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「門番一日体験」

 宿場町は形になり、棟梁ウルド達はようやくコロッセオに取り掛かり始めた。王家の竜乗り達が素材運びに奔走している。グランエシュードも任に就いているため、サクリウス姫と二人きりだった。グランエシュードも最近はついて来なくなった。サクリウス姫の技量を自分以上とし、任せてくれてくれているのだ。

 そんな中、空で互いの竜を寄せ合いサクリウス姫が言った。

「アーニャ殿が門番達を鍛えている間に、代わりが必要になるのではないでしょうか?」

「確かにそうですね。でも……」

 そこでシンヴレスは閃いた。

「私も兵士の苦労を知るために門番を体験してみようかな」

「良い心掛けだと思います。御一緒させていただきます」



 2



 アーニャは最初は反論した。鬼もそうだったが、カーラは乗り気でシンヴレスとサクリウス姫を擁護した。

「一日だけですからね」

 アーニャはそう言った。

「お姉ちゃん思いの良い弟君ですね」

 アーニャはそう言ってシンヴレスの頭を撫でると、同僚達に向かって言った。

「皇子殿下のせっかくの申し出です。無駄にしてはいけません! 演習場まで走りますよ!」

 門番達はヒーヒー言いながら駆けて行った。

 シンヴレスとサクリウス姫、鬼とカーラはさっそく門の配置に就いた。が、鬼の強い願いでシンヴレスは後方で、記録係として従事することになった。 

「何用で帝都へ入る存念か?」

 鬼が問うと入城希望の親子のうち小さい子供が泣き出した。

「あんた、子供泣かせてんじゃないわよ」

 カーラが呆れたように言い、子供の頭を撫でて泣き止ませていた。

「観光です」

「何日滞在する予定だ?」

「五日です」

 鬼と入城希望者の問答を聴きながら、シンヴレスは帳面に書き記していた。

 門番の役目はこの連続だが、休みという休みが無い。精神的に疲弊を感じた時にサクリウス姫が代わってくれた。彼女は目を凝らして怪しい者や不審者がいないか遠くに続く列を眺めていたのだ。今度はシンヴレスがその後を引き継ぐ。

 列は相変わらず長い。耳で問答を聴いていると商人が大半だった。

 ふと、列の後方で罵る声が聴こえた。

「行ってきます!」

 シンヴレスが駆け出す。

「御曹司! じゃ無かった、シンヴレス二等兵!」

 鬼の制止する声が背後から追い駆けて来た。

 列が乱れ、そこには呆れたことに酔っ払いが刃を剥き出し、列を割り込ませろと言っていた。手にはナイフを持ち、シンヴレスは一気に警戒心を強めた。

「どうしました?」

 シンヴレスはまずはそう尋ねた。

 だが、他の入城希望者が話そうとする前に、酔っ払いは酒瓶をシンヴレスに投げ付けた。

「おう、兵士さんよ、一体いつまで待たせるつもりだ?」

「すみません、善処はしているのですが、皇帝陛下のおわします帝都なので手続きに細心の注意を払っていて、どうしても時間が」

 と、言ったところで酔っ払いが斬りかかって来た。

「おらあ! もう待てねぇ! 全員切り刻んで入ってやる!」

「落ち着いて!」

 シンヴレスは民衆から離すように、酔っ払いを誘導するように後ずさった。シンヴレスは、剣の腹で叩いて気絶させようかと思ったが、剣を抜けば民衆を驚かせてしまうかもしれないとも思った。

「死ねぇ!」

 酔っ払いが突進してきた。

 だが、その襟首を掴む者が居た。

「酔っ払うのは勝手だがよ、順番だけは守りな」

 大斧を背負った偉丈夫で、底冷えする様な冷徹な声でそう言った。

「何だとこの野郎!」

 酔っ払いが振り返って、ナイフで斬りつけようとした瞬間、偉丈夫は頭突きを見舞いし、酔っ払いは昏倒した。

「俺だって早いところ、帝都の酒を味わいたいんだよ」

 大斧を手にした偉丈夫はそう言うと、奥さんと子供がいる列へと戻ろうとした。

「御助力感謝します!」

 シンヴレスが言うと、偉丈夫は手だけヒラヒラ振って応じた。最高にキマっていた。絵に描いたような豪傑だとシンヴレスは憧れた。

「シンヴレス二等兵!」

「大丈夫ですか!?」

 鬼とサクリウス姫が駆け付けて来た。

「この者を留置所へ」

 シンヴレスはノビてしまった酔っ払いを指さした。

 不動の鬼が両手と両足を縛って担いで去って行った。

「お怪我は?」

 サクリウス姫が問う。

「いや、大丈夫です。あちらの方に助けていただきました」

 シンヴレスが顔を向けるとサクリウス姫もそちらを見たが、顔が驚愕に変わっていた。相手も一瞬だったが目を丸くしていた。だが、互いに逸らした。

「……ヴァン」

 サクリウス姫が呟いた。

「お知り合いですか?」

「いいえ。さぁ、任務に戻りましょう」

 その後も時折、待ちくたびれた民衆から苦情が入ったりしていた。

 これは改革の必要があるな。シンヴレスはそう思った。門番の数を増やして、複数列に分けるのだ。古いしきたりは時として不便でもある。シンヴレスが、皇帝にそう直訴すると、父であるエリュシオン皇帝は承諾した。

 翌日、皇子として巡察に出ると、アーニャ達の他にも増援が居り、関は三か所にまで広げられていた。人々の流れはスムーズであった。

 シンヴレスはそっとその場を去った。

 いざ、その立場にならなければ分からないことがあるものだ。

 鬼に、ウルドの下で建設作業を手伝いたいと言うと、真っ向から反対された。

「おそれながら皇子殿下には皇子殿下のお役目というものがあります。鍛練し、政務に励むことこそが、それにあたるものと存じます」

 鬼に言われ、シンヴレスも自分が自由でないことを身に染みてわかった。政務をいつまでもディオンだけに押し付けるわけにもいかない。

「分かった、午後は政務だ、頑張るぞ!」

 シンヴレスは張り切って城へと戻ったのであった。

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