「シンヴレス皇子はサクリウス姫が大好き」
アーニャからの手紙を受け取った。可愛らしい文字で夫婦仲良く武芸に明け暮れていると記されていた。シンヴレスは苦笑し、手紙の続きを見た。そこにはこう綴ってあった。
シンヴレスも十六になったらサクリウス姫をお嫁さんに迎えるのだから、恥ずかしくないように男を磨きなさい。と。
誕生日まであと数日なのを思い出した。途端にシンヴレスは考えた。式はコロッセオが出来上がるタイミングで行ってはどうだろうか。
シンヴレスはさっそく、サクリウス姫の部屋を訪ねた。
サクリウス姫は油絵を描いていた。
「シンヴレス皇子殿下、どうなされました?」
「あの、私達の……け」
いざ言おうとするとここまで照れ臭くなるとはお笑いだ。シンヴレスは口を開き直した。
「私達の結婚のタイミングですけど、コロッセオも出来上がりが近いみたいですので、そのタイミングで……いえ、むしろ、コロッセオで大々的に行うのはどうでしょうか」
サクリウス姫は途端に表情を沈ませた。
「覚悟はしていましたが……そんなに大々的に行われて、良いものでしょうか。皇子殿下が恥をかかれるかもしれません」
妙な言い方にシンヴレスは首を傾げた。
「恥をかかないように私も一緒に儀礼を学びます」
「そうではなく……」
サクリウス姫にしては歯切れが悪い。
「十以上も年の離れた年増女を白亜と竜の国、イルスデンの民達がどう思うか」
サクリウス姫は歳の差を気にしているらしい。シンヴレスは慎重になった。だが、どんな言葉もただ飾ったり慰めたりするような言葉ばかりであった。シンヴレスは覚悟を決めた。
サクリウス姫の前へ歩み寄ると、爪先で立って、その麗しい唇に自分の唇を重ねたのだ。
サクリウス姫が目を見開く。
「殿下」
シンヴレスはもう一度口を塞いだ。
その時、サクリウス姫が筆を落として、腰を落とし、シンヴレスの唇を激しく貪って来た。サクリウス姫の舌がシンヴレスの舌と絡み合う。シンヴレスは途端に感情に火が着いた。
「続きはベッドで」
サクリウス姫が唇を離して、真っ赤な顔で言った。
その日、二人は人知れず、一つになった。
2
温室でサクリウス姫と植物の植え替えを行ったり、城下へ巡察へ出たり、剣だって交えたりして来た。
あの日、一つになって以来、サクリウス姫が前よりも更に優しくなったような気がした。そして暇さえあれば、しきりにお腹の辺りを手で撫でていた。
「お腹が痛いのですか?」
シンヴレスが問うと、サクリウス姫はかぶりを振った。
「いいえ、私にとってはもっと嬉しいことかもしれません」
「私にも教えてください」
シンヴレスが言うと、サクリウス姫はかぶりを振り、剣を構え直した。
「申し訳ありません、仕合に集中しましょう」
「あ、はい」
剣戟の音色が轟き、サクリウス姫が顔を嬉しそうに歪める。何度も何度も剣を交え、刃の激突と共に火花を散らせ、二人は打ち込んでいた。サクリウス姫の笑みは止まない。
「よくぞ、ここまでお強くなられましたね」
サクリウス姫がそう言った。
「全て、姫、あなたに捧げて来たのです。そのおかげです。あなたがべリエル王国に生まれて居なければ、私達の出逢いは無かったでしょう。そうじゃない奇跡が叶ったのです。私はとても、いえ、最高に幸せです!」
シンヴレスは思わず声を上げて言った。
鬼と、カーラは一瞬だが目を向け、また仕合に戻った。
「私こそ、幸せです。剣しか取り柄の無い、言ってみれば腫物のような女を好きだと言っていただけて」
「いいえ、私こそ幸せです」
「違います、私こそ」
二人は剣を競り合わせてそう言うと、同時に吹き出した。
「あなたを愛せて良かった。サクリウス姫、あなたのおかげで、私はただの皇子から変わることができました。鬼やカーラさんにも感謝しています」
サクリウス姫は頷いた。
「では、シンヴレス皇子、この剣を受けてください!」
サクリウス姫の薙ぎ払いをシンヴレスは剣で受け止めた。凄まじい音色が轟いた。
二人が仕合をしている最中、隣で鬼とカーラが手を止めてそちらを見詰めていた。
「殿下と姫の結婚式は甲冑がウェディングドレスの代わりで行われそうね」
「我々はどうなんだ?」
鬼がカーラに問う。
「皇子様方に倣いましょ?」
「分かった」
サクリウス姫の嵐のような猛襲をシンヴレスが次々捌き返す。サクリウス姫は楽しそうだった。なので、シンヴレスも楽しくなり微笑んだ。最後の一刀は膂力が乗り、雷帝の怒りの咆哮の如く轟いたのであった。
「今の音、聴きました?」
「はい、聴きました」
サクリウス姫が頷く。
「今までで最高の音だった。どんなに優れた剣士でも中々出せない鋼の音色です。タイミングがバッチリだったのですね」
「愛していますから」
「私もです」
二人は見詰め合った。
そのまま口付けを交わしそうな雰囲気だったが、サクリウス姫が皇子の顎に手を触れて優しく押し止めた。
シンヴレスは、鬼とカーラが側にいることに気付いた。恥ずかしく思い、振り返るが、幸い二人は剣を交えているところであった。
サクリウス姫しか見えない。最近のシンヴレスはそうだった。ここまで愛しい人がいることが誇らしく嬉しくもあり、自慢だった。シンヴレスがそう思えば、サクリウス姫も歳の差なんて忘れて、こちらの愛に気付いてくれる。二人は人知れず、愛を見詰め合った。愛を交わし合った。サクリウス姫の愛が自信に変わることを願って、シンヴレスはサクリウス姫を愛した。
そうしてロマンチックな時は流れて、シンヴレスはついに成人の仲間入りをしたのであった。




