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「アーニャの性教育」

 シンヴレスは無様に敗北した。ダンハロウが軽く笑って言った。

「迷いの無い太刀筋はお見事。しかし、まだまだ膂力が足りませぬな」

「分かりました、また挑戦させていただきます」

 兵士達が互いに向き合って刃を鳴らしている。彼らだって努力を重ねて来てここまでなれたのだから、自分はまだまだ努力不足だ。

 そう、真摯にシンヴレスは現実を受け止めた。

 しかし、同じ城にいるのにサクリウス姫に会えなくなるほど悲しく辛いことは無かった。会えるのは夢の中だけで、たまたま竜舎で会うこともあるが、サクリウス姫は離れた場所で竜の世話をしているのであった。そしてダンハロウが目を光らせている。シンヴレスはダンハロウ老人を憎々し気に思うようになってきた。

「素振りが粗雑過ぎます」

 鬼が言った。

「分かっている!」

 シンヴレスは中庭で素振りを続けた。あの兵士達も訓練を積んであそこまでなれたのに、サクリウス姫とダンハロウの激突ほどの鋼の響きは聴こえて来ない。私は二度とサクリウス姫に会えないのかもしれない。

 シンヴレスは肩を落としそうになったが、我武者羅に素振りを続けた。鬼は特に口を挟まなかった。

 部屋へ戻る前にサクリウス姫の寝室を過ぎる。いつもこの扉をノックしたい衝動に駆られたが、今回はまた別の異変が起きた。サクリウス姫の香水のにおいが微かにしたのだ。

 サクリウス姫! サクリウスに抱き締めてもらいたい。言葉を掛けてもらいたい。シンヴレスの身がまるで何者かに乗っ取られたかという様にゾクゾクとし始め、下腹部が熱くなっていた。

 サクリウス姫、サクリウス姫!

 ふと、シンヴレスはこの香水が再び欲しくなった。身近にサクリウス姫を感じたいならこの香水が大いに助けになるだろう。

「鬼、城下まで馬で出る」

「はっ、御曹司」

 外に出て厩舎の白馬に鞍をつけると、馬を飛ばす。シンヴレスは、香水の名前を思い出そうと努力した。確か、キュアロス、違う、キュイッスだ。

 城下まで来ると、シンヴレスはさすがに馬の速度を緩めた。民にケガでもさせたら大変だ。

 シンヴレスは人を探していた。自分にとって姉のような人物。兵士のアーニャだ。彼女の桃色の髪は兜にしまわれているだろう。なので、シンヴレスは兵士達に聴いて回った。

「アーニャは門の守りに詰めているはずです」

 一人の兵士がそう言い、シンヴレスは礼を言って、門まで馬を少しだけ駆けさせた。

 ズラリと並ぶ入城者達の対応を四人の兵士がしている。

「アーニャ、いるかい?」

 シンヴレス皇子は抑え気味の声で問うと、兵士らが振り返った。

「これは皇子殿下、外出ですか?」

 兵士の一人が問う。

「いえ、違います。アーニャに用があって」

 すると鉄兜をかぶったままアーニャが駆け付けて来た。

「私に用ですか?」

「う、うん」

 シンヴレスはどことなく歯切れ悪く言った。皇子という特別な傘を差して自分の要望を頼む。アーニャにだって仕事が終わった後は楽しみだってあるだろう。だが、シンヴレスはどうしてもゾクゾクした熱から覚めることができなかった。

「アーニャ、御仕事が終わってからで良いんだけれど、お使いをお願いできるかい?」

「承りました皇子殿下、それで何をお望みですか?」

「こ、香水なんだ」

「香水」

 アーニャが合点がいかないように問い返した。シンヴレスは自棄になって言った。

「キュイッスという香水なんだけど」

「贈り物ですか?」

 シンヴレスはアーニャに嘘はつきたくなかった。

「自分用」

「皇子殿下は香水など使わなくてもよろしいのでは?」

「そ、そうだよね」

 香水屋が分からないからアーニャを当てにしたのが間違いだったとシンヴレスは思った。

「あ、やっぱり良いや。ごめんね仕事の邪魔をして」

 シンヴレス皇子は馬首を巡らせて護衛の鬼と共にその場を去った。



 2



 夕方、寝室で悶々としていると、扉を叩かれた。

「皇子殿下、アーニャです。香水を買って参りました」

 シンヴレスはドキリとし、それで、全身が緊張を駆け巡るのを感じた。

 サクリウス姫のにおい、サクリウス姫のにおい。皇子は下腹部のものが隆起するのを感じた。最近、こうなのだ。何故かサクリウス姫のことを考えると大きくなる。

「入って」

「失礼します」

 アーニャはそう言うと、手に皮袋を提げて入って来た。

「キュイッスです」

「ありがとう」

 皇子の心臓が早鐘を打つ。さぁ、アーニャ、香水だけ渡してそこから出て行って。

 アーニャは少しだけ真面目な顔で皇子を見詰めた。

「皇子にはまだ早いと思います。恐れながら、何故、これを欲したのか理由をお聞かせ願えませんでしょうか」

 その言葉にシンヴレスはアーニャを突き放したいのを抑えて、嘘を言うべきか迷った。だが、アーニャとは常に真摯に向き合ってきた仲で姉のような存在だ。嘘はつきたくなかったし、この謎の現象の答えを知っているかもしれない。

「その香水は、サクリウス姫も使っているんだ。だけど、ダンハロウさんを負かさないと、サクリウス姫に会えないことになったんだ。サクリウス姫を忘れたことはないし、サクリウス姫のことを思うと、身体が変な感じなんだ。興奮するというか」

 アーニャは頷いて、言った。

「おめでとうございます。皇子殿下は大人になられたのです。だから、赤ちゃんを作る素が身体で生成できるようになったのですよ」

 アーニャは少しだけ表情を和らげて言った。

「赤ちゃんを?」

「そうです。でも、赤ちゃんの素は外に出たがっているのです。皇子殿下はそれを我慢している状態なのです。だから辛いのです」

「じゃあ、赤ちゃんの素を出せばこの嫌な興奮をどうにかできるの?」

「そうです」

「どこから赤ちゃんの素は出るの?」

「それはですね。お耳を貸してください」

 アーニャはこそこそと喋り始め、皇子は頷いた。

「香水は置いておきます。ですからお教え通りにしてください。驚かせてしまうので誰とも会わないときに行ってください」

「分かった、アーニャ」

「アーニャはお手を貸したいですが、それでは皇子殿下のためにならないので、手を貸せません。でも、皇子殿下お約束してください」

「何だい?」

「そういう行為をするのはお年頃なので仕方が無いですが、必ずサクリウス姫を取り戻すために今まで以上に鍛練に励むと」

「うん、約束する」

 シンヴレスが答えると、アーニャは笑顔を浮かべて頷いた。

「不動の鬼さんには私から言って置きます」

「分かった。アーニャが出て行ったら、教えてもらったこと試してみるよ」

「はい。それでは失礼します」

 アーニャが出て行くと、シンヴレスは恐る恐る深呼吸し、瓶の中に揺れている紫色の香水と向かい合ったのであった。

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