「十四歳の意地」
シンヴレス皇子はこっそりと歳を重ねていた。ついに来てしまった。十四歳だ。父である皇帝には誕生日を祝う儀式を控えて貰う様に言ってある。何故なら、十四歳でダンハロウ老人を剣で納得させ、サクリウス姫を取り戻すと決めたからだ。誕生日よりも後者の方が大事だし、言った手前、格好がつかない。それでも、控室の侍女と鬼とカーラ、そして絵手紙でアーニャからは祝われた。
「鬼、ダンハロウさんを屋外演習場に呼んでくれない。私はカーラさんと先に行っているからよろしく」
「はっ」
鬼が歩み去る。シンヴレスは何となくカーラを振り返った。
「大丈夫、自信を持ちなさい」
「ありがとう」
二人は屋内演習場へと足を運んだ。
2
昼間の演習場は静かだった。ちょうど兵士達が食事に戻ったらしい。
「カーラさん、ウォーミングアップを手伝って」
「どこからでも打ち込んできなさい」
シンヴレスはグレイグバッソを遠慮なく次々振るった。カーラもグレイググレイトを動かし、次々受け止める。良い音が木霊している。シンヴレスはそう思ったが、油断大敵だ。だが、十一の時よりも、十二の時よりも、去年よりも、格段に膂力も上がり、剣捌きも様になっているような気がした。
ダンハロウがどこまで求めているのか、それが分からないのが不安要素である。だが、駄目なら駄目で挑むだけだ。自分で宣言した十四歳が最後の砦なのだから。
「良い音が聴こえましたな」
老紳士ダンハロウが鬼と共にやってきた。礼服を着て、シルクハットをかぶっている。白い髭の口元は穏やかで優し気に歪んでいたが、目は油断なくこちらを観察している。
「御足労いただいてありがとうございます」
「いいえ」
二人は見詰め合い、少し黙った。
一見隙だらけでまるで隙が無い。シンヴレスはそう思った。
「では、御判断の程をよろしくお願いいたします」
「分かり申した」
ダンハロウは籠付きの剣を手に取った。シンヴレスはグレイグバッソを正面に構えた。
「鬼、審判を」
「はっ。それでは両者構えて。よろしいですな?」
ダンハロウが頷き、シンヴレスもダンハロウから目を逸らさず頷いた。
「始め!」
シンヴレスは突っ込んだ。一気に間合いを詰め、剣を薙いだ。ダンハロウは剣で受け止めニコリとしたがそれだけだ。当たり前だ、こんな膂力の出し損ないで納得されてもらっては、逆に自分が修練に費やした三年間が虚しくなる。
ダンハロウが足払いを仕掛けて来た。シンヴレスはその足を踏み付けた。ダンハロウの目が見開かれる。シンヴレスは剣を突き出した。だが、ダンハロウ剣を戻し払って、脱出した。シンヴレスは追う。剣を下段から振り上げる。ダンハロウ老人のシルクハットが飛び、綺麗に整えられた白髪頭が顔を出した。
シンヴレスは息を吐いた。途端にダンハロウの目が鋭くなるや、切っ先が突っ込んで来た。
シンヴレスはダンハロウがやった様に剣を戻して受け止めるが逸れて受け流す感じになった。
「今だ!」
シンヴレスは一気に薙いだ。
しかし、剣は空を切った。ダンハロウはスライディングし、シンヴレスの背後に回った。
焦ったシンブレスは振り返り様に剣を横一杯広く振るった。
鋼の音が木霊した。だが、ダンハロウ老人は軽くニコリとするだけであった。
両者は睨み合った。
シンヴレスは少しずつ間合いを詰め、上段から剣を振り下ろした。ダンハロウ老人は得物で受け止める。シンヴレスは、ここだと思い、気勢を上げた。
「喰らえ!」
全身全霊を捧げた一刀両断は、下手すればダンハロウを脳天から斬り殺していたかもしれない。鋼の叫びが轟き、両者は刃越しに睨み合った。
