さあ、勉強会の始まりです。その2
図書館に入ると、一瞬ざわめき立った。
「見て、ランフォース様よ。いつ見ても素敵だわ」
「一緒にいる方はどなたかしら?…見たことないわ」
ランナは注目されることに居心地に悪さを感じたが、ランフォースは慣れているのか、気にする素振りを見せることなく、「資料はどの辺にあるのだ?」とランナに訪ねてくるのだった。
ランナは急いで、資料のある方へ案内した。
さっきは、早くあの場所を去りたいと思ったが、今は早くあの場所に戻りたい。
ーランフォース様と二人きりだなんて、心臓がいくつあってもたりないわ。
だったら、公爵令嬢が元平民にど叱られている姿を見る方が幾分ましだと思ったのだ。
「えっと…あった!これですわ」
ランナが目当ての本を手に取り、パラパラとめくる。
この本は難しい用語が多い魔法基礎学を、時にイラスト付きでわかりやすく解説してくれている。
少々こども向けと言われればそれまでだが、ランナもこれがきっかけで、できるようになったのだ。
「アンジェリカ様もこれなら、やる気をだしてくれるのではないかしら」
「どれ…」
そい言って、ランフォースが少しかがんで、ランナの手元の本を覗き込む。
ー?!
ちっ近い!!
ー今振り向けば、確実にランフォース様のお顔が真横にあるわ。
ランナは、ランフォースの息遣いを間近に感じながら、必死に平常心を保とうと、本の文字を穴が開くのではないかと言うくらい、じっと見つめていた。
当の本人はそんな事とは全く知らず、熱心に本に目を向ける。
「なるほど…これならあのアンジェリカでも、頭にはいりそうだな。あいつはああ見えてガキっぽいのが好きなんだ」
そう言って、ランフォースがフワッとした笑顔をランナに向けた。
それはまるで、幼い妹を愛しむかのような、優しい笑顔だった。
「…?どうした?ランナ嬢?」
ピクリとも動かないランナを心配して、ランフォースが声をかける。
「あっ!!すみません!…あの、政治学や数理にもこのような本がないか探してみますね!私はあっちを!ランフォース様はこの辺りを探して下さいませんか?では!また後程!!」
そう早口で言い終えると、ランナはそそくさとランフォースの元を離れて行った。
ー令嬢のこのような態度にはなれているさ。
自分が他の者達より、見た目が怖いらしいことは解っていた。
令嬢たちは自分を必要以上に恐れ、中には震える者もいた。
パトリオットにはその仏頂面をどうにかしろ、もっと笑えと言われたが、別に面白くも無いのに笑えない。
それに正直、あいつらがいれば、他にどう思われようと関係ないとすら思っていた。
だが今、ランナに拒絶され、思いの他ショックを受けた事に、ランフォース自身も驚いていた。
震えながらも、友人の為に身分の高いものに反論する姿を見て、勇気ある令嬢だと思った。
ー何を期待していたのだ?ばかばかしい。
彼女なら、自分を怖がらずに受け入れてくれるかも知れないとでも思ったのだろうか。
ーこの辺には魔法関係の本しか置いてないな。
この辺を探せと言った、彼女の明らかな拒絶にランフォースは自嘲気味に笑った。
ー待って、まって!あんなの反則じゃない?!
ランナはとにかくランフォースから離れて、なんとか落ち着きを取り戻そうとしていた。
そのために、あろうことかランフォースに指示を出したような形になってしまったが、もうそこまで頭は回っていなかった。
ーいやいや!普段クールな人の笑顔がどんだけ破壊力あるかランフォース様はご存じないのかしら?!
ランフォースが知るわけないというツッコミはさておき、とにかくあの笑顔は心臓に悪かった。
ランナは本気で心臓がおかしくなったのかと心配になった。
その穏やかな笑顔は、普段の仏頂面からは考えられないほど、人懐っこく愛らしかった。
ーえ?あれで惚れない人っているの?いるなら教えて欲しいわ…。
ランナは思い出しては感嘆のため息をもらす。
ーああっいけない!…こんなこと考えていないで、早くアンジェリカ様に資料を探して談話室に戻ろう!
そう気を取りなおして、ランナは本棚に目を向けた。
そしてふと、気づいてしまった。
ーさっきの笑顔は、アンジェリカ様の事を思っての笑顔だわ。
ー自分に向けられた訳でもない笑顔に、こうも胸を高鳴らせて、私ったらバカみたいね。
ランナはズキンと胸の奥が痛むのを感じながら、”今ならまだ引き返せる”と、この気持ちを心の奥に閉じ込めてしまおうと思うのだった。