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リブン  作者: grace
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第一章 若宮家

若宮家

生まれがいいが育ちは悪い。逆に生まれが悪いが育ちがいい。このような人間は割といる。明治に入ってから良家や華族といった類も庶民と通婚し、近年の経済の荒波で生じた成金といわれるものも、一目では区別できず、同じ教育を受けることは往々にしてある。つまり生まれも育ちも良いというのは最近ではより希少になっている。若宮家とはこの本のために設定した架空のいわば貴族の家であり、皇子のような印象のためにこう設定した。若宮家は非常に裕福で芦屋に豪邸を構え、一人息子がいる。名前は大路であり、フルネームは若宮大路となる。両親の寵愛を受けそだった大路は利発な少年であり、吸収の早い早熟の子であった。父は経営者であるが育児や子供と共に過ごす時間と余力がたっぷりあり、母も愛情を子に注ぎつづけた。英才教育と名のつくものすべてを無難にこなした大路は芸術的感性や運動能力も傑出し神童となった。大路はゲームとテレビが嫌いだった。まずゲームにはおもしろみがなかった。主人公やメインキャラが最初から弱すぎるのだ。現実世界のゲームを出したほうが売れるだろうに。そう真剣に思っていた。テレビは退屈だった。十分でいいことを一時間かけてのろのろと説明しなにより演者以外の意図が不愉快だったのだ。聡明な子どもには教養のある両親が一番の娯楽となった。社会の構造や芸術の歴史、スポーツの派生や生物の特徴まで、好奇心より先に知識が与えられた。長年望んだ子供だっただけに両親はゆりかごから上流階級のすべてを注ぎ込んだ。彼には一つ奇妙な能力があった。学力や容姿はすでに秀でており、全能の子であったがそれとは別の能力であった。目に関するもので、人を視認した後、しばらくその人間の位置を感覚的に把握できるというものだった。あまりに無意識かつ幼いころからだったので、自分のギフトに気づいたのは幼稚園に入り、周りの児童が人をよく探したり、はぐれたりするという違和感があったのだ。予測力ともまた違い、この特徴をうまく使う方法を考えたが彼の発想はまだ乏しく思いつくことはなかった。

 彼が小学生になったある日、彼は街中を一人歩いていた。両親の送迎なしで習い事に通う機会が増えたのだ。優しい人々に囲まれた街中で彼が考えるほど世界は残酷ではないことを知り、穏やかでゆとりのある生活を実感していた。街を歩く人々は歩調も軽く、彼と同じ年ごろの子がちらほらいた。彼の視野の広さと例の力が相乗効果を生んだ。子どもの一人が道路に飛び出しそうなこと、そこに自動車が来ることを察知した彼は、すぐさま振り返って走りだし、少女の腕を両手でつかんで体ごと倒れるように彼女を引き戻した。彼女やその友達は咄嗟の出来事に言葉も出ずただ彼をじっと見つめた。彼自身も、驚いていた。この経験は彼に大きなきっかけを作った。彼は少年時代に人の命を自分の生まれながらの能力で救うといういわばヒーロー物語にもありそうな大きな成功体験を得た。のちに家にまで少女がやってきてお礼をもらったことで彼の中には、人をよく見て、、予測し、人を助けるという信条が確立した。以来、彼は家で最も見晴らしの良い大きなガラスの前に立ち、異変が無いか注意深く観察するようになった。両親と共に外食する際には周りの客の動向をしっかり把握し、少しでも異変があれば両親に報告した。両親は目敏くふるまうことはたしなめつつも、着眼点や異変と気づくまでの論理の組み立てを称賛し、今まであまり触れさせなかった推理小説や歴史の因果関係を解説するような書籍をたくさん与え、特にお気に入りを把握し知識や教養、思想の偏りを防ぐためにも日々の会話にもそれを反映した。このようにして育った彼はまさに一を聞いて十を知り、それどころかそのまま十を百にしてしまうほどだった。人の立ち居振る舞い、服装や持ち物でその人の思考、人格などが手に取るようにわかった。両親は収入や容姿で人の人格を決めつけるのは野蛮だと注意したが、因果関係より相関関係の重要性を教えた程度で息子の人格にまで干渉することはなかった。シャーロックホームズのような探偵はどうしてその洞察力を人間関係に使わなかったのかとても不思議だった。ASDやADHDの存在とその身近さを知ると、自分には名探偵や変わり者の高機能社会不適合者になる用意がなく、それにはなれない失望があった。強力な洞察力はそれでも多少身に着けることができたが、やはり本で言われているほどの情報量には足りなかった。父はフィクションに自分を投影しすぎることを指摘し辞めさせた。十分に想像力と思考力を身に着けたためプロファイリングまがいなことはしないよう促した。コールドリーディングのような心理誘導をさせたくなかったのだ。両親は常に良好な関係を保ち、いずれは経営者になれるように古代なら帝王学とも呼べる指導者教育へとシフトしていった。こうして大路は若宮家の真の一員となった。少しずつ社交界にも顔を出し、若宮家の将来の星として知られていった。このころから父は目に見えて老いていった。父の仕事は貿易に関わるものだったので、彼は小学校から帰ると主要言語を学ぶようになり、日々触れる文章は詩や環境問題、人間の歴史に関するような外国語の文章だった。言語学に興味はあったが学者になりたいとは毛頭思わなかった。私立の幼稚園から小学校まで一貫して同じ場所には通ったが、小学校での教育には常に違和感があった。能力より低い教育を受けているように彼は感じたし、同学年の子は若宮という苗字を聞いた翌日には虚構的な笑みを浮かべて近寄ってくる。むろん彼は愛想よく優等生であり続けるが早くこの教育課程を終わらせたくて仕方なかった。

彼には学校で教わるような将来の夢という言葉が非常にいびつに感じた。大概将来の夢というのは職業であって将来の夢と言うには夢が職業である必要がある。職業に就けばそこで夢がかなうような、そこからの人生には夢という魅惑的な言葉が無いような、作業のような生涯になるように感じたのだ。だからこそ彼は将来の夢として「一人でも多く幸せにする」ことを選んだのだ。彼にとって経済的、社会的成功は想像に易かった。だからこそ常に彼は挑戦的なそれこそ若者の目標を掲げたのだ。


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