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「空での稽古」

 シンヴレスはバジスに乗り、三メートル以上体躯の差があるレッドドラゴンと向かい合っていた。騎乗者は勿論ドラグナージークその人である。

 天気は穏やかだが、細やかな小雨でさえ、空では脅威だとドラグナージークは言った。

「空の上では、最初は多少臆病の方が良い」

 ドラグナージークが言った。二人はバスタードソード型の木剣を手にしている。

 両者は接近し、擦れ擦れまで竜を寄せた。

「軽く打ち合ってみよう」

「はい!」

 二人は木剣をぶつけた。

「よし、そのまま、軽く振るから受け止めて見せなさい」

「はい!」

 ドラグナージークは単純な位置から木剣を振り下ろし、あるいは振り上げた。このぐらいなら老兵グランエシュードとの訓練で慣れていた。それに一度、泥棒だって捕まえた。サクリウス姫がいなければ死んではいたが。

「よし、それじゃあ、シンヴレス、手綱から左手を放せるか?」

 その言葉にシンヴレスは少しだけ緊張を覚えた。もし、転落してもバジスはまだ助けてはくれない。ドラグナージークは慣れたように手綱を放し、両手で木剣を構えた。

 ええい、私だって!

 シンヴレスも思い切って手綱を放したが、脚と肩に恐れのあまり力が入っていた。

 どうしたんだろう、私は泥棒だって捕まえたのに。それはシンヴレスの自信にもなっていた功績であった。

「上段から打つ」

「はい!」

 シンヴレスは正面に剣を構えた。

 軽く風を裂く音がし、シンヴレスの木剣に多大な力が加わり押し込もうとする。膂力の差だ。あれだけ毎日鍛えているのにと、シンヴレスは悔しい思いをした。

「なるほど」

 ドラグナージークが言った。

「何ですか?」

「いや、シンヴレスはまだバジスに心を許していないところがある。だから動きが固いんだ」

「バジスを? そんなことありません、バジスとはずっと上手くやってきました」

「ふむ、ならばこれをどうする?」

 剣が来るのかと思ったが、それはドラグナージークの足払いだった。

 シンヴレスは避けようと思ったが間に合わなかった。

「わぁ! 落ちる!」

 心臓が張り裂ける思いだった。必死に手を伸ばしバジスの掴むところの無い背に慌てて左腕を彷徨わせていた。

「シンヴレス、落ち着いて」

 ドラグナージークに言われ、シンヴレスは藻掻くのを止めた。情けないところを見せてしまった。失望されただろうか。

「申し訳ございません」

 シンヴレスは立ち上がり、そう言った。

「シンヴレスの不安は何だい?」

「実は以前、竜泥棒を空で捕まえたことがあるんです。でも、落下してしまって。サクリウス姫が助けてくれましたが、バジスはそうしませんでした。だから落ちるのが怖いのだと思います。勿論、私が」

「竜のために戦ったのだな、大したものだ。よし、巡回ついでに少し飛ぼう、ついておいで」

「はい! バジス、行くよ!」

 ドラグナージークが先行し、先に発った。と、思いきや、突然反転してレッドドラゴンを空で立ち上がらせた。

「叔父上?」

 レッドドラゴンの口の端から火が溢れているのを見た瞬間、シンヴレスは察した。シンヴレスはバジスの手綱を振るい、右へと逃れた。少し遅れて、開かれた口からレッドドラゴンの炎が追いついてきた。尻尾の先が触れたらしく、バジスが小さく悲鳴を上げた。

「シンヴレス! この状態から見事私に剣を突き付けて見せろ!」

 ドラグナージークが吼えるように言った。

 そんな、かないっこない。年季が違う! だが、このままだとバジスが火傷を負う。

 シンヴレスはバジスを飛翔させた。周囲を回ろうとするとレッドドラゴンも動いて炎の壁がどうしても正面を邪魔する。

 何か、何かを忘れている気がする。

 炎が追いついてきたので、シンヴレスはバジスを更に上昇させた。

「ねぇ、バジス。君が大好きだよ。君のことを信頼していないなんてあり得ない」

 バジスがこちらを振り返った。

 その顔は任せろと言わんばかりに口から冷気を溢れさせていた。

 これだ! いつもバジスに頼らない戦いばかりしているからこうなるんだ。

「行こう、頼むよバジス!」

 シンヴレスは炎目掛けて突っ込んだ。赤々とした壁が迫る。

「バジス、冷気を吐いて!」

 その言葉を待ってましたとばかりに、バジスは思いきり、猛吹雪のような白い息を吐き出した。

 紅蓮の炎とぶつかり、炎の壁が力を失っている。

「今だ! 突っ込むよ、バジス!」

 冷気を発したまま、バジスはそのまま正面の炎を霧に変え、気付けばレッドドラゴンの咢が顔面にあった。

 バジスを信じる。

 それは危険な賭けでもあった。落ちればバジスは助けに来ない。

 バジスとレッドドラゴンが交錯する。

 その衝撃を受け、耐え忍び、シンヴレスは跳び下りた。

「叔父上、いかがです!?」

 木剣を突き付けられたドラグナージークは目を丸くしていた。

「シンヴレス!」

 ドラグナージークは驚嘆するように声を上げた。

「全く無茶をする。今のは竜との息が合っていなかったら焼かれて死んでいたぞ」

 ドラグナージークは肝を潰したように言った。

「ダメでしたか?」

 恐る恐るシンヴレスが尋ねると、ドラグナージークはかぶりを振った。

「いいや、バジスの性格も分かったろう?」

「はい、今まで窮屈な思いをさせていたと思います。バジスは思った以上に腕白みたいです」

「そうだな。褒めてやりなさい」

 ドラグナージークに言われ、シンヴレスはバジスの首に触れて撫で回した。バジスは暴れたかったのに、ずっと我慢ばかりさせていたんだ。

 バジスが甘い声で鳴くのを久々に聴いた気がする。

「さぁ、行こうか。バジスの思うままに駆けさせてやりなさい」

「はい、バジス! 飛ぼう」

 バジスが返事をする。シンヴレスは今まで帝都付近しか飛んでいなかったので、バジス共々、長い飛行を楽しんだのであった。

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