さあ、勉強会の始まりです。その3
ーまずい…ちょっとやりすぎちゃったかしら?
さっきから、あからさまに落ち込んで、やる気のない態度を見せるアンジェリカに、流石にミナミも自分の言動を後悔し始めた。
「あの…アンジェリカ様、ランナさん達が戻ってくるまで休憩にしましょうか?疲れたでしょう?」
「えっ?ああっ…そうね、そうしましょう」
正直そこまで、疲れてもいないのだが、色々整理したこともあったアンジェリカは休憩することにした。
「お茶を淹れますね。お口に合うか分かりませんが…」
ミナミが席を立つと、「いえ、私が。場所わかりませんでしょう?」そい言って後を付いてくるので、一緒に淹れることになった。
談話室と繋がって、小さな給湯室のような場所がある。
少し狭いが、皇太子たちが使うところだけあって、どれも洗練され、茶葉も実に様々な種類が置いてあった。
ーなるほど、私一人じゃ、どれを淹れていいのか解らなかったわ。
ミナミはアンジェリカの言葉に納得した。
「そういえば、タクマ様はご用事があったのですね。私などの為に時間を割かせてしまって、申し訳なかったですわ」
何種類かの茶葉をブレンドしながら、アンジェリカが言う。
目分量で入れているようだが、その手際の良さにミナミは感心した。
「いやいや~!そんなことアンジェリカ様が気にすることないですよ!…まあ、あれでいて、タクマは結構人望があるといいますか、頼りにされてるみたいで」
「わかりますわ」
ミナミの言葉にアンジェリカは素直に頷く。
「何気に、この学園のご令嬢たちにも人気みたいなんですよね~。この前も一人の令嬢に呼び出されて…」
ざざざざー!
ー?
いったい何の音かとミナミが見ると、ティーポットにこんもりと茶葉が覆いかぶさっていた。
明らかに入れ過ぎである。
「ああ!私としたことが!ごめんあそばせ!…直ぐに入れ直しますわ!」
「あっ…いえ、別に大丈夫ですよ」
狼狽えるアンジェリカを見ながら、ミナミは”やっぱり貴族ってごめんあそばせっていうんだぁ”と、どうでもいいことを考えていた。
改めて、アンジェリカが淹れ直したお茶を二人で頂く。
なるほど、やっぱり、おいしい。
先日もアンジェリカに淹れてもらったが、その時は正直、味どころではなかった。
「アンジェリカ様はお茶を淹れるのがとてもお上手なのですね。素人の私でもなんとなくわかります」
「ありがとう」
「あの…ミナミさん、先ほどの話なのだけど…」
「先ほど?」
ーはて。
ミナミはどれが先ほどの話なのかわからなかった。
ー何の話してたっけ?お茶の話だっけ?それとも魔法基礎か?
「ですから…そのタクマ様をご令嬢が呼び出したとか…」
「ああ!それですね。そうなんですよ。なんでも、バケーションを自分の領地で過ごさないかと誘われたみたいで。ああっ!でも断ってましたよ、アンジェリカ様との先約もありますし。それにランクレッド家の領地は学園から結構遠いので、そんなに色々行き来はできませんもの」
この世界は魔法があるからか、鉄道などの移動手段が発達しておらず、未だに?馬車移動が基本だ。
空間移動を使える魔導士や、魔道具を使えば短時間移動も可能だが。
「そうなのですね…」
アンジェリカは少しほっとしたような表情を浮かべた。
「名前はなんていったかしら?なかなかに美人でしたよ。…ああ、今日もその子に呼ばれてるから抜けたんです」
「えっ?!」
それを聞いて、アンジェリカの手元が揺れ、カップからお茶が少しこぼれてしまった。
「いけない…私としたことが、お茶を少しこぼしてしまいましたわ。直ぐにふきますわね」
そのアンジェリカの行動に、ミナミはひとつの仮説が浮かび上がった。
それは以前にも一瞬、浮かんだ事があったが、すぐに消え去った。
ーそんなはずない。いや、でもこの反応は…。
気のせいだと思った。いや、思いたかったのかも知れない。
ーだって、そうだとしたら、あの人はどうなるの?あの、バカみたいにアンジェリカ様を一途に思っているあの人はー。
ミナミの困惑した表情にアンジェリカも気づき、座りなおすと、ゆっくりと口を開いた。
「そうよ、ミナミさんが思っている通りだと思いますわ」
ーえっ?嘘よ…。
「私は、タクマ様をお慕いしています」
そう言って、真っすぐにミナミを見据えたアンジェリカの瞳は嘘偽りを付いているように見えなかった。
ー本当にアンジェリカ様がタクマの事を??
タクマにダンスに誘われて、頬を赤らめるアンジェリカ、ランナをお姫様抱っこしているのを見て不機嫌になるアンジェリカ…どれもアンジェリカがタクマを好きだと仮定すると説明がつく…。
ーでも…だけど…じゃあ、あの人はどうなるの?
「…ごめんなさい。あなたにそんな顔をさせるつもりはなかったの」
悲痛な表情をするミナミを見て、アンジェリカも顔をゆがませる。
ーえっ?私今、どんな顔をして…。
そして、アンジェリカが覚悟を決めた様に、重たい口を開いた。
「ミナミさんは、前世の記憶を信じられますか?」
それは思いもよらない一言だった。