「積極的な御姫様」
鬼とカーラに護衛され、シンヴレスはサクリウス姫と形になり始めた宿場町を見て回った。宿場町と言ってもすぐ北には帝都が聳え、南の方角には帝国自然公園があるぐらいだ。ここは今だ未建設のコロッセオを楽しむための宿に溢れている。
「町ができるって良いわね」
カーラが言った。
「そうですね、静かな帝都も少しは賑わうでしょう」
着工前に神竜つまり賢き竜と暴竜らに対するお許しの祈願はシンヴレスが主導になり粛々と行われた。コロッセオ建設の際にももう一度行う予定だ。
シンヴレスはふと、カーラを見てサクリウス姫を見た。
シンヴレスの最近の悩みは女性よりも背が高くなるかどうかだった。今のシンヴレスはサクリウス姫とカーラとの胸の当たりにまで頭が達している状態だ。
「どうなさいました?」
サクリウス姫が問うと、シンヴレスは尋ねた。
「御二人とも背が高いですよね」
「それは」
「まぁね」
サクリウス姫とカーラが応じる。鬼は更に背が高いが、これは規格外だろうと諦めがつく。
「大人になってサクリウス姫よりも背が低かったら何だかカッコ悪いですよね」
カーラが何か言いかけようとして鬼が制した。
サクリウス姫が左目を向けて皇子に近付くとひょいと抱き上げた。
「わぁ!」
シンヴレスは思わず声を上げた。そこにサクリウス姫の顔がある。
「シンヴレス皇子は可愛いぐらいが良いのです。可愛くても勇猛で私のことを必ず守ってくれるでしょう。背丈のことなど些細なことです。悩む必要はございません」
サクリウス姫の綺麗な顔を見てシンヴレスは胸が高鳴った。
シンヴレスを下ろすと、サクリウス姫はシンヴレスの頭を撫でた。
シンヴレスは少々恥ずかしく思いながらも身を任せた。
「さぁ、戻りましょう」
こうして現場の視察を終えて四人は城下へ戻ったのであった。
2
シンヴレスは願っていた。サクリウス姫に可愛いと言われた。ならば、この背よ、伸びるな伸びるな。星に祈りを捧げて寝床に就いた。
翌朝、シンヴレスはサクリウス姫とカーラと共に早朝特訓をしていた。
といっても、カーラは慣れない重い剣であるグレイググレイトをひたすら振るい、シンヴレスはサクリウス姫に剣の指導をして貰っていた。
「皇子殿下、姿勢が曲がっておられます」
背を正そうとするとサクリウス姫が後ろに回って顎に手を掛けて姿勢を正したが、その後頭部が鎧越しとはいえ、胸部に当たっていた。シンヴレスはかぶりを振った。意識するな意識するな。
「皇子殿下?」
「何でもありません」
と、言ったところでサクリウス姫が後ろから手を回してきた。
「皇子殿下は良い匂いをしておられますね」
シンヴレスは顔が熱くなった。その頬に手が添えられ、サクリウス姫の冷たい指の温度が伝わってくる。
「温かい」
サクリウス姫が言った。
シンヴレスは、カーラに見られているのか思い出したが、今更、もうどうでも良いと思った。サクリウス姫が公衆の面前で裸になれと言えばシンヴレスは間違いなくそうしただろう。サクリウス姫の喜ぶ顔が見たくなっていた。
ようやく解放されて、何事も無かったかのように素振りをする。
だが、ふと目を向けた先でサクリウス姫が少し悲し気な顔をしているのを見てしまったのであった。
「サクリウス姫?」
シンヴレスが怪訝に思って問うと姫は安心させるように取り繕った笑みを見せた。
3
それからもサクリウス姫は事あるごとにシンヴレスを抱き上げたり、頭を撫でたりしてきた。シンヴレスは嬉しかった。だが、男の矜持を忘れたわけでは無い。そのため、鍛練に励み、将来立派な剣士になるべく努力した。
夜、バルコニーから星を眺めていると、サクリウス姫もバルコニーから顔を出した。
「皇子殿下、お風邪を召されますよ」
「サクリウス姫も」
そして二人は少し笑いあった。
「サクリウス姫のご指導のおかげで筋肉が一段とついてきました。ありがとうございます」
「いいえ」
サクリウス姫はそう言うと空を見上げた。
「シンヴレス殿下、先日は失礼なことを言ってしまってすみませんでした」
唐突に謝罪されたが、シンヴレスには思い当たる節は無かった。
「心当たりが無いのですが、どうかなさいました?」
「殿下の背が小さい方が良いと言うような身勝手なことを言ってしまいました」
「それは、気にしてません。むしろ、可愛いとおっしゃっていただけるならば、私は今のままでも構いません」
「駄目です」
サクリウス姫が静かに言い、こちらに目を合わせて来た。怒っているわけではなさそうだった。
「あの時は私がシンヴレス皇子を守れるようになれれば良いと思いました。でも、よくよく私の本心を伺ってみると、私はシンヴレス皇子に守ってもらいたい。皇子の勇ましい心に鍵を締めてはいけない。そう思ったのです。どんな女性もやはり最愛の男性の背を見て守ってもらいたいとそう思うものなのです。シンヴレス皇子、大きくなって下さい。可愛いあなたも好きですが、大人びた男の矜持を身に着けた勇敢なあなたに私は守ってもらいたい。でも、私はつい皇子の可愛さに我を忘れてしまいます。あなたは婚約者で弟では無いのに」
弟か。確かにそれではいけない。独立した一人の男として認められるということが大人になるということだ。
「分かりました。鍛練に励んで、サクリウス姫の前に立ち、背中を見せて安心させられる男に必ずなります。今日言っていただいてありがとうございました。実は背がこれ以上伸びないように星に祈りを捧げていたのです」
「まぁ」
サクリウス姫が驚いた顔をした。
「でも、それも止めて、大きくなれるように祈ります。ですが、サクリウス姫」
「はい」
「あの……これからも、可愛がって下さると嬉しいです」
そう言うと、サクリウス姫が軽く笑い声を漏らした。そして微笑みを向けて応じた。
「分かりました。人目を憚ったところでそうさせていただきます」
「ありがとうございます! えへへ」
「ふふっ」
二人は笑い合った。
「そろそろ床に就きましょう。夜風で身体を冷やしてはいけません」
サクリウス姫が促した。
「それでは明日も、これからもずっとずっとよろしくお願いします、サクリウス姫。おやすみなさい」
「承知しました。おやすみなさい、皇子殿下」
こうしてシンヴレスには新たな目標が出来た。背を伸ばすことだ。
シンヴレスは床に就かず、扉を開けると番をしていた不動の鬼にどうすれば背を伸ばすことが出来るか尋ね、不動の鬼を困らせてしまうのであった。




