「シンヴレスの剣」
シンヴレスは演習場にダンハロウを自ら呼び出した。
ダンハロウは穏やかな顔立ちで承知し、不動の鬼も交えて三人は汗を流す兵士達から離れた場所を選んだ。
「では、ダンハロウ殿、裁可の方をよろしくお願いします」
「承知致しました」
ダンハロウ老人は籠付きの剣を抜いて、軽く正面に身構えた。
シンヴレスは大上段に剣を掲げ、老剣士へ躍り掛かる隙を窺った。が、ダンハロウが動いた。まるで影を残す様な足捌きで切っ先はシンヴレスの顔を貫こうと突き出される。鬼が何か言いかけ、シンヴレスは身体を捻って避けた。
そこへダンハロウの二撃目が見舞われる。シンヴレスは身体が流れるのを止めて剣で受け止めた。
「ダンハロウ殿! 本気で殿下を殺すおつもりですか!?」
「良い、鬼! そのぐらいの戦いでないと私の身体も燃え上がらない!」
剣越しに微笑むダンハロウを見て、シンヴレスはどこで最高の斬撃を繰り出そうかタイミングを掴もうと目を皿のようにし、ダンハロウと同時に剣を離した。
「ここだ!」
シンヴレスは咆哮を上げて大上段から力の限りの剣を振り下ろした。ダンハロウはそれを受け止めた。刃が鳴った。
「どうです?」
シンヴレスはダンハロウに尋ねた。
「成長なさいましたな。ですが、鍛練を続ける若者の剣としては今一つ。更に精進なさいませ」
「いいや、ダンハロウ殿! 今のは最高の一撃でした! あれ以上の刃鳴りを十二歳の子供に求めるなど酷なことです!」
不動の鬼が思わずといった様子で抗議した。いつもシンヴレスを鍛えていた言わば師のような存在だ。シンヴレスのことを誰よりも見ているのは事実であり、同情したのだろうと、シンヴレスは嬉しく思い言った。
「鬼、また鍛えよう。引き続き頼むぞ」
「しかし、御曹司!」
「私の剣は未だに小剣だ。グレイグバッソさえ扱いきれない。やはり、私の力不足ということだ」
鬼を黙らせるために言ったが、内心ではシンヴレスも限界を感じていた。鍛練を続ければ本当にこれ以上になれるのだろうか。だが、その疑念を解いてくれたのはダンハロウであった。
「恐れながら殿下も確実に成長はされています。剣を受ける者としてよく理解しております。しかし、サクリウス姫はもっとお強い。姫様を守れる剣士になって欲しいと、この老人はそれだけが楽しみでございます」
成長はしているんだ。シンヴレスは内心安堵した。
「肉を食べ、ミルクを飲み、よく鍛えてよく寝て、そうすれば成長期のあなたの身体はあなたの思いを裏切らない身体となるでしょう」
ダンハロウ老人はシンヴレスの成長期をめいいっぱい鍛練に注ぎ込むことで、完璧な戦士になれると考えているのだろう。だからシンヴレスは言った。
「あと、二年。十四になった時に必ずあなたを認めさせて御覧に入れます」
「ほぉ、老い先短い老人に嬉しきお言葉です。その日を楽しみにしておりますぞ」
ダンハロウ老人は嬉しそうに笑むと、城へと戻って行った。
「御曹司、あと二年であの老人を納得させられるとお思いですか?」
珍しく鬼が責めるように口先を尖らせた。
「そうだよ。だから、鬼、引き続き頼むぞ」
2
シンヴレスはよく動いた。鍛練し、竜乗りの訓練も政治学の勉強の時間もこなし続けた。
そんな時、素振りをしているシンヴレスを見て、鬼が言った。
「御曹司、武器庫へ赴きましょう。そろそろグレイグバッソにも負けない腕と足腰になったと思います」
その言葉を聴き、シンヴレスは特段胸を躍らせることは無かった。どうせ、まだまだだろう。だが、鬼が言うのだ。彼の提案を無駄にしないためにも行ってみるか。
武器庫は兵舎の隣にあった。訓練を終えた大勢の兵に挨拶され、シンヴレスも彼らを労った。場所と師は違えど、互いに鍛練に励む身だ。彼らという仲間がいることがどれだけ心の支えになっているのか分からない。恐らく、孤独だったら甘えに負けていただろう。鬼のおかげだ。
武器庫の管理人に許可を貰い、立て掛けられた長槍と、戟を右手に台に上がっている大小の投擲用の短剣を見、片手剣の並びに来ると竜乗りの装備品のところへ辿り着いた。
グレイグショートが数本あり、グレイグバッソの前まで来る。また駄目だろう。
鬼の冷静な眼差しに見守られ、シンヴレスは右手で柄を握った。その時思った。何か吸いつくような馴染み方だ。シンヴレスはグレイグバッソをヒョイと掴んだ。驚いていた。あれほど、自分を邪険にしてきたグレイグバスタードソードが、気を許したかのようだ。
「剣もお認めになられましたな」
鬼が嬉しそうに言った。
シンヴレスは嬉しかったが、ここでは自重した。
「そうだね」
すると鬼がガッカリしたような気の無い顔を見せた。鬼の初めての顔にシンヴレスは驚いて尋ねた。
「何か悪いことを言ったかい?」
「いいえ、これで良かったんです。御曹司も昔の御曹司では無いということですな」
打って変わって不動の鬼が饒舌に言うと、シンヴレスは首を傾げながら、とりあえず頷いた。
そうしてグレイグバッソを握り、中庭で素振りをした。重みのある厚い刃が空気を断つ。少しだけ間延びした野太い音であった。これではいけない。もっと鋭い音色になるまで鍛練を積まなくては。そうして以前にダンハロウ老人の目と言葉が間違っていないことを再確認できた。
私はまだまだ強くなる。いや、強くなれるんだ。
輝かしい真新しい刀身にはホコリ一つついていない。
「鬼、ありがとう。これが私の剣だ」
「はっ」
シンヴレスは鬼の提案が無ければ荒むところだと痛感もしていた。今は、新しい出会いと可能性に嬉しく思っている。
「素振りをする」
「はっ」
シンヴレスは足腰に力を入れ胴を固めると、剣を丁寧に丁寧に振るったのであった。