花のように笑う君
ーそうか!あの令嬢はセシリオの婚約者だったのね!
ミナミは、セルジュールがどこかで見たことあると思いながらも、思い出せないでいたのだが、前世の乙女ゲームでアンジェリカの取り巻きにいた、いわゆるモブ令嬢その1だったのを談話室に行く時に思い出していた。
ただ、セシリオルートをやってないからか、婚約者だとはまったく覚えていなかったのである。
ー設定にあったっけ?この世界ではアンジェリカと一緒にいないのね??と言うか、アンジェリカの取り巻きを見ないのよねぇ…。
「そのセルジュール様が、セシリオ様の婚約者だとして、それとミナミが絡まれたのとは、どう言った関係が?」
タクマがわからないと言った表情で問う。
「何と言うか、彼女は一言で言うと完璧主義で…。基本は自分が一番じゃないと気に入らない質なのさ」
セシリオが言う。
「彼女は中々優秀でな。前回の試験では私たちに続き5番だったのさ。令嬢の中ではトップの成績さ。知性もあり、侯爵家の令嬢で教養もある。それが、ぽっと出の元平民にその座を奪われたんだ。いい気はしないだろうな」
リュークリオンが虫けらでも見るような目でミナミの方を見る。
ーこいつ、皇太子じゃなかったら殴ってやりたい!
「なるほどねえ…。でも前からミナミを調べていたようだけどそれは??」
タクマが聞く。
言い淀むセシリオに代わり、アンジェリカが口を開く。
「セシリオ様、あなた、また余計な事をセルジュール様におっしゃったんでしょう?」
「えぇ?!…まいったなあ、そんなつもり無かったんだけど…」
セシリオが困ったようにため息をつく。
そしてアンジェリカもため息をつきながら、また口を開く。
「セルジュール様のヘッドレンド侯爵家とは我が公爵家は親交があるので、私も何度もお会いしたことがあるのですが、どうも彼女は私の事を嫌っている様なのです」
「ええ??アンジェリカ様を?!」
ーゲームでは取り巻きになるぐらいアンジェリカにまとわりついていたのに…やっぱりここでは違うのね。
「私が公爵家の娘ですから表立っては何もしてこないのですが、まあ、小さな嫌がらせはちょこちょこと…幼き頃は落ち込んだりもしましたけどね。もともと性格的に私もあまり仲良くなれる気がしなかったので、そこはお互い様だと思っていたのですが、どうやらそれだけではなかったようなのですわ…ね?セシリオ様!」
セシリオはビクッとする。
「いやぁさ、彼女と会うたびに僕がアンジーの事を可愛いと言っていたのが気に入らなかったようでさ…」
「そりゃそうだろ」「駄目に決まってる」「当たり前だ」パトリオット、ランフォース、リュークリオンが次々に言う。
婚約者が、会うたびに毎回違う女の子の事を可愛いなんて言ってたら、そりゃ、セルジュールじゃなくても嫉妬してしまうわ。
ランナとミナミはセルジュールの気持ちもわからないではないと思ってしまった。
「アンジーが可愛いのは当たり前だからな!それを気に入らないと思う彼女が、私はどうかしてると思うがな!」
リュークの見当違いの返しに、いや、お前はもう、黙ってろよ!と心で毒づくミナミだった。
「本当にリュークの言う通りさ、こんなに可愛いアンジーを可愛いと言わないでは、いられないだろう?」
セシリオはそう言うと立ち上がって、アンジーの髪をすくうと、それに口づけをする。
「セシリオっっ!!調子に乗りすぎだぞ!!」
リュークリオンがセシリオに怒鳴る。
「はいはい、誤魔化さないで下さいな。それで?今回は何を言ったのです??」
ーさすが、愛され令嬢、イケメンの髪チュー?にも塩対応…私なら3日位思い出して反芻するのに。
「いやぁさ、だから、その…セルジュール嬢と居た時に、たまたまミナミさんを見かけて、まあ、色々と噂の事を言うもんだから…その、彼女は”花の様に笑う可愛い人だよ”って言っただけなんどけどね?」
そう言ってミナミの方を見ると、セシリオはにっこりと微笑んでみせた。
こっこれは…!?初めてのフラグ?!
「セシリオはこう見えて小動物など可愛いモノに目がないんだ」
ランフォースが無表情で言う。
ーあぁ、可愛いってマスコット的なあれですか。
やっぱりこの世界で自分にはフラグは立たないのだと悲しくなるミナミであった。
「もう!そういうところですわよ!セシリオ様!確かにミナミさんはとても可愛らしい女性ですわ。でも、それをセルジュール様の前で言ってしまえば、ミナミ様にこのように迷惑がかかってしまうのよ!」ぷんすか怒るアンジェリカは頬袋にドングリを蓄えたリスの様だった。
「怒った顔も可愛いなあ、アンジー」
その姿はセシリオのツボだったらしく、全く効果がないどころかむしろ逆効果の様だった。
「まあ、そんなわけでセシリオがちょっとでも可愛いと言った女性は、今までもセルジュール嬢に色々と嫌がらせを受けてきたんだよね。今回も難癖つけようと君を調べてたんじゃないかな?そこにきてあの試験結果が出たものだから…彼女的には言わずにはいられなかったんじゃない?」
パトリオットが補足するように言う。
「はあ…」
ーようは婚約者同士の痴話げんかに巻き込まれたってわけね。
「僕は思ったことを素直に言っているだけなんだけどな…でもミナミさんに迷惑をかけるつもりはなかったんだ。ごめんね、許してくれないか?」
「いえ、セシリオ様が悪いわけでは…」
ないこともないが、イケメンに申し訳なさそうに謝られたら、許さないわけにはいかない。
「いいえ!セシリオ様が悪いんですからね!反省なさいまし!だいたい…」
アンジェリカのセシリオへの説教は続くが、それをニコニコしながら聞くセシリオの姿を見て、これも効果はないんだろうなと思うミナミ達であった。
ー良かった…自分だけじゃなかった。
そんな時、一人、別の事を考えていたリュークリオンが居た。
ーミナミ・ランクレッドは誰が見たって花のように笑うと思うようだ。
リュークリオンはセシリオの言葉を聞いて、図書館で彼女を見た時の、自身の感情を納得させた。
ーそう、あの笑顔を自分にも向けて欲しいと思った事も、きっと私だけじゃなく誰もが思うはずさ。
リュークリオンは、アンジェリカとセシリオのやり取りを笑いながら見ているミナミの横顔を、不機嫌そうに眺めるのだった。