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「理想への一歩」

 シンヴレスは燃えていた。頭の中はまだ着手していないコロッセオのことでいっぱいだった。

 まずは労働者と資材の確保が先決だ。ディオンに資材について問うと、岩はどこの場所にあるのか、木材はどの辺りにあるのか、詳しく話してくれた。また、労働者の給与についてもどの辺りなら喜んで仕事に励んでくれるかなど、若き政務官の助言はありがたかった。

 シンヴレスはさっそく帝都の竜乗り達を各地への使者として派遣した。

 手応えがあるかは分からない。

「サクリウス姫、コロッセオは城下の南に造ります。そこに宿を多く建設して戦士や歌手達の宿場町として賑わせたいのです」

「皇子殿下の御心のままに進むことを祈っています。ですが、今は修練の時間です。いきますよ!」

「負けませぬ!」

 シンヴレスは僅かな時間を更に縫う様にして、鍛練も政務も、自分の立案も推し進めていった。

 そんな時、帝都に二十人ほどの大工達が訪ねて来た。

 報せを聴いたシンヴレスは踊り出したい気持ちを抑えて彼らに会いに出向いた。

 屈強な体格をした老いも若きも二十と二人が、目通りを願っていた。

「闘技場とやらを造ると聴いて仲間と訪ねて来たんだが」

 代表者は白髪交じりの年季の入った出で立ちをした男であった。

 謁見の間でシンヴレスは彼らと対面していた。が、彼らは平伏する様子は無かった。何か不満があるのだろうか。シンヴレスは逆に緊張をしながら応対した。

「そうですね、コロッセオ、闘技場です」

「規模は?」

「規模? えっと……」

 シンヴレスは迂闊を衝かれしどろもどろになった。すっかり抜けていた。

 大工らの真面目な視線を受けてシンヴレスは言った。

「十万人ぐらいが入れるぐらいの大きさで良いかな。いえ、十万人が収容できる規模です!」

 十万という数字は予め、ディオンと話していた。平素は闘技場は開催するがさほど客が入らないだろうと見越しての数字であった。

「なるほど。思ったよりも小さいな」

 大工らが顔を見合わせて頷き合った。

「あとは周辺を宿場町にしたいのでそちらの建設もお願いしたいのですが」

「聴いております。その仕事、是非とも我々に御命じください」

「ありがとうございます、よろしくお任せいたします」

 代表者はウルドと言った。領内各地で大工仕事や土木作業に取り組んでいる精鋭を率いる親方だった。

 ウルドは話が決まると、すぐに王都の竜乗り達を借りて、仲間を呼び集める傍ら、場所の視察にも出向いていた。

 丘の上にある王都を下り、なだらかになったところをシンヴレスは予定していた。ウルドも頷き、ここにコロッセオと宿場町ができることになった。

 ウルドの仲間は次々訪ねて来た。シンヴレスは帝都の宿を彼らの寝床として借り上げ、ウルドを正式に棟梁に任命した。

 材木や岩を集めるために竜の力も必要とのことで、着工前に、約三百人の労働者とともに、竜神への祈祷を捧げた。聴けば先の戦争では賢き竜と暴竜とが現れたらしい。竜を酷使するので、彼らにその許しを得るために台座に料理を並べ、祈りを捧げたのであった。

 そうしてウルドの指揮の下、さっそく空からも陸からも資材が運び込まれると、労働者達はまずは加工に取り掛かった。

 多忙なシンヴレスだが、毎日、サクリウス姫と護衛の鬼らと共に様子を見に訪れ、大工作業、土木作業の様子に胸を躍らせていた。更には兵士らもウルドの指揮下に入り、力仕事に奔走する傍ら、大工技術を学んでいた。

 ウルドとディオンとそれぞれの設計図を大まかに決めて、目算したところ、ウルドには二年と半年は掛かると言われた。

 待ちきれなかったシンヴレスは、早く完成させるほど、褒賞金を多く出そうと立案した。

 ウルドは更に人を集め始めた。そのため、宿が埋まり、まずは自分達の泊まる宿を完成させる方向で進んで行った。

 木造の骨組みをシンヴレスは初めて見て驚いた。こんなに複雑に支柱が張り巡らされているとは思わなかった。家とは高い買い物だが、それがよく分かる一面だった。

 シンヴレスはここに来るのが好きだった。サクリウス姫を連れて、労働者の皆の働きと、形になって行く建物を見て、わくわくした。彼の脳裏にも設計図はある。必ずしもそうなるとは限らないが、理想像を想像し毎日毎日胸を躍らせた。

 ウルドとも気軽に連絡を取り合えるようになると、シンヴレスは、視察に出るのを数日ごとにした。少ない時間を切り詰めた結果、特に剣術がおろそかになる可能性がある。シンヴレスは己を鍛え、政務をもこなした。だが、蔑ろにしていたことにも気付いた。それはサクリウス姫のことだ。

 ダンハロウの挑戦状をクリアし、婚約者として正式に決まったわけだが、忙しくて彼女を誘えるのは隙間時間の剣術のみであった。

「サクリウス姫、ごめんなさい。毎日、つまらなくはありませんか?」

 ある日、シンヴレスはそっとサクリウス姫に謝罪し尋ねてみた。サクリウス姫は微笑み言った。

「シンヴレス様が頑張っているお姿を想像するだけで胸がいっぱいです」

 シンヴレスは思った。姫は気遣ってくれている。どうにか手段は無いものか。

「おそれながら」

 ダンハロウ老人が歩んで来た。

「皇子殿下の竜乗りの訓練の時間に姫様も御同道願えれば、この老人は嬉しく思います」

「それは良い! サクリウス姫、是非、一緒に空を飛びましょう!」

 シンヴレスは我を忘れてサクリウス姫の手を取り、見上げた。

「分かりました。是非ともよろしくお願いいたします」

 こうしてシンヴレスは、午前中いっぱいを空と竜舎でサクリウス姫と過ごすことになった。師である老兵グランエシュードもシンヴレスとサクリウス姫の腕を見込み、二人に任せ、自分はダンハロウと談笑しながら二人の帰宅を待っていた。

 空では、バジスとアルバーンの背の上で木剣の音が響き渡っていた。

「私達にとって竜と剣は手放せない物になりそうですね」

 シンヴレスは打たれた籠手を押さえて笑いかけた。

「そうですね」

 サクリウス姫が頷く。

「まだ早いですが、私達の結婚式は甲冑で行われるかもしれないですね」

「皇子殿下のお望みのままに」

「だったら、ウェディングドレスを着てください! サクリウス姫なら似合います!」

 サクリウス姫は頷いた。

 そして再び、覇気のある声と、木剣の衝突する音が虚空に響いたのであった。

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