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「サクリウス姫の歌」

 演習場にダンハロウを呼び出した。十四歳でこの老剣士を破ると決めたシンヴレスだが、自分の修練の成果がどれぐらいなのか、確認する意味でダンハロウを付き合わせた。

 ダンハロウの剣に次々刃を打ち込むが、グレイグショートソードでは、いや、やはりシンヴレスの非力ではまだまだ老紳士を驚かすことも脅かすこともできなかった。

「以前より、打ち込みの速度が早くなりましたな」

 ダンハロウはまるで慰めるようにシンヴレスに向かって言った。

「ありがとうございます。でも、まだまだあなたには勝てない。今後もどうぞよろしくお願いいたします」

 屋外演習場の兵らの手合わせを見て、彼らは本当によくやっていると思った。いっそのこと自分も混ぜて貰えれば良いのかな。

「鬼、素振りと腕立て伏せでは、不足かもしれない。どう思う?」

「恐れながら御無理は禁物かと」

「みんな、そう言うんだよな」

 先日の三通の手紙を思い出す。成長期だから寝なければならない。それは分かった。だが、成長期だからこそ頑張らねば大人になった時、いや、十四になった時にサクリウス姫を取り戻せないかもしれない。

 兵らが演習場をグルグルと駆けている。それを見てシンヴレスも思った。

「鬼、下半身と体力も鍛えたい」

「欲張ってはいけません」

「欲張りになるよ、だって成長期だもの。夕食後の時間を遅らせると料理人達に迷惑を掛けるから、その後、誰もいない演習場を私は走る」

 シンヴレスが言い切ると鬼は厳めしい面構えを悩まし気に変えて言った。

「では、お供します」

「ありがとう」

 シンヴレスは喜んで礼を述べた。



 2



 夕食を収め、少し休んでから鬼と共に闇の帳が降りた演習場へと向かう。

 シンヴレスは青いチュニックを着ていた。鬼は甲冑姿のままである。

 シンヴレスは鬼を侮っていた。これなら私の方が早く走れそうだ。

「御曹司、並走してもよろしいですね」

「うん、任せるよ」

「はっ、では、ひとまず三周走りましょう」

 鬼が言い、シンヴレスは足を踏み出した。

 ここで鬼をあっと言わせてみよう。

 シンヴレスは速度を上げた。鬼はすぐに並んで来た。

「御曹司、少し速度を落とされませ」

「大丈夫だよ」

 シンヴレスはそのまま駆けた。鬼も側を離れない。そして一周半で、足がいうことを利かなくなり、シンヴレスは倒れた。

「御曹司!」

 シンヴレスは地面を這って立ち上がり駆け出そうとするが、足は相変わらず言うことを利かず、息も苦しくなり、立つこともできなかった。

 こんなはずじゃ無かった。こんなにも軟弱な自分だとは思わなかった。

「失礼いたします」

 鬼がシンヴレスを抱き上げた。

「ごめん、鬼の言う通りにすべきだった」

「御曹司は頑張っておられます。このような酷なことを提案したダンハロウ殿に私が抗議して参ります」

 鬼は静かに怒っているようだった。

「それは止めて、カッコ悪いよ」

 シンヴレスが慌てて言うと、鬼は暗闇の中で頷いたようだった。

 そのまま城まで運んでもらい、城の前に来るとシンヴレスは自ら下りた。

 ヨロヨロの状態で一人で湯浴みし、出ると、鬼が待っていた。そうして寝室へ引き上げる。

 シンヴレスはベッドに入ると、今日のことを反省した。たぶん、誰かに認めて貰いたいんだろうな。シンヴレスは自らそう省みた。

 その時だった。

 どこからか女性の声が聴こえた。詩のような調べは、まさしく歌声だ。

 シンヴレスはバルコニーへ顔を出そうとしたが思い止まった。これはサクリウス姫の声だ。シンヴレスはこっそり窓を開けて、その声に耳を傾けた。

 勇者が竜と共に歩む歌をサクリウス姫は歌っていた。

 べリエル王国でもこの歌があったんだ。数か月前に互いに永久の不可侵と同盟を結んだ国で、それまではずっと争っていた。特に竜に対する扱いが軽視されているという風聞だけはシンヴレスの耳にも入っていた。そんな国で竜と共に歩む歌を知っているのは、サクリウス姫が竜を愛しているからだろう。シンヴレスは疲れも忘れて、窓の前に椅子を持って来て腰を下ろした。

 サクリウス姫の声は明瞭で朗らかで、明るくも無ければ暗くも無い音程で歌っていた。

 そうして歌が止み、シンヴレスは現実に引き戻された。もうお声が聴けないとは残念だ。

 しかし、窓の閉じる音はしない。夜空はあいにくの曇りだった。サクリウス姫は星を眺めているわけでは無さそうだった。

 もしかすれば、私の返事を聴きたいのかもしれない。

 シンヴレスはお気に入りの曲、竜傭兵の突撃を歌うべく立ち上がった。

 大きく息を吸い、シンヴレスは歌った。

 力強い竜とその背で竜乗りの剣、グレイグバスタードソードを煌めかせている様子を現した歌詞を歌った。最初はぎこちなかったが、徐々に気持ちが弾み、シンヴレスは一定の声で歌を続けた。

 そうして歌を終える。少しだけ静寂があり、隣の隣で静かに窓を閉める音がした。

 今宵はこれまでだ。

 シンヴレスも窓をゆっくり閉めた。ベッドに仰臥する。気分が良かった。サクリウス姫の気遣いにシンヴレスは礼を述べたかった。だが、今はまだ会っては駄目だ。シンヴレスはサクリウス姫が歌っていた勇者が竜と共に歩む歌を口にした。一人きりの部屋の中にシンヴレスの声が響き渡る。

 そうしていつの間にか眠ってしまった。

 その日の夢は、ダンハロウ老人では無く、サクリウス姫が出て来た。不動の鬼とダンハロウに見送られ、二人でそれぞれ馬に乗り、帝国自然公園を目指す夢であった。

 結局、自然公園に着くまでに夢から覚めてしまったが、サクリウス姫と二人で馬を駆けさせられるのは最高の気分であった。今度は互いに竜で空を舞いたいものだ。

 シンヴレス皇子はベッドから起き、扉を開いた。

「おはようございます、御曹司」

 不動の鬼が言った。

「うん、おはよう。今日もよろしくね」

「はっ、それでは侍女を呼んで着替えましょう」

 不動の鬼が歩んで行く。

 今日も頑張るぞ。

 夢見が良かったせいか、シンヴレスの身体はやる気に満ちていたのだった。

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