「帰郷」
皇帝よりいただいた休暇も終わりを迎え、シンヴレス達は帰郷することにした。
ドラグナージーク、ルシンダ、リカルドが外まで見送りに出てくれた。
「凄いな、バジス、甲冑着きの三人を運べるのか」
叔父であるドラグナージークが言った。
「バジス!」
リカルドがフロストドラゴンを指さして声を上げた。途端にルシンダとドラグナージークが顔を見合わせた。
「そうだよ、リカルド。大きくなったら乗せて上げるからね」
シンヴレスは竜の上で微笑む。もし、リカルドが自分や父母と同じ竜乗りの道を歩むというのなら、その時はたくさん協力しよう。自分がたくさん色々な人にお世話になってるように。
「それでは、叔父上、叔母上、今度は帝都に来てください。待ってます」
「そうだな」
ドラグナージークが言った。
「カーラさんも、色々頑張ってね」
「あ、ありがとうございます、ルシンダさん」
この数日間、カーラもルシンダを相手によく頑張ったようだ。グレイググレイトを腰に提げ、カーラは頷いた。
「バジス!」
バジスは声を上げ、羽ばたき始めた。翼が厚みのある風を孕む音がする。
「シュンプリュス! アイアイ!」
「バイバイ、リカルド! それっ!」
手綱を振るとバジスは空へ上がり旋回する。
ドラグナージーク達が小さな影になって見える。
「良い人達だったわ。理想の家族よね」
カーラが言った。
「そうですね、私もサクリウス姫と必ず正式に認められた上で家族になって見せます。だから、二人とも、帝都に帰っても私のことを鍛えてくださいね」
「皇子殿下がそう申されるならば」
鬼が初めて口を開いた。
「まぁ、半分はあたしの稽古にもなるけどね。力になるわ」
カーラが言い、シンヴレスはバジスを帝都方面へ飛ばしたのであった。
2
シンヴレスは朝早くに起床した。ここがどこだか分かる。帝都の自室だ。
ガランへの旅は途中の町で一泊し、昨日帰って来れた。シンヴレスはバジスをもっと自由に飛ばせることを竜に誓い、そして強くなることを剣と仲間達に誓った。
侍女に甲冑を着せてもらうと、シンヴレスは廊下で番をしていた鬼と合流し、剣では無く、誰もいない演習場で走り込みをした。
鬼はまさしく不動で先頭を譲らない。どれだけ鍛えられた足腰と心肺と体力なのだろうか。細い目が時折振り返り、叱咤激励してくれる。シンヴレスは本気で喰らい付いた。
そうして始まった一日だが、不思議と休暇を貰う前より、身体が楽に感じた。
バジスを午前中いっぱい自由に飛ばせる約束を果たした。
ディオンとの政務のやり取りだって、暇では無かったが、集中力がついたような気がする。それに民からの訴えを無下にしてはいけない。ガランで色々な出会いがあった。それがシンヴレスを少し大人へと成長させた。みんなの期待を背負うのは重いが、それが王者の子として生まれた者の宿命であるし、だからと言って諦めたわけでは無く、自分自身が民の力となって、一体となり、竜の国を発展させたいと強く心に思ったためだ。
「ガランへ行かれたとか」
ディオンが書類から目を上げて優し気な顔を向けて来た。
「ええ、色々な人達に会いました」
「きっとその出会いは殿下の力となるでしょう」
「ありがとう、ディオン」
ディオンとも連携を深め、書類の山を捌いて行く。そうして夕暮れ、政務を終えると、鬼とカーラがいる中庭へと足を運んだ。
鬼とカーラは交代でシンヴレスの部屋の見張りと朝練の相手をしてくれている。その三人が揃う時がこのタイミングであった。
カーラはグレイググレイトを振るい、シンヴレスはグレイグバッソを共に素振りする。鬼が木剣で正しい姿勢を見せて前方で指導に当たる。
ある日、木剣で鬼と打ち合った際に、微かに音が聴こえた。
鬼もそうだったようで、二人で確認すると、打ち合った木剣の両方ともにひび割れが走っていた。
「御曹司、よくぞ、ここまで」
鬼はそう言うと目頭を押さえた。
カーラがハンカチを渡すと、鬼は涙を拭って言った。
「御曹司、あなたに向ける剣は無いと言いましたが、ここまで来てしまった以上、私も真剣でお相手をしましょう」
鬼の後ろでカーラが笑顔で頷いて見せた。
「ありがとう、鬼。カーラさんも」
シンヴレスは十三歳にして強靭な力を手にするまで至った。だが、分かる。まだあと少し足りない。ダンハロウ老人に御足労願い力を測る手もあったが、自分で気付いている以上、そうはしなかった。
果たして、中庭には乾いた木の音では無く鋼の音色が木霊するようになった。
侍女が、メイドが、兵士が、文官が、料理人達が足を止め、中庭を眺めやるようになった。そして誰が話したのかは知らないが、シンヴレスが十四歳になったらサクリウス姫を取り戻すため王国七剣士の付き人と勝負をするという真相が城内に流れてしまっていた。
「ダンハロウさんや、サクリウス姫を悪者にしないこと!」
シンヴレスは見物人達の声に応え、必ずそう付け加えた。いつしか、シンヴレスは城内では英雄のように扱われていた。
「その英雄になるために頑張るんだ」
シンヴレスは部屋で仰臥し、一人呟いた。
成長したのはシンヴレスだけでなく、竜のバジスもであった。体長が一気に六メートル近くになった。だが、人懐っこさと、腕白さは健在で、竜乗りの師、老兵グランエシュードを驚かせるまでに安定した羽ばたきを見せた。
「やはり竜は空でこそ輝くものですな。後方から見て、実に絵になります」
緑色の竜、フォレストドラゴンを寄せて老兵はそう言った。
シンヴレスの努力詰めの十三歳も程なく終わろうとしていた。