ダンハロウ老人がニコリとした。
「大層腕を上げられましたな皇子殿下。見事な音色、痺れ、いや、本当によく頑張られた」
油断なくシンヴレスは尋ねた。
「認めてもらえますか?」
「喜んで。姫様をよろしくお頼み申し上げますぞ」
「そこまで」
鬼の声が響き、シンヴレスは呼吸を荒げながら、ダンハロウをもう一度見た。老人は頷いた。
「皇子、凄い。火花ばっかり見えたわよ」
カーラが言った。
そうか、火花を見せるまでに私の剣術や力は上がっていたのだな。シンヴレスは冷静にそう思った。
「鬼、カーラさん、ダンハロウさんも、ありがとう。でも、まだまだ稽古は続けるよ」
「それでしたら成人する十六歳になるまで御預けということでよろしいですかな?」
ダンハロウが言い、シンヴレスは慌てて声を上げた。
「駄目です! 駄目です! 今回のこの勝負で」
「はっはっはっはっは」
ダンハロウ老人は笑った。
「冗談です。姫様も陰ながらあなたを見守って御出ででした。さぁ、行って上げて下され」
「分かりました」
シンヴレスは鬼を連れて城へと戻った。カーラはせっかくの機会と、ダンハロウと勝負していた。
ゆっくり歩いているはずなのに。廊下を駆ければはしたない子供だと思われるだろうに、それでも今は走りたい。
シンヴレスは我慢できず駆けた。
城の階段を上がり、サクリウス姫の部屋へと来る。
ノックをすると、人影が姿を見せた。
「サクリウス姫じゃない!?」
それはメイド達だった。
「皇子殿下、おはようございます。サクリウス姫様ならお出かけになられました」
「何てことだ! すまない、邪魔したね!」
シンヴレスは再び回廊を駆けた。謁見の間、食堂、居ない。竜舎か?
シンヴレスは竜舎へ急いだ。城門で馬を借り、鬼とともに西を目指す。
大きな建物が見えて来た。
「シンヴレス皇子、おはようございます」
警備兵が敬礼した。
「うん、おはよう。いつも御苦労様。竜舎が安全なのはあなた達のおかげです」
「そ、そんな勿体無いお言葉」
という警備兵の声を聴き流し竜舎へ入る。
竜達と職員らの姿が見える。老兵グランエシュードが飛び出し口の前でパイプを吸っていた。
「グランエシュードさん!」
「おや、皇子殿下」
「サクリウス姫は空ですか?」
「左様でございます」
シンヴレスはバジスの方へ駆け出した。フロストドラゴンは興味深げに主を見た。
「バジス、ごめん、空を飛んで欲しいんだ」
バジスは分かったように手綱に引かれて飛び出し口まで歩んで来てくれた。
シンヴレスはバジスの背に立った。
「御曹司、お気を付けて」
「うん。行こう、バジス!」
バジスは翼をはためかせ、空へと発った。
雲一つ無い晴天である。サクリウス姫を見付けるのは容易いかどうか。
しばらく直進し、右か左か悩んだ末に左に大きく曲がった。
だが、サクリウス姫はいない。
結局、竜舎へ戻る。
「鬼、駄目だった、サクリウス姫は見つからなかった……よ?」
顔を向けた時、そこに探していた人が見つかった。流れるような金色の髪に右目の黒い眼帯。
「何故?」
「鬼殿から聴きました。皇子」
「サクリウス姫!」
シンヴレスは腕を広げてアメジストのような紫色のチュニックを着たサクリウス姫の胸に飛び込んだ。
「やっとやっと、あなたと共に歩むことが出来るようになりました」
「頑張りましたね、皇子」
「はい!」
嬉し涙がとめどなく溢れ出て来る。鬼も、グランエシュードも、竜舎の職員も、竜達も居るというのに、シンヴレスは愛しき人の胸の中で泣きに泣いたのであった。




