「十五歳」
シンヴレスは今日が何の日か忘れていた。朝練、サクリウス姫との竜乗りデートに、政務、空いた時間に鍛練、食事をし、鍛練をして眠る。これの繰り返しに慣れてしまったのもあるが、シンヴレスにとって仲間と思えるサクリウス姫に、鬼、カーラと鍛練をするのが凄く楽しかったからだ。
なので、行き交う城の人間達が何を見て微笑んでいるのかが分からなかった。
彼が何の日か気付いたのは昼食のためにサクリウス姫と食堂へ戻った時だった。
料理人一同が揃って一礼した。そして長テーブルの食卓に置かれた色とりどりの食事やデザートの数々。生クリームたっぷりのホールケーキまであるではないか。
「シンヴレス様」
サクリウス姫が後ろで言った。
「そっかー! 今日は私の誕生日なんですね!」
ダンハロウに挑んでいた数年間は誕生日を祝わないことにした。なので久々のパーティーであった。
「シンヴレス、また一つ歳を重ねたな」
上座に座っている皇帝であり、父であるエリュシオンが言った。
その途端にシンヴレスはようやく喜ぶことができた。
「ありがとうございます、父上!」
シンヴレスはサクリウス姫の手を引いて入室した。だが、後ろが続かない。
鬼とカーラは身分上、近衛であるため、同席できないのだと決めているようだった。
「鬼、カーラさんも入って!」
「しかし」
「でも」
両想いに未だに気付かない配下であり同士である二人をシンヴレスは引っ張った。
「良い、入りなさい。祝うのが私とサクリウス姫だけでは悲しいでは無いか」
エリュシオン皇帝が言い、近衛二人は敬礼して食堂へ向き直った。
「失礼いたします」
鬼とカーラが声を揃えて入室した。
四人が座席に座ると、給仕達が奥から現れた。
「我ら国を預かる者が昼から酒とはいけないが、代わりに、上質な茶葉を取り寄せた。短い時間だが、是非、楽しんでいきなさい」
皇帝が笑む。
全員がティーカップを掲げた。
「シンヴレス、誕生日おめでとう!」
皇帝が音頭を取るとサクリウス姫に鬼、カーラも続いて唱和してくれた。
シンヴレスは照れ臭くなった。
それからは、食事を楽しみ、日頃の報告を皇帝が四人に聴く側になっていた。
そして同じ城に居ながら、血も繋がっているのにも関わらず、父である皇帝とはあまり顔を会わせる機会が無いことにシンヴレスは気付いた。会うのは朝食の時ぐらいだ。昼食と夕食は竜乗りの訓練と、夜の鍛練で時間をずらしてもらっている。
父に会えないのがこんなに寂しく虚しいものだとシンヴレスは初めて思い知った。
鍛練のこと、コロッセオをいずれ建設するための宿場町の完成度などをシンヴレスは報告した。
「頑張っているな」
父はそう述べ、シンヴレスは嬉しくなった。
「午後はディオンに文官を付けるから、城下へ顔を出してきなさい」
「城下へですか?」
「ああ、是非行きなさい」
「承知しました」
城下に顔を出してどうなるのだろうか。
美味しい食事とデザートに舌鼓を打ち、一時間ほどで誕生会は終わった。
2
父に言われたので、城下へ顔を出した。だが、その最中に城の人々が待ってましたと言わんばかりにシンヴレスに祝いの言葉を掛けてくれた。
シンヴレスは穏やかに応じ、城の外へ出た。四人の門番達が敬礼し、シンヴレスの誕生日を祝福してくれた。
「王族としても凡庸な私に、こんなに嬉しい日があって良いのだろうか。皆の期待に応えられないかもしれないのに」
馬上で貴族街を歩みながらシンヴレスが思わず言うと、サクリウス姫が応じてくれた。
