「皇子と姫の共通の趣味」
城下は、下の宿場町のことで噂が絶えなかった。もしもべリエル王国の剣士がコロッセオに現れて優勝されたら面目丸潰れだ。と、いう者もいれば、二つの国は今では兄弟同然、そんなこと言うもんじゃない。と、窘める人もいる。
シンヴレスとしては、後者の意見だった。べリエル王国に舐められるどころか、より一層イベントが白熱し、二つの国のもう何個目かの架け橋になって欲しい。そう思っていた。
幟が立っている。「山奥の村の花入荷」シンヴレスは慌てて花屋へ駆け出した。
店主である女性は驚いたようだが、ここには可愛らしい子供もいた。
「皇子様!」
店主の女性は柔和な笑みを浮かべる無垢な子供の身体を止めると、ぎこちなく微笑んだ。
「花を」と、言いかけたところで、サクリウス姫が言った。
「これはワロエですね?」
小さな鉢に植わった小ぶりの草は緑色が綺麗で葉の先端にかけて伸び、左右に太い棘があった。
店主は頷いただけだった。子供が不敬な真似をして成敗されるのを恐れているのだろう。
「サクリウス姫、もしかして気に入りましたか?」
「はい。切り花も綺麗ですが、だんだん萎れて行くのが残念で、鉢植えの植物だったら育てることができます。それに自分の責任で面倒を見るという楽しさもあります」
シンヴレスはなるほどと頷くと店主の女性に言った。
「このワロエを下さい」
「は、はい、畏まりました!」
だが、店主は動かない。子供が粗相すると思っているのだろう。
「可愛いお子さんですね。御放しになって大丈夫ですよ」
「しかし、無礼討ちにでもされたら」
「殿下はそんなことしないわよ」
カーラが落ち着いた声で言い、女性は子供から恐る恐る手を放した。
子供は真っ先にシンヴレスを通り過ぎて、不動の鬼の前にきて、指さした。
「ボーボー」
「はて?」
不動の鬼は意図が分からず首を傾げた。
「ボーボー」
子供が言った。そこでシンヴレスは不動の鬼が袖無しの平服を纏っているのに気付いた。
「腋毛のことだよ」
「は、はぁ」
不動の鬼は困った様に応じた。
「私も去年ぐらいから腋毛がようやく生えて来たよ。鬼のような立派な腋毛に育てようと思う。どうですか、サクリウス姫?」
「殿下が望まれるのならそれで良いのかもしれません」
サクリウス姫は微笑んで子供の頭を撫でた。
「カーラさんも鬼の腋毛どう思いますか?」
鬼とカーラを纏めて休暇を与えることもあるが、二人の仲は進展している気配がない。互いに好き合っているのに、シンヴレスはそれについても悩んでいた。
「ボーボー」
「ああ、ボーボーだ」
鬼は曖昧な笑みを浮かべてそう力無く返した。
ワロエを受け取ると、サクリウス姫は育て方について店主に尋ねていた。店主の女性はもう子供に気兼ねせずに、流暢にワロエの育て方を教え始めていた。
「お買い上げありがとうございました!」
「ボーボー!」
店主と子供に見送られ、シンヴレス達は城へと戻った。
2
日当たりの良い場所を探し、サクリウス姫は窓際にワロエを置いた。そして同じく買って来た白い小さな塊の肥料を適量、土の上に置いた。
「あとは時々、水をやることですね」
シンヴレスが言うと、サクリウス姫は少し驚いた顔を見せた。
「お聴きになられていていたのですか?」
「はい。子供の相手なら鬼に任せて、その間に私も耳に入れてました」
するとサクリウス姫は少し勇気を出した様に尋ねた。
「皇子殿下と一緒に、このワロエの成長を見届けたいのですが」
「私でよろしいなら勿論ご一緒させていただきます。二人で育てましょう」
そう言うと、何故かサクリウス姫が顔を紅潮させた。
「どうかしましたか?」
「いえ、ありがとうございます」
姫はそう答えた。
それからシンヴレスの日課にワロエの世話が入った。朝、昼、晩、暇があればサクリウス姫と一緒にワロエを愛でていた。
ワロエは少しずつ葉を伸ばしていた。
鬼と、カーラさん、上手くいってるかな。今日は二人に三日間の暇を与えた。城で見かけないところを見ると、どこかの町や村に観光に出たのかもしれない。二人が結ばれてくれると良いな。
「シンヴレス皇子、嬉しそうですね」
「ええ、嬉しいです」
そこへ護衛役となったアーニャが顔を見せた。
「お邪魔してすみません。皇子殿下、政務のお時間です。ディオン殿はさっそく仕事に取り掛かっておりますよ」
「分かった。アーニャ、サクリウス姫をよろしくね」
「お任せください。ワロエ、可愛いですよね」
「アーニャ殿も植物を育てていらっしゃるのですか?」
廊下に出たシンヴレスに聴こえたのはそこまでだった。
ディオンと政務に励んでいると、シンヴレスは優しそうなディオンなら植物を愛でているかもしれないと思い、尋ねた。
「ディオンは鉢植えの植物とか育てていたりするの?」
ディオンは穏やかな表情で口を開いた。
「ええ」
「花の名前はたぶん分からないから、どれぐらい育てているの?」
ディオンはしばし考えた様子を見せて答えた。
「二十種類ぐらいでしょうか」
「そんなに!?」
「ええ、主に観葉植物を。ペペッティスピラムなどです」
「凄い。実は、サクリウス姫とワロエの世話をすることになって、分からなかったら尋ねても良い?」
「勿論、私で答えられる範囲ででしたら。でも、育て方や病気の治し方は、私より、本業の妻の方が詳しいと思います」
シンヴレスは軽く驚いた。
「奥様は、花屋さんなんだね」
「ええ、育児も任せきりで申し訳なく思っております」
ディオンは苦笑いを浮かべた。
そこへ文官が入室し、新たな訴状の山を運んできた。
「ワロエをサクリウス姫と世話するから、頑張って仕事を終わらせなきゃ」
「ええ、頑張りましょう」
ディオンが頷き、二人は訴状を見詰め、時に話し合い仕事を進めたのであった。




