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「アーニャの決意」

 幾重にも響き渡る刃鳴りの音が、両者の実力が伯仲していることを物語る。

「すごい」

 サクリウス姫が隣で目を見開いていた。

「でやあっ!」

 べリエル王が刃を突き出せば、アーニャはそれを槍先で払う。決して受け止めて競り合いまでお互いにもって行こうとしない。

 刃と刃を叩きつけ、まるで空気まで痺れているようだった。

 見物人も固唾を飲み、不動の鬼さえ、細い目を険しくして両者の得物の行方を追っていた。

「良い腕だ。決めたぞ、俺が勝ったら、お前を俺の嫁に迎える!」

 刃をぶつけ合いながらべリエル王が不敵の笑みで言った。

「アーニャは誰にも負けません!」

 凛と響き渡る声でアーニャが叫び返し、大上段から槍を振り下ろした。凄まじい、激突が演じられた。

「そうだ、アーニャは誰にも負けない」

 シンヴレスは思わずそう口走っていた。彼女が居ない帝都なんて寂しすぎるじゃないか。シンヴレスはアーニャに遠くに行って貰いたくなかった。

 途端に文官、警備兵、侍女、メイド、料理人達からアーニャコールが呼び掛けられた。

 べリエル王は軽く笑い、身構えるアーニャへ踏み込んだ。

 痛々しい音を上げて、剣は槍先に何度目かの衝突をした。

 べリエル王の剣はおそらく特別に誂えた物だ。対するアーニャは倉庫に眠っている普通の槍であった。シンヴレスはアーニャの不利を悟った。もう何度かぶつかれば槍は折れ拉げるだろう。だが、それでも激突は止まない。

 その時、アーニャが槍を左右に振り回し、風切り音を上げた。

「これで終わりです!」

 アーニャが振り下ろした会心の一撃は、べリエル王の剣を圧し折り、槍もまた折れ飛んでいた。

「ほぉ」

 べリエル王が折れた自慢の剣を見て感心していた。

「シンヴレス皇子!」

 アーニャが声を上げる。

 シンヴレスは我に返って、声を上げた。

「この勝負は引き分けとする!」

 観衆から溜息と拍手が上がった。

「剣の方はすみません」

 アーニャが少しだけ申し訳なさそうな声で言うと、べリエル王は笑った。

「良い勝負が出来た。剣は城下の武器屋にでも寄って探すだけだ。誰の責任でもない」

「はい」

「それよりも、あなたを嫁に迎え入れられなくて残念だ。また挑ませてもらおう」

 べリエル王が言った時だった。

「アーニャは……」

「ん?」

 アーニャが何か言いかけ、べリエル王が顔を上げた。

 あのアーニャが何だか、とても勇気を出して言おうとしている。何だろうか。シンヴレスは少し嫌な予感がした。

「アーニャを好きと言って下さるなら、べリエル王陛下、あなたについて行きたいと思います」

 その言葉にシンヴレスは打ちのめされた。彼が後少し子供だったら、声を上げてアーニャを抱き締め止めたであろう。

「来てくれるのか、俺の嫁に?」

「はい」

 そしてアーニャはこちらを見た。

「皇子殿下、申し訳ありません。アーニャは、やっと納得できる男の人を見付けました」

 シンヴレスは愕然としていた。帝都から、自分の前からアーニャがいなくなる。そんな現実が本当に来るとは思わなかった。シンヴレスは喚きそうだった。帝都の門はどうするのか、そう問い詰めてアーニャの心変わりを元に戻したかった。だが、シンヴレスはそうしなかった。姉代わりであるアーニャから離れる時が来たのだ。アーニャだっていつかは結婚をしただろう。それが早まっただけだ。

「うん、アーニャの気持ちは分かったよ……」

 シンヴレスはべリエル王を見た。

「王陛下、アーニャを悲しませないで下さいね」

「ああ、シンヴレス殿。必ず幸せにして見せる」

 リオル・べリエル王が真面目な顔を向けてそう言った。

「でしたら」

 サクリウス姫が声を出した。

「アーニャ殿を皇帝陛下の養女として迎え入れて嫁がせた方が、両国の絆は深まりましょう。アーニャ殿の本当の御両親には辛いかもしれませんが」

 アーニャは首を横に振った。

「アーニャに両親はいません。サクリウス姫様の御提案だと、アーニャは本当のシンヴレス殿下の姉になれますね。嬉しいです」

 シンヴレスも一変して嬉しくなった。

「父上に申し上げてみるよ」

「ありがとうございます」

 見物人達は突然の養女宣言に口々に騒いでいた。アーニャがいかに有名であり、勇名高くあるか、帝都の門の守護者として将来を楽しみにしていたという人々ばかりであった。

「静粛に、まだ決まったわけではない! 諸君らはいい加減持ち場に戻るように!」

 不動の鬼が声を上げると、人々は思い出した様に足を急がせて去って行った。

 その夜、晩の食卓にはアーニャが特別に同席し、シンヴレスの父であるエリュシオン皇帝はアーニャにそれで良いのか尋ねていた。

 シンヴレスは、また心が優柔不断になりかけていた。アーニャと会えないのは寂しい。だが、アーニャが正式に姉になってくれるのも嬉しい。結局は、アーニャの決意が固く、皇帝は彼女を養女へ迎え入れた。

 アーニャの名は、アナスタシア・イルスデンへと変わったのであった。

 住まいはまだ女性向けの兵舎だが、アーニャの部屋の準備をしている間に、べリエル王もまた妻を迎え入れるための準備をするために、翌朝、足早に去って行った。

 シンヴレスはアーニャと二人、城門前にいた。

「これからは私が殿下の姉ですね」

「そうだね」

「……シンヴレス、姉として命じます。更に強くなって帝都の守護戦士になって下さい。アーニャはもう遠くへ行かなければならないのですから」

「うん。もっと強くなるよ。……姉上」

 途端にアーニャが抱き締めて来た。力強く、甲冑が軋むほど、ギュッと抱き締め、嗚咽を漏らしていた。

「手紙を送るよ」

「はい。たくさん下さい」

「分かった。たくさん、送るよ」

 シンヴレスはアーニャの頭を撫でた。アーニャが離れた時、彼女は涙を振り払って言った。

「まだお嫁に行くまで猶予があります。その間に、門番の人達を鍛え上げてきますね」

 アーニャの厳しい指導はシンヴレス自身がよく知っている。門番達には災難だが、彼女が抜けるというのはそういうことなのだ。

「うん、姉上のしたいようにすればいいよ」

 シンヴレスがそう言うと、アーニャはニッコリ微笑んだのであった。

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