「ダンハロウからの挑戦状」
静かな屋外演習場の片隅で二つの斬撃の音が木霊している。シンヴレス皇子は不動の鬼を連れて、駆けて行った。
サクリウス姫とお付きの老紳士が剣を交えていた。
だが、シンヴレスは声を掛けなかった。大上段に構えるサクリウス姫の目には不屈の闘志が宿り、老紳士の方は幾分余裕そうな表情をしていたが、今は無粋な真似をしてはいけない。次の瞬間、共鳴するかのような凄まじい刃鳴りの音と、大きな火花が見えた。
シンヴレスは瞠目していた。これほどの光景を目にするとは耳で聴けるとは思わなかった。
「姫、皇子殿下が御見えですぞ」
老紳士が言うとサクリウス姫はこちらを振り返った。
「サクリウス姫! 凄い剣でした! あんな打ち合い初めて見ました!」
シンヴレスは感激のあまりそう述べた。サクリウス姫は頷いた。
「皇子殿下も鍛練を積まれれば私を越える剣の腕前を手に入れるでしょう」
「はい!」
シンヴレスが元気よく返事をするとサクリウス姫はクスリと笑った。シンヴレスは嬉しく思い、鬼に声を掛けた。
「鬼、私の相手をして欲しい」
「はっ」
不動の鬼はそう言うと、腰から両手持ちの剣を抜いた。彼は他にも腰に二本の短戟を提げていた。
鬼が剣を正面に構え、シンヴレスを睨む。凄い気迫だ。シンヴレスは勇躍し、悪魔を滅す勇者の如く竜乗りの小剣を下段から振るった。
シンヴレスの一撃に鬼は持ち応えられなかった。中途半端な鋼の音色を聴き、シンヴレスは憤りではなく、申し訳なさを感じた。
「鬼、手加減しなくて良いよ」
「それは、できませぬ」
不動の鬼が跪いてかぶりを振った。
「御曹司に向ける剣は持ち合わせてはおりませぬ」
「そうか。ごめんね」
シンヴレスは鬼の忠誠心に感じ入り、サクリウス姫を振り返った。
「本当はサクリウス姫に良いところを見せようと思ったのですが」
「焦らずとも、シンヴレス皇子は立派な剣士になります」
サクリウス姫が言い、シンヴレスが感謝の言葉を述べようとした時だった。
鞘走る音がし、サクリウス姫のお付きの老紳士が籠付きの片手剣を抜いて、こちらへ向けて穏やかに微笑んでいた。
「では、こうしましょう。この老骨を唸らせるほどの斬撃を皇子殿下は身につけられませ。その間は、サクリウス姫との面会を禁じるというのではどうでしょうかな?」
シンヴレスは少し考えた。その間に不動の鬼が抗議の声を上げた。
「それはあまりにも惨い御提案です。王国七剣士のあなたにまだ年端もいかない皇子殿下が勝てるはずもありません」
鬼の心配してくれる声を聴き、シンヴレスは頷いた。
「鬼、ありがとう。そうでしたか、あなたもサクリウス姫と同じ王国七剣士の方だったのですね」
「もはや、七剣士の名称も新しき竜との時代で失われましたが」
老紳士は言った。
シンヴレスは考えていた。この老人は並の剣士ではないことは、最初に目撃したサクリウス姫との斬撃の競り合いで分かっていることだった。サクリウス姫に会うためにこの老人の条件を飲むのはあまりにも過酷であろうとも思った。大人になっても勝てないかもしれない。そうしたら永遠にサクリウス姫と結ばれないでは無いか。
だけど、自分が竜乗りになりたいことを考える。竜乗りにも剣術は必要不可欠だ。
「分かりました、おじいさん。あなたを唸らせる斬撃を身に着けてサクリウス姫を取り戻します」
「うむ、よい御覚悟です」
不動の鬼が彼らしくもなく慌てて口を挟もうとしたのでシンヴレスは手で制した。
「鬼、良いんだ。その代わり、私の導き手になってくれ。私をもっともっと鍛えて欲しい」
「しかし、殿下、朝餉も夕餉もサクリウス姫様と一緒になれないのですぞ」
「うん、知ってる。でも決めた。私はサクリウス姫に納得してもらって結婚したい。だからサクリウス姫」
シンヴレスは愛しい女性を見た。
「少しお時間を下さい」
「待ってます、シンヴレス殿下」
サクリウス姫は軽く笑みを浮かべて頷いたのであった。
2
演習場にはサクリウス姫が居る。ということで中庭でシンヴレスは素振りを始めた。
「腰が定まっておりませぬ」
鬼が容赦なく注意する。
「惰性で腕を振り抜かない」
シンヴレスは何度も頷き、素振りに励んだ。
「殿下、やはりダンハロウ殿に先程のお約束は反故にしてもらいましょう」
「それは駄目だ。私もダンハロウ殿の驚く顔が見たいし、サクリウス姫に喜んで貰えるような男になりたい!」
「ならば、もっと真面目に稽古に励むことです。先程から足がずれております」
「分かった」
シンヴレスは鬼との鍛練で疲れ切っていた。始まったばかりだというのに不動の鬼はその名の通り鬼となっていた。シンヴレスは疲れた筋肉に鞭打ち、根性で喰らい付いて行く。
「良い太刀筋です」
鬼が言った。
「ダンハロウ殿を納得させられるほどか?」
「いえ、それにはまだまだ及びませぬ。皇子、お分かりとは思いますが、一昼夜、根を詰めたからと言って強くなれる訳ではありません。地道に参りましょう。焦ったり欲張ったりするのはいけないことです」
鬼に諭され、シンヴレスは頷いて剣を正面に振り下ろしたが、もはや。脚も腕も疲れ切っていた。
「ここまでに致しましょう」
「私はまだ」
だが、鬼がかぶりを振る。
「身体を痛めつけることを鍛練とは呼びませぬ」
「分かった」
シンヴレスはそう言うとよろめいて、地べたにへたり込んだ。脚に腕に背中に腰に、痛いところだらけであった。いかに日頃の鍛練が鍛練と呼べるものでは無かったのかが証明されたようだった。いかに父から、鬼から、情けをかけられていたのかが分かった。
「私は強い戦士になる」
「どこまでもお供いたします」
頭を下げる鬼を見て、シンヴレスは立ち上がり、頷いたのであった。