっとぉ…ゴホンっ、アンジェリカ様は人を見る目がお持ちの様で」
ミナミもふざけて返す。
賢くて、真っすぐで…アンジェリカにはそんな風に思われていたのだろうと思うと、嬉しい反面、むずがゆくもあった。
ー真っすぐ…ではないかな…。
ミナミは自嘲気味にそう心の中で呟くのだった。
そしてタクマは、当然ながら自分の事などアンジェリカの手紙には書かれていないのだろうと思うのだった。
ー俺はあくまでも、ミナミの付き添いくらいの位置づけなんだろうな。
そんな思いを抱いていると、ふと公爵夫人と目が合った。
アンジェリカにそっくりの、ふんわりした笑顔を向けられて、タクマは思わず赤面してしまった。
「ちょっと、お母様!私の友人に色目を使わないで下さいな!」
「色目なんて、嫌だわ~そんな言い方。私はただ微笑み返しただけじゃないの」
「だから~それが…」と言いかけてアンジェリカは今回の目的の一つを思い出した。
「あっ!お父様、ボートはもう乗れますか??」
「ああ、アンジー達が来る前にきちんとメンテナンスして乗れるようにしてあるよ」
アンジーは嬉しそうに、公爵にお礼を言うと、皆に提案した。
「来て早々ですが、せっかくですのでみんなでボートに乗りません?…もちろん疲れていたら明日でも構いませんが…」
アンジェリカの提案をブラザーズが断るわけもなく、一行は公爵夫婦に挨拶をして、池のあるボート乗り場に向かうのだった。
「アンジー、一緒に乗ろう!」
早速、リュークがアンジーを誘うが、アンジーは「それだといつもと変わらないですわ」とつまらなさそうな顔を浮かべる。
「しかし…」
ーやーい、アンジェリカに断られてや~んの!
さっきの事もあり、いい気味だと悪い顔を浮かべていたミナミの方をアンジェリカがチラッと見て、何やら目くばせをす。
ー??
ミナミにはアンジェリカの目くばせの意味がまったくもってわからなかった。
「せっかくだから、くじで決めません?」
どこから用意したのか、アンジェリカはくじひものようなものを皆の前に出していった。
アンジェリカのウキウキの笑顔に負けて、みんながくじを引くと、見事にアンジェリカとタクマ、ミナミとリュークリオンが、ランフォースとパトリオットがペアになった。
因みにセシリオはアンジェリカに諭され、セルジュールの所に顔を出しに行っている。
「おい、元平民、お前、ボートに乗ったことはあるのか?!」
アンジェリカとペアになれず、いら立っているのか、いつもより強めの口調でリュークリオンがミナミに問いかける。
「なっ…!失礼ね、私だってボートくらい乗ったことあるわよ!」
「え?…ボートなんて貴族の避暑地くらいにしかないと思ったのだが…違うのか?」
そこでミナミは、ボートに乗ったのは前世だと気づいた。この世界で平民は優雅にボートなど乗らない。
「ランクレッド家にもこのような避暑地が?」
「ああ、そうそう!」
説明が面倒だし、見栄を張ったと思われたくなかったので、ミナミは適当に誤魔化すことにした。
「すみません、アンジェリカ様、お恥ずかしながら俺、ボートに乗るのは初めてで…」
「そのようなこと、恥ずかしがることではございませんわ。大丈夫です、私がお教えしますわ」
タクマとアンジェリカの会話が聞こえてくる。
「おい、タクマはボートに乗った事がないと言っているぞ」
「…さっ、乗りましょう!!」
「おい!ごまかすな!」
「相変わらずの二人だね~、ボートくらい仲良く乗れないもんかね?!」
「リュークリオンにあれだけ言えるのはミナミ嬢しかいない」
お互い少し照れながら、初々しくボートに乗るタクマとアンジェリカペアと、お互い文句を言いながら、騒々しくボートに乗るミナミとリュークリオンペアを岸で眺めながら、ランフォースとパトリオットは言った。
パトリオットはアンジェリカが用意したくじを思い出していた。
明らかにこのペアになるように細工されていた。
おそらく、ランフォースもそしてリュークリオンも気づいてはいたはずだ。
ー僕らの姫は、一体何をたくらんでいるのやら。
今までの経験上、アンジーが張り切って何かやるとろくな結果にならない。
まあ、そこがまた愛らしい所でもあるのだが。
「俺らもボートに乗るか?」
ランフォースが、パトリオットに聞く。
「まさかぁ、野郎と二人でボートに乗る趣味はないよ。麗しいご令嬢なら喜んで乗るけどね」
「…それもそうだな」
「あれ?今誰を想像したの~?」
珍しい反応をしたランフォースをすかさず冷やかすパトリオットに、ランフォースは「お前こそ、女遊びなど辞めたらどうだ。」と言った。
「遊びだなんて、失礼だな。僕はいつだって真剣さ」
そう言うパトリオットを横目で見ると、ランフォースは大きなため息をつくのだった。