「シンヴレスの提案」
翌朝、旅の宿、岩窟亭から三つの影が歩み出て来た。
少しだけ残念な曇りの天気だ。だが、シンヴレスは雨が降っても降らなくても、これを朝の日課にしようと心掛けた。
叔母ルシンダの指導で、足腰が頼りないことを告げられたので、同じく意気込むカーラと共に鬼に頼んで早朝の人気の無い迷惑の掛からない時間帯の町を走ることにした。無論、自分の脚でだ。
甲冑を着たまま涼しいこの時を、鬼を先頭にシンヴレスとカーラは続いた。
三人とも甲冑を着ている。カーラが遅れ気味なのは、鍛冶師ギルムから託されたグレイググレイトを手にしているからだ。
甲冑の揺れて擦れる音と、シンヴレスとカーラの息遣いが聴こえ、鬼には珍しく、叱咤激励を飛ばしてくれた。僅かに活動を始めている町の人々はそんな三人をただ眺めやるだけであった。
城で外周を頑張って走っていたので、シンヴレスにも体力と自信はあった。その他にも彼は色々なものを心の中で燃やしていた。
だが、ガランの町は広い。カーラが落伍し、先頭を走る鬼は素早く気付いて足踏みしながら振り返った。
「剣を渡せ、そうすれば少しは楽になるだろう」
鬼が言うとカーラは息を喘がせ、その場に前のめりに崩れ落ちた。
「カーラさん!」
「くそっ、脚が動かない」
鬼とシンヴレスは慌てて駆け寄った。カーラは何とか立ち上がろうと藻掻いていた。
「仕方あるまい。歩けるか?」
「まぁね……ごめん」
カーラが悔し気に言った。共に走っているシンヴレスにはその思いがよく分かっていた。
道の端に寄り、休んでいると、ついにガランは活動の時間帯となった。
鬼が水を調達しに出ている間、シンヴレスもカーラも荒い呼吸がなかなか止まらなかった。
「申し、どうかされましたか?」
そう声を掛けてきたのは、司祭の若い男であった。
「ちょっとね、朝練をね。続かなかったけど」
カーラが自嘲すると、司祭は穏やかな笑みを引っ込めてカーラの剣を見て驚いていた。
「それはそのはずです。その剣は並の重さでは無いでしょう」
司祭はグレイググレイトを知っているらしいことが分かった。
「うちの竜乗りのルシンダでさえ、苦労して体得した剣です。ルシンダはこの町、自慢の竜乗りの一人です」
司祭の言葉にシンヴレスとカーラは頷いた。
「しかし、これがもう一振りあるとは思いませんでした」
「このカーラさんは鍛冶師のギルムさんに見込まれて剣を託されたんです」
シンヴレスが言うと、司祭は驚きに目を見開いた。
「そこまで……あなた方はただの姉弟ではなさそうですね。弟殿はまるで帝都を象徴する様な白塗りの甲冑を着込まれている。まぁ、そんなことよりもうちの教会で休んで行かれなさい。すぐそこです」
「ありがとうございます」
ちょうど、都合よく鬼が帰って来るところであった。
2
教会で休んだ後、三人は宿へと戻った。一風呂浴び、食事をすると、カーラが言った。
「悪いんだけど、あたしはこの町では別行動を取らせてもらうわ。鬼、皇子の護衛よろしくね」
「それは良いが、お前はどうするんだ? 一人でへばって倒れて大騒ぎになったら大変だぞ」
鬼が不安げに言ったが、カーラはかぶりを振った。
「ルシンダ殿に教えを乞うわ」
「だが、ルシンダ殿とて、この町の竜乗りだ。仕事の時間だってあるだろう」
「それは、そうだけど……」
カーラが声を落としたのを見て、シンヴレスは妙案を思いついた。
「カーラさんは叔母上に教えてもらいなよ。せっかく同じ剣があるんだから、帝都へ戻るまで少しでも感覚を掴んで置くべきだよ。それで、私は叔父上に教えてもらう」
「しかし、それではドラグナージーク殿達の巡回の任務が」
鬼が口を挟む。
「うん、だから、空で教わる。立派な竜乗りになることも私の夢の一つなんだからね。巡回に付き合いながら稽古をつけて貰うよ」
「……そうなると、私はどうしたら?」
鬼が問う。
「カーラさんを応援してあげてよ。護衛には叔父上がいるから大丈夫だよ」
鬼は腕組みし思案した。
「分かりました、そのようにしましょう」
そして三人は今日も親戚の家を訪れた。
「シュンプリュス! ははうえ、シュンプリュス!」
玄関に出ていたリカルドが出迎えた。
「あら、おはよう。熱心ね」
ルシンダが出て来た言った。
「おはようございます、叔母上」
「ええ、おはよう」
そうして奥からドラグナージークが顔を見せた。精悍な顔つきとはこういう人を言うんだと、シンヴレスは羨ましく思った。
「シンヴレス、今日はどうする?」
ドラグナージークが問う。青いチュニックを着ている。
「お願いがありまして。叔母上はカーラさんを教えて欲しいんです」
そうしてカーラを見たルシンダが声を上げた。
「あなたもそれを?」
グレイググレイトを見てルシンダが言った。
「ええ。ギルムさんに託されました」
カーラが答えるとルシンダは嬉しそうに応じた。
「これは楽しみ。帝都に帰る前に剣に慣れるように頑張りましょう」
「お願いします!」
カーラが頭を下げた。
「それで、叔父上、叔母上が巡回に出られないので、私が叔父上の巡回に付き合います」
ドラグナージークは頷いた。
「空で教わるということだな?」
「はい、竜乗りとして、教えていただきます。その訓練は私の将来に大いに役に立つはずです」
シンヴレスが言うと、ドラグナージークはシンヴレスの兜を優しく叩いた。
「サクリウス姫も素晴らしい竜乗りだった。そうだな、求めている稽古とは違うが、少し遠回りになるだけだ。直接的には剣を扱うのはどこの場所でも一緒さ」
「では、叔父上」
「よし、竜舎へ行こう」
「はい!」
こうしてシンヴレスは空で稽古を積むことになったのであった。




