幼き元魔王と忠実なる悪魔メイドたち第4話 ~最強の魔王だったけれど倒されて幼女化したのでアンデットの友達や悪魔メイドと共に暮らすことにしました。~
かつて、最も美しいとされる魔王がいた。しかし今、彼女はただの幼き少女、イネインとして静かな森の中で穏やかな日々を送っている。この物語は、そんな彼女が日常の中で出会う小さな幸せや、心温まる出来事を通じて、毎日に彩りを加えていく物語です。読者の皆様にとって、この物語が日々の嫌なことから離れ、ほっと一息つける場所となりますように。
「ヒューピピピ」
今日もベルルの美しいさえずりと共に目覚める。いい天気だ。相変わらず曇りだけれど。この世界の空はいつも曇っている。曇の向こうの色などもう覚えていない。ただ、稀に月明りを感じることのできる時がある。そうだ、月明りに照らされて私は…
「イネイン様ただいま~。」
そういってリビングに訪れたのはミミだった。彼女に続いてルナとベアルが食堂の椅子に座った。みんな疲れているようだ。ルナが机の上でぐったりとしながら言った。
「3時間近く森の中探し回ったのに、動物一匹も見つからないんだけど。」
どうやら初めての狩りは上手く行かなかったらしい。
「せっかくミリアから動物の本教えてもらったのにね。」
ミミは慰めるようにルナとベアルを見て言った。私も何か趣味を見つけたら、どの本を読めばいいかミリアに相談してみようかな。キッチンからセラが皆に紅茶を運んできた。
「皆さんお帰りなさい。イネイン様も良かったらどうぞ。」
私はお礼を言って紅茶を受け取った。良い香りの紅茶に素直に驚いたことを伝えた。セラは嬉しそうに微笑んだ。
「ありがとうございます。森にいい感じの雑草があったので紅茶にしてみました。」
凄い。それも図書室にある本に書いてあったのだろうか。面倒だと考えて少しも本を読まなかった自分のことを今になって恥ずかしく感じる。そんなことを考えていると、ルナの人差し指が黒く染まり、針のように鋭く変形した。
「どんな獲物でも、私が血を吸い尽くして動けなくできるのに。」
そんなことできるの…?できたところで何もおかしくないのだけれど。メイド達はれっきとした悪魔だ。5人とも私よりは明らかに強い。ミミはそんなルナに言う。
「虎とか仕留めたいって言ってたね。仮にそんなの仕留めたらどうやって持って帰るの。」
「それは、ベアルが担ぐ。」
「え、私が?」
ベアルは驚いた表情になるが、ミミは納得したように言う。
「確かにベアルは力持ちだもんね。」
「いやいや、流石に私でもそれは厳しいはずだよ。ていうか、虎どころか猫一匹いなかったけどね。」
確かに森で生き物に遭遇することは少ない。食料を探すのには適さない場所だというのが理由の1つなのだろう。食べられそうな茸ですら珍しいくらいだ。ルナは私の方を向いた。
「イネイン様はよく私たちを見つけられたね。ほんと運がいい。」
確かに運が良かった。とは言っても私ですら6時間以上必死で探し回った。だが、6時間も探したことを伝えたら気が滅入るかもしれないので言わないでおこう。
窓からの光に照らされて、ルナが机に乗せた杭が輝いた。肘から手首程の長さの金属でできた二本の杭。武器庫から選んだ武器らしい。セラとルナは外に出かける時に武器を持っていくようにしたらしい。セラは鞭を選んだ。二人ともその武器を人に使うようなことが無ければ良いが。
もしそうなった時は、復讐されるのが私だけでありますように。
紅茶を飲み干したミミは思い出したように言った。
「そうだ忘れてた。イネイン様、武器庫にある火薬を使ってもいい?」
「ええ、好きに使って。何か作るのかしら。」
「うん。花火っていうやつを作ってみたくて。」
この子ならきっと作れるだろう。ミミの部屋は既に実験室のようになっていた。興味のある事にはとことんのめり込む性格らしい。私も彼女の探求心を見習うべきだ。
私がこの城に逃げ隠れてきた頃は、それなりに探求心があった。難しい本を何とか理解しようとして、多くの魔法に挑戦した。少しでも全盛期の力に近づけないかという願望のままに。だが、失敗を重ねる度に気付いていく。自分のやっていることは、まるで羽の無い蝶が羽ばたこうともがいているのと同じことだと。弱肉強食の世界に自ら飛び込んだ私は、少し調子に乗っていたのかもしれない。
ミミは続けて私に言う。
「それと、扉は鍵を掛けられるようにしたけど、この城の警備は大分薄いと思う。簡単に忍び込めるし。何か対策しないとね。」
確かに、誰かが入って来ても気付かないだろう。これまで数十年もの間、誰も忍び込んでいないのもただの偶然だし、当然侵入者が現れても私には太刀打ちできない。魔王時代の周囲からの恨みを考えると、今でも命を狙われていたとしても不思議ではない。
それを聞いたルナは、「私らで片付ければいいじゃん。」と言うものの、「相手や数によるでしょ。」とミミに返される。そこで、ベアルに不意を突かれたような事を言われた。
「イネイン様はお強いですもんね。泥棒に入る人が気の毒です。」
私が倒されて弱体化した話はメイド達にはしたのだが、ベアルはそれでもまだ私が強いと考えているようだ。途中から話を聞いていなかったルナが話に食いつく。
「気になるんだけど、イネイン様って今どんくらい強いの。」
セラも興味があるらしく、話に入ってきた。
「私も気になっていました。今使えるスキルがあれば、見てみたいです。」
スキルか、使えるものは残っていないだろう。私はもうただの幼女なんだ。そんなに期待されても…
微かに風が吹き抜け、手が冷たくなる。いや、暖かい?何故だか、内から何か力を感じる。この感覚、かつての私を思い出させる。
そうだ、私は変わった。メイド達と出会って彼女達に元気を貰った。そして今、彼女達が希望の眼差しで私を見ている。心なしか、私の内なる力で地面が少し揺れている気がする。
「…何事?」
ミリアが食堂を見に来た。ベルルも羽ばたいてきてミリアの肩に乗った。今こそ、私の力を解き放つとき。私はおもむろに両手を構えた。行くわよ、えいっ!
ポンッ
蝶が飛んだ。私の手のひらから2頭の小さな蝶が羽ばたき、光のようにさっと消えていった。満足気な表情の私に、メイド達は暖かな拍手を送った。
イネインと彼女の愛らしい仲間たちとの日々は、のんびりとしながらも新たな物語へと続いていきます。彼女たちの生活は、決して派手ではないものの、その中には暖かみと、時には新たな展開への進展も隠されているかもしれません。この物語が、一息つきたい方に安らぎを与えてくれたなら、筆者としてこれ以上の喜びはありません。読んでくださった皆様、心から感謝申し上げます。