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「二人だけの部屋」

 日当たりのよい部屋はサクリウス姫の部屋だけではなく、横に続くシンヴレスの部屋もそうだった。窓からなだらかな斜面に建てられた貴族街を見ることができ、遠くに城下と門扉の影が見える。

 さて、そんなシンヴレスの部屋は相変わらずだが、サクリウス姫の部屋はある意味では散らかっていた。

 姫が整理整頓が苦手なわけでは無い。ただ、シンヴレスもついやり過ぎたと反省している。サクリウス姫は嫌な顔一つしないが、内心では迷惑になっているのでは無いだろうか。

 というのも、植木鉢だらけのサクリウス姫はまるで温室のように成り果てていたからだ。

 全て、シンヴレスの贈り物である。二人で世話を出来たら良いなと思い、城下へ出る度に花屋へ寄って植物の植わった鉢をサクリウス姫に贈ったのだ。

 サクリウス姫の趣味の画材が隅に追いやられていたのに気付き、シンヴレスは自分がやり過ぎたのだと感じた。

 植物達に水をやりながら、シンヴレスは考えた。サクリウス姫に迷惑になっているか問いたかったが、彼女は絶対に迷惑にはなっていないと答えるだろう。

 温室が必要だ。シンヴレスも最近は植物への理解が高まっていた。好きな観葉植物はギジュワルだ。グネグネした根が特徴で、妖精が住むらしい。

 ひとまずシンヴレスは温室に適した場所を探しに出掛けた。鬼とカーラが後に続く。

「温室ねぇ、確かに姫様の部屋は植物に圧倒されていて、どっちが主人か分からないかもね」

 カーラが言った。

 シンヴレスやサクリウス姫の部屋は二階だ。三階は謁見の間と皇帝の寝室である。

 そうして見て回っている内に二階の客間を一つ温室にできないかと思い、父を訪ねた。

 皇帝は執務室でシンヴレスらが問題ありとして提出した書類を検討しているところであった。おずおずとシンヴレスが切り出すと、皇帝は頷いた。

「サクリウス姫の部屋を自然公園にするわけにもいくまい」

 多少呆れたように皇帝は承諾した。

 シンヴレスはさっそくサクリウス姫に報告に戻った。



 2



「温室ですか?」

「はい、このままだとサクリウス姫の部屋が植物でいっぱいになってしまいます」

 するとサクリウス姫は屈みこんでシンヴレスの目線に合わせて目を微笑ませた。

「これで幾つ鉢があっても良くなりましたね」

 シンヴレスはその声を聴き嬉しくなり頷いた。

「はい!」

 もっともっとサクリウス姫を喜ばせたかった。その手段が消えるかと思ったが、彼女は継続して受け入れてくれるという。シンヴレスは感激したのだった。

 それから二階のシンヴレスらの部屋の並びにある客室を、鬼と、カーラに手伝って貰い、ベッドや机を運び出そうとしたが、サクリウス姫が言った。

「ここで休むのも、勉強するのも良さそうですね」

 その一言で、家具の持ち出しは止めた。四人でサクリウス姫の部屋から植木鉢を運び出し、姫の指示の下、配置していった。

 ようやく終わると開かれたカーテンの向こうから午後の日差しが差し込み、緑という緑を照らす。

「良さそうですね」

 シンヴレスが言うとサクリウス姫は頷いた。

「ええ、殿下。ご配慮ありがとうございました」

 それから少し遅れてシンヴレスは政務に戻ったのであった。





 サクリウス姫は温室で絵を書いている日が多くなった。もちろん、剣術の鍛練には顔を出してくれる。

 昼の日課が少し変わった。昼食後に、二人で植物の世話をするようになったのだ。サクリウス姫がやはり植物には詳しく、不足している物を教えてくれる。肥料は臭いが、シンヴレスもそのうち慣れた。

 ふと、シンヴレスは思った。

「サクリウス姫」

「何ですか?」

「今度、食べられる物でも植えてみませんか?」

「殿下、お気持ちは嬉しいですが……」

 と、言いかけ、姫には、珍しくポンと手を打った。

「ハーブならいかがですか?」

「ハーブですか?」

「ミント、バームなどお茶に出来るものがありますよ」

「ハーブティーですね。分かりました。花屋を訪ねてみます」

「いいえ、殿下。二人で参りましょう」

 サクリウス姫が言い、シンヴレスは跳び上がりたいほど嬉しく思った。

 それからシンヴレスが政務に励んでいる間はサクリウス姫は温室で油絵を書いていることが多くなった。その見事な絵は、温室の絵だけでなく、外の景色や、想像する情景など、様々で、シンヴレスを描いたものもあった。

「これは凄いな」

 温室の世話をしていた二人を皇帝が訪ねて来た。

「陛下」

 サクリウス姫がスカートの裾を掴み一礼する。シンヴレスも頭を下げた。

「植物も立派だが、絵も素晴らしいな」

 皇帝が壁に掛けられたサクリウス姫の作品を眺めながら言った。

「ほぉ、これは良い絵だな」

 皇帝エリュシオンはシンヴレスが上段からグレイグバッソ振り下ろし、ダンハロウ老人の剣とぶつかり合う瞬間を描いた凛々しい表情を見て目を細めた。

「恐れ入ります」

 サクリウス姫が言った。

「これからも二人でこの部屋を盛り上げると良い」

「はっ」

「ありがとうございます」

 シンヴレスとサクリウス姫は返事をした。

 温室は絵画と植物に包まれ、まるで建設中の宿場町の様に更にその数を増やしていった。

 ハーブは苗から育て、シンヴレスは早く摘み立てのハーブティーを味わいたいと気を急かせていた。だが、育つまで一年は掛かる。一年と言えば、シンヴレスは成人していることになる。ついにサクリウス姫をお嫁さんに出来るのだ。正直、無防備にこちらに背を見せ植物の手入れをしている背中に抱き着きたかったが、それは成人後に結ばれてからにしようと決めた。

「殿下、御覧下さい」

 サクリウス姫が静かな声で呼んだ。

 見れば、蕾が出来ている植物があった。

「これは白い花を咲かせます。もう間もなくですね」

「それは楽しみです」

「ええ」

 私達の関係もこうやって互いに触れ合い、気付き合い、育って行くものなんだろうな。

 シンヴレスは結婚後も今までと変わらず、お互いを尊重し合って家庭を育んでゆきたいと強く思ったのであった。

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