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「戻った日常」

 ガーナー伯爵の家は取り潰しにすべきだと、進言する者もいた。だが、シンヴレスはそうはしなかった。独房に入っているガーナー伯爵を元の地位に戻すつもりは無いが、調べてみると古くからの統治者であることが間違いなかったので、民をいたずらに混乱させるべきではないとし、ガーナー伯爵の弟に後を引き継がせた。

 そして密偵が遅れて情報を持って来た。ガーナー伯爵の領地から出るのに苦労したために遅れたのだと言う。シンヴレスは、王者として疑念を抱いて問い質した。

「もしもあなたの言う通りならば、私はあなたを許します。仮に嘘であることを自白なされても許します。ただし、後になってあなたがガーナー伯爵とグルだと言うことが分かったならば、代わりの密偵をこれからは派遣します」

 シンヴレスは極めて冷徹に務めたつもりだった。すると、密偵は床に頭をこすりつけて、ガーナー伯爵に金で釣られて報告をしなかったことを話した。シンヴレスは密偵を許した。

「甘かったかな?」

 詮議を受けていた密偵が去ると、シンヴレスは傍らのディオンに尋ねた。

「甘いと存じます。他の領土の密偵達の士気を上げるためにも、処分するべきでした」

 シンヴレスが頷きかけたところでディオンが言葉を続けた。

「が、寛大なのが皇子殿下の見どころであると、これも逆に密偵達の心を掴む結果になったでしょう。そして顔を知られた密偵を再起用する、これも逆に伯爵領に脅しをかける結果ともなります。皇子殿下は良き裁きを下しました」

 ディオンが微笑み、シンヴレスは頷いた。

 それからは、皇帝の執務室で政務に励み、各領内からの報せに目を走らせ、二心を抱いている者はいないかどうか吟味しながら捌いていった。

 そうして城代シンヴレスは、皇帝達の帰還と共に皇子へと戻った。



 2



 屋上に誂えたニスを塗られた木の長椅子にシンヴレス皇子とサクリウス姫は隣同士に座っていた。

「アーニャはどうでした?」

 シンヴレスは隙間時間を縫ってサクリウス姫を誘って気になっていたことを尋ねた。

「アーニャさんは、純白のドレスにヴェールをかぶり、とてもお綺麗な花嫁様でした」

「ふぅ、甲冑姿で結婚式をやるんじゃないかと冷や冷やしてたんです」

「フフッ、兄上も武人の心得のある人です。それも良かったかもしれませんね」

 サクリウス姫が安心するような笑顔を見せたので、シンヴレスはホッとした。

「私とサクリウス姫の結婚はどうなさいましょう? 甲冑姿が良いですか?」

「皇子殿下はどのような衣装をお望みですか?」

「そ、それは」

 シンヴレスはしどろもどろになりながら、小さい声で答えた。

「ウェディングドレスのお姿が見たいです」

「はい」

 サクリウス姫は軽く上品に笑った。

 それにしてもと、シンヴレスは、屋上への入り口で壁に背を預けている巨漢を見ていた。サクリウス姫の護衛の方らしい。護衛なら自分でもできる。と、シンヴレスは思ったが、先日、ガーナー伯爵を斬れなかったことを思い出した。だが、そのことについては鬼との話で終わったことになっている。いざという時は、自分の心と身体と頭脳と勘を信じてどうにできよう。

「ウィリーさんでしたか?」

「ええ。三日もすれば帰りますよ」

「どのような方なんですか?」

「竜傭兵の隊長を務めた人間です。前回の戦いでは私と共に軟禁の身に遭いました」

 鬼が階段に姿を見せた。彼は自分に比肩する偉丈夫の姿を見て会釈した。ウィリーも返した。

「今日のデートは終わりですね」

 シンヴレスが重い腰を上げようとすると、サクリウス姫も立ち上がり、シンヴレスの頬に両手を添えて、額に口付けした。

「わ」

 シンヴレスは思わず声を上げた。心臓がドキドキしている。身体が一気に熱くなった。

「政務、頑張って下さいね」

「は、はい、勿論です!」

 シンヴレスはそう述べながら、このキスをいつかは唇に受けたいなとも思った。成人までもう一年を切っている。結婚はすぐそこにある。それまで我慢だ。

「ウィリーさん、こんにちは」

 シンヴレスが言うと、ウィリーは巨眼を向けてきた。

「皇子殿下は軟弱そうな見た目だが、ダンハロウ老人が認めた剣士、敬意を現せて貰おう」

 ウィリーはそういうとべリエル式の敬礼をしてみせた。腰にグレイグバッソが提げられている。竜乗りの証だ。

「殿下、政務のお時間です」

「うん。分かった」

 シンヴレスは執務室へと出向いた。



 3



 翌朝、竜舎を訪れたシンヴレスは驚くべき光景を目にした。

 身の丈、これほど成長した竜には出会ったことが無かった。ウィリーが世話をしていたので、近付いた。

「ウィリーさん、おはようございます」

「皇子殿下か。おはようございます」

「凄い竜ですね、十二メートルはありそうです」

「御明察。こいつは十二メートルと少しある」

 ウィリーは淡々と言い、竜の身体をブラシで撫でていた。

「皇子殿下もその腰の剣を見れば竜乗りのようだな」

「ええ、頑張ってるつもりです」

「自分は頑張っても竜は頑張らせすぎちゃいけないぜ。神竜は然るべき場所でいつも竜の声を聴いている」

「そうですね」

 シンヴレスは立ち去ろうとしたが足を止めた。

「賢き竜と暴竜はどこで眠りに就いているのでしょうか?」

「うーむ、それは俺にも分からん。だが、見ているし聴いている。人と竜が本当に共存できているかをな」

「だから竜に対して熱心なのですね」

 シンヴレスが言うとウィリーは軽く笑った。

「いいや、単純に俺はこいつが好きだからだよ。皇子殿下、あんただってそうだろう?」

 バジスのことを思い出した。

「そうですね。それでは」

 シンヴレスはバジスの方へ向かった。そして頭を撫で、職員から食事の進み具合と体調の様子を聴いた。

 と、その時だった。かつてないほど暴風が竜舎に吹き荒れた。

 ウィリーのフォレストドラゴンが羽ばたいているのだ。

 大きな男に大きな竜。絵になるな。シンヴレスはそう思い、見ていた。

 ウィリーのフォレストドラゴンは空へと飛び出して行った。

 シンヴレスは自分の竜を見た。

「バジス、私達も大きくなろうね」

 シンヴレスの言葉にバジスは甲高い声で鳴いたのであった。

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