「私達がついております。それに城の者達も。全てを一人で抱え込まず、他人を頼るのも強さですよ。皇子殿下が鍛練を鬼殿やカーラに頼んだように」
シンヴレスは振り返った。
鬼は頷き、カーラは言った。
「あたしで役に立てること何て少ないとは思うけど、頼っていただけると何か嬉しいかなと思います」
「ありがとう、鬼にカーラさん」
貴族街は門番と使用人達がいるぐらいで後はそれぞれの領地で指揮をとるため、帝都に貴族達はいない。なのでこうも粛々した誕生パーティーだったのだ。
城下へ出ると、人々が左右に別れ、シンヴレスの誕生日を祝ってくれた。
そこへ小さな子供が飛び出してきたのでちょっとした騒ぎになりそうだった。
「皇子殿下、お花」
それは野で摘んだ花々と思われる小さな小さな花束だった。
「ありがとう」
シンヴレスは花束を受け取り、子供の頭を一撫でした。
そうしてシンヴレスは外の門扉の付近に辿り着いた。相変わらず入城する者が多く、門番達は忙しそうだったが、そこで目敏く笛の音が鳴った。
門番達がこちらを振り返る。
「皇子殿下、お誕生日、真におめでとうございます!」
その中にはアーニャもいるだろう。まさか門番達まで自分の誕生日を知っていてくれると思わず、シンヴレスは感激していた。
それから道の左右に分かれてシンヴレスを祝う言葉が次々投げ掛けられた。
「コロッセオの完成、楽しみにしてます!」
という声も聴けた。
シンヴレスは俄然やる気に溢れるのを感じた。
「私も頑張らないと」
シンヴレスがそう呟いたのを聴き、サクリウス姫が頷いた。
城下を回り終えると夕陽が沈む頃合いになっていた。
「そうだ、ウルドさん達にもこの祝いに参加してもらおう」
城に戻るとシンヴレスは貯蔵庫からワインの入った酒樽を出して、荷馬車の上に置いた。
「お供いたします」
兵士は宿場町の方へ全員が出払っているが、兵舎に戻って来る頃合いだ。サクリウス姫と鬼とカーラが手伝い、兵舎へ酒を届けると、兵士達は大喜びで、中にはシンヴレスを拝む者まで現れた。
「いつもご苦労様です」
シンヴレスが言うと兵らは口々に礼を述べた。
そうして再び貯蔵庫へ向かい、荷馬車に再度、ワイン樽を満載にして城門へ向かう。
日暮れでもあり番兵は止めようとしたが、アーニャが付き添うと申し出たので、ならばと通してくれた。シンヴレスはここにワイン樽を提供した。
「御仕事が終わったら皆さんでどうぞ」
シンヴレスが言うと番兵らもまた口々に礼を述べた。
坂を下り、サクリウス姫と、鬼とカーラ。そしてアーニャが護衛に着き、形になっている宿場町の中へと入って行った。
職人らがまだ作業をしていたが、ほぼ毎日視察に出ているシンヴレスを彼らは多少外が暗くとも分かっていたようだ。
「皇子殿下、今日の作業はこれで終わりにするつもりですが……」
困惑気味に職人らが言った。
「分かっています。今日は実は私の誕生日なので、皆さんにお酒の差し入れです」
鬼とカーラが樽を下ろし始める。
「ああ、手伝います!」
職人達は慌てて馬車の後ろに回り、テキパキと樽を下ろした。
「殿下、お気遣いありがとうございます」
呼ばれて馳せ参じた棟梁のウルドが礼を述べた。
「こちらこそ、毎日の労働、本当にかたじけなく思っております。今日は、お酒を楽しんでください」
「はっ」
棟梁はそう言うと部下達に言った。
「おう、お前ら、皇子殿下から酒の差し入れだ! 飲みたい奴から飲んでいけ!」
シンヴレスは職人や労働者達の嬉しそうな声を聴き、満足し、帰途に着いたのであった。




