「サクリウス姫とずっと一緒」
シンヴレスの日課は変わらない。更に剣術に磨きをかけるべく朝早く起き、鬼かカーラの指導を受ける。朝食を済まし午前中いっぱいは竜乗りとしての訓練に励む。昼食後、政務をこなし、夕食との僅かな間にも鍛練を欠かさない。そして夕食を終えると、鬼とカーラと共に屋外演習場を駆け回る。最後に湯に浸かって睡眠だ。
サクリウス姫と会えるのは時々は竜舎でだが、朝昼晩の食事の際は共に食事をした。
足りない。サクリウス姫との触れ合いが。
シンヴレスはそう悩んでいた。食事の際は父である皇帝も同席するため静かなものだった。
ベッドに仰臥し、天井の闇を見詰めて悩んでいると、外から鬼が言った。
「御曹司、サクリウス姫様の御越しです」
シンヴレスは慌てて跳び起きた。寝間着のままであることを忘れ、扉に向かって駆けた。
開くとそこには紫色を基調にした寝間着姿のサクリウス姫が立っていた。
「サクリウス姫、どうかしたのですか?」
「皇子にお願いがあって参りました」
玲瓏な声でサクリウス姫は言った。
「何でしょうか? 遠慮せずに言って下さい」
と言いつつ、シンヴレスはつい身構えていた。
「では、遠慮なく。私を皇子の仲間に入れて欲しいのです」
「仲間に?」
「はい」
サクリウス姫は頷いた。
「鍛練のお仲間にです」
シンヴレスはどうすべきか軽く思案した。が、サクリウス姫が元王国七剣士であり、立派な竜乗りであることを思い出した。鍛練はさほど厳しくは無いだろう。
「鬼、良いかな?」
それでも確認を取るために鬼を見る。
「御曹司の思うままにお返事をなさって下さい」
鬼は穏やかな声でそう言った。シンヴレスは心が弾んだ。
「是非是非、一緒に頑張りましょう!」
こうしてサクリウス姫が鍛練の仲間に入った。
2
朝、シンヴレスは緊張していた。サクリウス姫と稽古だ。情けないところは見せられないぞ。皇子はそう言い聞かせ、扉を開き、鬼に挨拶し、侍女の待機部屋に声を掛けた。
白い甲冑に身を包んだシンヴレスは、隣のサクリウス姫を訪れた。そこに待っていたのは既に鎧に着替えていたサクリウス姫であった。
「お待たせしてしまいましたか?」
シンヴレスが言うと、サクリウス姫は苦笑いを浮かべた。
「皇子と共に居られる時間が増えると思うと、夜もなかなか眠れず、甲冑に着替えて瞑想しておりました」
「眠らなかったのですか!?」
「ええ」
何と言うことだろう。お互いが近付けた安心感でシンヴレスは眠り、サクリウス姫は眠れなかった。どれだけ自分はおめでたい奴なんだろうか。
「大丈夫ですか?」
「はい。戦場では眠らず番をして備えていたので」
サクリウス姫が頷いた。シンヴレスは少し考えて、言った。
「それなら朝食まで眠りましょう。私が側に居ります」
「問題ございません。鍛練の方を」
「もう戦争はありません。自分を今までの分、労わって上げてください」
シンヴレスが強く勧めるとサクリウスは心が折れたように答えた。
「分かりました。朝食までの間、少し眠らせていただきます」
不意にシンヴレスは右腕を掴まれた。サクリウス姫がこちら見ている。
「御側にいらして下さると申しされました」
「え? でも、女人の部屋に勝手に入るのは」
「部屋の主が許可します」
シンヴレスは腕を引っ張られ、部屋の扉は閉められた。
サクリウス姫が甲冑を脱ぐのを手伝っていると、鍛えられた肩と腕の筋肉に、強靭な脚も見えた。
サクリウス姫は、下に着ていた服の上にガウンを羽織り、ベッドに横になった。
シンヴレスはただ茫然と見ているだけであった。
「皇子殿下、何年も会えなくて寂しかったのは私も一緒です」
ベッドに入りサクリウス姫は右手を伸ばした。シンヴレスはその手を軽く握った。
「お寂しい思いをさせてしまって申し訳ありませんでした」
サクリウス姫のか細い呼吸が聴こえた。シンヴレスはゾクゾク感などしなかった。ただただここまで待たせてしまったことを申し訳なく思った。
三時間、シンヴレスはサクリウス姫の寝顔を眺め、手を握りながら、見守っていた。この手だけは姫が起きるまでは絶対に放さない。そう決めていた。
そうして朝陽が優ると、カーテン越しに部屋の風景が見えてきた。部屋いっぱいに竜の絵が敷き詰められ、飾られている。叔父であるドラグナージークの家も竜でいっぱいだった。
机の上には画材一式が広げられていた。
サクリウス姫が目を覚ました。
「おはようございます、サクリウス姫」
「おはようございます、シンヴレス皇子」
サクリウス姫は身を起こし、床に立った。そしてガウンを脱ぐと、甲冑を着け始めた。
シンヴレスも手伝いに赴いた。
「姫様は本当に竜がお好きなのですね。作品の数々、どれも見事です」
「ありがとうございます。今は戦争も終わり、人と竜が共存する世界になろうとしています。もう、私が竜が好きであることを隠しておく必要は無くなりました」
「苦しかったですね」
「ええ、苦しかったです。でも、それももう終わりました」
「はい」
シンヴレスは力強く頷いた。
サクリウス姫が微笑んで兜を脱いだシンヴレスの頭を撫でた。その優しい感触にシンヴレスは思わずうっとりした。
「シンヴレス皇子は、可愛らしさと、逞しさを持っています」
「サクリウス姫も、強くてお優しい方です」
二人は向かい合った。
サクリウス姫が腰を屈め顔を近づけ、シンヴレスの前髪をかきあげ、額にそっと口付けした。
シンヴレスはドギマギしながら茫然と年上の姫を見上げた。
サクリウス姫は左手の人差し指を立てて、微笑んだ。
「愛してます。内緒ですよ」
シンヴレスは頷くので精一杯だった。




