「べリエル王の剣術」
その日は、粛々とした宴会になっていた。同席したのはシンヴレスとサクリウス姫だけである。鬼とカーラは今回は別であった。
「シンヴレス皇子も政務を始めたか」
兜を脱いだリオル王が黒の鎧下着姿で木杯を呷り言った。髪は茶色でまだまだ若々しい。顎にかけてほっそりとしている顔立ちで、そこに力強さの宿る双眼と、不屈の笑みを浮かべる薄い唇があった。鼻は低かった。
「はい、まだまだ至らない点もありますが」
「俺も文官を交えてようやく直々に政務を始めたが、平和なら平和で妙な不満を持つ者が絶えぬな」
「私もそう思いました」
国の内情を例え同盟国であろうと漏らしても良いものか、シンヴレスは今頃になってハッとした。だが、リオル王は頷くだけであった。
「まぁ、お互い竜との共存を目指す国造りを掲げる者同士、これからもよろしく頼む」
リオル王が言った。
「はい」
シンヴレスは真面目な顔で返答をした。
2
翌朝、シンヴレスがいつも通り早起きして甲冑に着替え外に出て中庭に来ると、既に「先客」が居た。
文字通りの客人リオル・べリエル王が剣を振るい、受け、まるで敵がいるかのように剣舞を踊っていた。
「よぉ、シンヴレス皇子、早いな」
「べリエル王陛下こそ、お早いですね」
「まぁな。国ではこの時間以外に剣が振るえぬ。どんどん腕は錆び付いて行くばかりだ」
リオル王が苦笑いする。
「私も隙間時間を見付けて剣術に励んでおります」
「形だけでも国の偉い人間になるというのは苦労するものだな」
「形だけですか?」
「ん?」
シンヴレスは言った。
「べリエル王陛下は竜との共存の国を目指しているとおっしゃったではありませんか」
「すまぬ、その通りだ」
べリエル王は謝罪するとシンヴレスに向かって切っ先を向けた。
「一勝負お願いできるか?」
「では、木剣で」
不動の鬼が言うと、べリエル王は笑った。
「皇子を傷つけたりはせんよ。真剣の方が身が入るだろう」
だが不動の鬼が食い下がろうとした時にシンヴレスは鬼を手で止めて、頷いた。
「では、一手お願い致します」
シンヴレスはグレイグバッソを抜いた。
相手の剣は帝国では見たことの無いオリジナルの直剣だった。シンヴレスは少し羨ましかった。
リオル王は踏み込む体勢を見せたため、シンヴレスは応戦すべく剣を構え直した。そして相手が踏み込んだ。
斬撃がまるで見えなかった。剣で応戦し防いだのは正に勘であった。
凄まじい痺れが腕に走る。だが、リオル王はそこから猛乱撃を繰り出した。縦横無尽、四方八方から刃が襲い、シンヴレスは辛うじてどれも受け止めたが正に奇跡、いや、培われてきた勘だろう。
敵が剣を下げた。シンヴレスは踏み込んで一刀両断にした。
が、知らぬ間に刃は圧し折れていた。
「グレイグバッソが」
シンヴレスは信じられない思いで折れた剣を見詰めていた。
リオル王が満足げに笑った。
「よくついて来れたな、俺の剣術に。運に見放された様だが、よくやった」
「は、はい」
シンヴレスは未だ立ち直れずにそれでも相手を見て返事はした。
その時、リオル王の目がシンヴレスの後ろに向けられた。
「皇子殿下、仇は私が討ちます」
そこに立っていたのはサクリウス姫だった。
「王国七剣士同士の戦いを思い出す」
「それは刃を交えてからおっしゃっていただきましょう。いざ!」
「来い!」
サクリウス姫が駆け、顔の右手に構えた剣を振り上げ、下ろした。
リオル王はそれを避けず、剣を薙いで受け止めた。剣が離れた瞬間にもう一度二本の剣は共鳴するように音を上げた。
いつに間にか文官やメイド、侍女達が中庭を囲んで見ていた。
「おいおい、注目されてるぞ、妹よ。べリエルの剣技を見せてやれ」
リオル王が踏み込み、一突き入れたが、サクリウス姫は身を屈め、その胴を薙いだ。しかし、リオル王は跳び上がりサクリウス姫の側面から剣を振り下ろした。
「キャーッ!」
誰かが声を漏らした。シンヴレスもドキリとしていた。サクリウス姫が一刀の下に斬り下げられた。誰もがそう思ったらしいが、サクリウス姫は素早くスピンし、剣を薙いで、間合いを取った。
安堵の息が周囲から聴こえた。
両者は睨み合い、どちらからともなく駆けた。そして交錯する。二回、鋼の音色が木霊した。駆け抜けた二人は、振り返り、睨み合った。
「参りました」
サクリウス姫が申し出た。
「どういうことだ?」
「早くて分からなかったぞ」
ギャラリーがざわざわと声を上げる。
見れば、サクリウス姫の甲冑の横腹が裂けていた。
「良い勝負だった、俺の腕でもまだお前に勝てて正直安堵した。それと、お前の剣も鈍ってはいないようで嬉しかったぞ」
「はい」
サクリウス姫が頷く。
「さて、飯にでも」
「いいえ、行かせません!」
若い女性の声が響き渡り、観戦者達の間を抜けて短い槍を持ったアーニャが出て来た。
「アーニャ殿! 頼みましたぞ!」
誰かが言い、アーニャコールが始まる。
「昨日は失礼しましたが、今、そのお詫びに上がりました」
アーニャは冷ややかな声で言ったが、端々から燃える闘志を感じた。
「いいや、紛らわしい真似をした俺が悪い。だが、その詫びは受け取ろう」
べリエル王が言った瞬間、アーニャが踏み込んで駆けた。
ボボボボッ! と、風が鳴った。同時に鋼鉄の音色も比例し中庭に反響する。
アーニャの突きだ。シンヴレスにはまるで見えなかった。べリエル王も瞠目し、そしてニヤリと笑んだ。
「槍の扱いが上手いな」
「アーニャは負けません! 皇子殿下、預かっていた勝負をここで頂いてもよろしいですね!?」
アーニャがこちらを見ずに声を上げた。




