大人の文化祭
「こういう日こそ皆で幸せな時間を過ごすのがアイドルというものではないか、なのに奴らときたら、なってない! 23日の文化祭は楽しかった、じゃあ今日も明日もめいっぱい働かない意味が分からない、なぜ休む、会いたかったのに!」
ドルオタ*1)の三鷹君(22)は、客席の最前列の真ん中で誰よりも高くジャンプしないと他のファンたちに示しがつかないという信念を持った人なのだが、そんな彼の説教じみた恨み節を聞いていたら思わず
「こんな事言いたかないけど、アイドルだって人間なんだよ。プライベートがあるんだよ。まずはそれを認めよう。今日は大事な日。アイドルにとっても大事な日。大事な人と過ごす大事な日なんだよ」
というような三鷹君にとってはかなり余計なアドバイスをしてから、大人げ無かったとすぐに反省した。しかし三鷹君はちっともへこたれることなく、さらに持論を展開したのだった。それはおおよそこんな内容だった。
・大事な日こそ稼ぎ時である。聖なる日はファンと過ごすのがアイドルの務めである
・にわかのオタクどもはイベントの時だけ来ないで毎回来い。ここまで来るのに俺たちがどれだけ苦労したか分かってない。グッズ販売の行列にニワカが大勢並ぶから許せない。ニワカが沢山いると暑いのも許せない
三鷹君は寂しかったのだろう。チキンレッグも、おひとり様用いちごショートケーキも、何だか覚えづらい名前の缶酎ハイも、美男美女高校生カップルの幸せそうなお家デートも、たまに喋る間柄の人からの残酷な事実の告知も、彼にとっては寂しさの増幅装置でしかないのだ。そんな三鷹君に私は嘘だけは言わないようにと思い
「あのね、昭和のアイドルじゃないんだよ、今は令和。令和の労働はプライベートも大事にするんだよ。アイドルだって例外じゃないんだよ」とさらに畳みかけた。
すると三鷹君が「違う。大沢さんは令和を知らない」と言うので
「いや、三鷹君が言う令和はまさしく昭和。もう頭がおかしくなりそうだよ。それにアイドルがプライベートを大事にしたら許せないと言うのは、偶像を簡単に捉えすぎだと思う。崇めるならちゃんと崇めてほしい。簡単に神殺しするノリが軽すぎると思う」と、つい言い過ぎてしまった。
自分でも何を言っているのか分からなくて辛くなったが、三鷹君はなぜか笑ってくれた。
*1)アイドルオタクの事。三鷹君は地下アイドルのオタク。