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「イチャイチャしたい」

 皇帝の命でシンヴレスは町の巡察に出ていた。サクリウス姫、不動の鬼、カーラも一緒であった。

 鬼とカーラは距離が近付いた気配がない。シンヴレスはお互いが好き合っていることを知っている。だが、奥手な二人はなかなか親密な仲にまで発展することはなかった。

 城門は相変わらず賑わっていたが、城下町は白亜の色を汚さぬようにとでもいうように、民衆はまったりとしていた。

 そんな中、シンヴレスの目に飛び込んで来たのは、若い男女が長椅子に座って女の膝を男が枕にし、癒すように頭を撫でられている光景であった。

 サクリウス姫にお願いしたら減滅されるかもしれない。シンヴレスは二人の恋人を歩きながら首を返しずっと眺めていた。

 ウルドからの報告で、労働者達が泊まる簡易的な宿は完成したらしい。彼らがコロッセオに先に着手し、雨に打たれたまま屋根の下で眠れないということはなくなった。シンヴレスは安堵した。

 帰還すると中庭で鬼と剣を交え、カーラもサクリウス姫に手解きを受けていた。

 コロッセオの方は新たに周辺から鍛冶職人が集結し、建築に必要な金具を打つ音が新たに響くようになった。

 本気なんだな。本気で私はここにコロッセオを基点とした宿場町を造っているんだな。シンヴレスは多少面喰っていた。だが、間違いなく自分の出した命令である。着実に時を重ね、建造物は目立ち始めた。

 しかし、シンヴレスは今頃になって不安になった。コロッセオに人々が興味を持ってくれるのか。宿場町は繁栄するのか。

 夜、サクリウス姫と部屋の前で別れそうになった時に、シンヴレスは思わず言った。

「私の計画は上手くいくでしょうか?」

 サクリウス姫は開けていた扉から手を放した。鬼と、カーラの存在すら忘れてシンヴレスは言っていた。

 サクリウス姫は、こちらに歩み寄り、綺麗な笑みを浮かべた。

「必ずや上手くいきます。皇子殿下は堂々としていて下さい。あなたが責任者なのですから」

 そう諭されると、逆にシンヴレスは心細くなった。責任者。重い言葉だ。

 するとサクリウス姫は目線を落とし、シンヴレスの頭を撫でた。サクリウス姫の指はひんやりとしていて心地良かった。

「もっと自信をお持ちください」

「は、はい……そうですよね」

 背後では莫大な金が動いている。領民の血税だ。大切に大切に使わなければならないそのお金を、コロッセオや宿場町の建設に当てて良かったのだろうか。歯切れの悪いシンヴレスを見兼ねたのか、サクリウス姫は抱き締めてくれた。

「上手くいきます、そう信じて」

 シンヴレスはサクリウス姫のにおいに満たされながら、頷いた。

 サクリウス姫が手を解き、ゆっくり身体を放した。

「おやすみなさいませ、皇子殿下」

「おやすみなさい、サクリウス姫」

 シンヴレスはサクリウス姫の後ろから抱き着きたい衝動をどうにか抑えた。

 建設の方の不安はなくなった。だが、次に鎌首を上げたのは、サクリウス姫との仲のことであった。城下で見かけた恋人のようにもっと距離を近付けることはできないだろうか。サクリウス姫のもう一つの香りである香水の残り香を吸い込みながらシンヴレスは少し寂しく思っていた。



 2



 竜乗りの訓練はもっぱらサクリウス姫と行う様になっていた。

 バジスをめいいっぱい羽ばたかせ、そして竜を寄せて木剣で打ち合う。

「サクリウス姫は、私との結婚を本当に良いものだとお思いですか?」

 打ち合いを終え、シンヴレスは思わず尋ねていた。

「心から思っておりますが、やはり、歳の差が……シンヴレス皇子殿下、本当に私のような年増でよろしいのですか?」

「私は、あなたでなければ、駄目なんです。歳の差なんて関係ない。サクリウス姫が好きなんです。だから」

 サクリウス姫は辛抱強くシンヴレスの言葉を待っていてくれた。

「だから、もっとお互いの距離を縮めることはできませんか? 成人しなきゃ駄目なんですか?」

「皇子……」

 サクリウス姫は驚いたように目を見開くとバジスの背後に跳び乗って来た。

 姫の胸甲とシンブレスの背中の鎧が軽く触れ合った。そしてサクリウス姫は手を伸ばし、ゆっくり抱き締めてくれた。

「申し訳ありません皇子。あなたの愛の方が私にとっては嬉しいことであるのに、つい、身分と歳の差を気にして、触れ合うことすらできませんでした」

「私の方こそ、ご」

 と、皇子が言いかけた時、サクリウス姫が耳元で囁いた。

「ならばせめて、この空を駆ける時間を、我々の秘密の触れ合いの時間に致しましょう」

「サクリウス姫!」

 シンヴレスは辛抱たまらず、振り返った。理性が吹き飛びそうだった。だが、結果的にはそれで良かった。竜の背から足を踏み外し、シンヴレスは転落した。

「うわああっ!」

 シンヴレスは遠ざかって行く姫と竜の影を見詰めながら落ちて行った。が、指笛で姫の竜アルバーンが素早く動きシンヴレスを受け止めた。

 冷汗が流れ、緊張していたが、得体の知れない欲情は綺麗さっぱり無くなった。シンヴレスは思っていた。あれ以上は踏み込み過ぎだ。サクリウス姫を蹂躙する勢いであった。欲望という自分に負け、サクリウス姫を傷つけるところであった。

「ありがとう、アルバーン」

 シンヴレスはアメジストドラゴンに礼を述べ、その首を撫でた。

 バジスを操ってサクリウス姫が降りて来た。

「皇子殿下、お怪我はございませんか?」

「何ともありません。そんなことより……」

「良いんです。皇子殿下は男の子ですからね」

「あ、うー」

 シンヴレスはサクリウス姫に情欲に負けてしまったことを知られ、ただ呻くことしかできなかった。

「男女の営みはまだ早すぎます。今は手を交わし、身体を包み込んであげることで精一杯です。お許しください」

「びっくりさせてごめんなさい」

 シンヴレスはしょげかえっていた。

 すると、アルバーンに跳び移って来たサクリウス姫がシンヴレスを抱き締めてくれた。すぐ顔を上げれば、綺麗なお顔と魅力的な唇が待っている。だが、シンヴレスはもう欲情しなかった。サクリウス姫の精一杯を受け止め、自分がいかに焦っていたのかを思い出した。

 バジスが鳴いた。シンヴレスはサクリウス姫の胸の中からゆっくり離れた。

「さあ、もう一度、剣術の訓練をしましょう」

「はい! サクリウス姫!」

 シンヴレスはバジスの背に乗り、木剣を構えたのであった。

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