「叔母の太刀筋」
目の前には闘志満々の叔母、ルシンダがいる。彼女は半分振りかぶるように大型の木剣を構えた。
シンヴレスはあえて下段に構えた。剣は両手で握っている。避ける気は端から無かった。自分は剣を教えてもらいに来たのだ。そうほぞを固める。
「始め!」
審判のカーラの声が轟き、振り下ろされる剣をシンヴレスも打ち返した。木の甲高い衝突音が木霊する。
二人は競り合った。ルシンダの顔が嬉しそうに見えた。それはおそらくシンヴレスが逃げなかったからだろう。競り合いもルシンダが制していたが、何故か向こうから離れた。
ルシンダは剣を真横に大きく溜めると、こちらの様子を窺った。
薙ぎ払いが来るだろう。それも強烈なものだ。しかし、逃げるものか。シンヴレスは剣をまたも下段に剣を構え、ルシンダへ斬りかかった。
鋭い風の音色、木剣が圧し折れんばかりに痺れが腕から身体へ流れてゆく。叔母の渾身の薙ぎ払いをシンヴレスはどうにか見極めたが、危なかった。いや、見えてはいなかった。ただサイドから来ることを予測出来る剣技で叔母がその通りにしたので防いだまでのことだ。
「見えた?」
「ああ、だが、速い」
カーラと鬼の声が聴こえた。
「シュンプリュスがんばえー!」
リカルドが応援したのは母ではなく従兄だった。
だが、ルシンダは顔色を変えない。今度は突きの構えを見せた。シンヴレスはどうあしらえば良いか困惑した。こればかりは躱すしか無いのか。
否と思う。躱せば叔母の太刀筋から目を逸らすことになる。自分は剣を習いに来たのだ。
ルシンダが剣を突き出す。シンヴレスはまたも下から打ち上げようとするが、ルシンダは剣を引っ込めた。フェイントだ。シンヴレスはまんまと乗せられ、空を斬っていた。叔母が大上段に構え、踏み込んで来た。
シンヴレスは腰を捻り返して剣を追いつけた。
だが、ただの間に合わせの防御をルシンダは無慈悲にも打ち落とした。そして一瞬の後に兜を撃たれた。凄まじい響きで頭がグラグラし昏倒するかと思ったが、何とか持ち応えた。
「勝負あり、ルシンダの勝ち」
カーラが言いシンヴレスは小さく息を吐いた。
「悪くないわ。ちゃんと鍛えているのね」
ルシンダがそう言ってくれたのが嬉しかった。
「叔母上、お相手ありがとうございました。叔父上はこれ以上ですか?」
「うーん、どうかしら。あの人は竜の上での戦いの方が断然に強いけど、地上だったら私の方が上かな。その上にはべリエル王国のリオル王がいるけれど」
「リオル王」
以前、闇騎士と名乗っていた男で、シンヴレスもその剣術を見たことがある。あれは叔父であるドラグナージークと帝国自然公園からの帰路だった。ただその時は、先程のカーラよろしく、闇騎士も剣をボロボロにされて撤退した。
「カーラさんもシンヴレス君も、太刀筋は良いわ。膂力は確実に鍛えられている。ただ、足腰に踏ん張りが効いていない印象ね。競り合いで負けるわよ」
ルシンダに言われ、シンヴレスはカーラと目を合わせ、共に不動の鬼へ視線を向けた。
「走り込みが大事ですな。体力も鍛えられる」
「そういうことね」
鬼の言葉にルシンダが同意した。
「それじゃあ、剣を振るっても意味が無いってこと?」
カーラが問う。
「そうは言わないわ。でもせっかく素振りをするなら」
ルシンダが後方を指さす。そこには藁人形があった。
「標的を決めてどこに当てるか決めて剣を振った方が器用に剣を操れるようになれるわよ」
藁人形を見て、シンヴレスはこれを帝都でも真似ることに決めた。
「二人とも、そろそろギルムさんの工房に行ってみたら? 剣が仕上がっているかもしれないわ」
シンヴレスは鬼と、カーラを振り返り、頷いた。
「そうします」
「後はとにかく下半身を鍛えて」
「はい!」
シンヴレスが返事をするとルシンダが微笑んだ。
「まだまだ可愛いわね」
2
シンヴレスと、カーラは鬼を先頭に広い道を駆けていた。甲冑が重い。ガランは帝都の城下以上に広い街なのかもしれない。
鬼が鍛冶屋を覚えていたらしく、先導してくれた。彼は厚い布鎧を身に着けていたが、正直似合わなかった。
「どうしたの?」
並走しながらカーラが問う。
「鬼に鎧は似合わないと思って」
息を喘がせながらシンヴレスは言った。
「そうね。何なら似合うかしら」
「上半身は裸の方が彼らしいと思います」
「私もそう思う」
何も鬼が普段から半裸というわけでは無い。鬼はしっかり甲冑に身を包んでいた。だが、あまりに厳めしく、筋骨が隆々なので、鎧で隠れるのが勿体無いとシンヴレスは思ったのだ。
そうして町外れの鍛冶屋に到着した。煙突から灰色の煙が上がっている。
「ああ、どうしよう」
鍛冶工房に入ろうかというところでカーラが思い出したように言った。その手には圧し折られ、刃はすっかり零れ落ちてしまった無惨な剣の姿があった。
「頑張った証です。鍛冶師ならそれを認めてくれると思います」
シンヴレスが慰めるとカーラは覚悟を決めたように頷いた。
「こんにちはー!」
鬼が扉を開け、シンヴレスが挨拶する。出来上がった武具に防具が山とテーブルの上や壁に立て掛けられていた。
「来たか」
堂々とした老人が鬼顔負けの鍛え抜かれた半裸姿で現れた。
「剣の方、仕上がりましたか?」
シンヴレスが問うと鍛冶師は頷いた。
「これ、借りていた剣です」
「どうやら出番は無かったようだな」
鍛冶師が言い、そしてカーラを見た。
「ごめんなさい、剣、ボロボロで」
彼女の謝罪に厳めしい鍛冶師は言った。
「ルシンダか。グレイググレイトと打ち合ったな?」
「ええ」
「気にするな。だが、あれに勝てる剣はそうそう無いぞ。あれを除いてはな」
鍛冶師が目を向けた先、赤々と炎が輝く炉への入り口に、何とグレイググレイトが立て掛けられていた。
「需要があるかは分からなかったが、どうやら打って正解だったようだ」
鍛冶師は踵を返してグレイググレイトの方へ行くとそれを片手で掴み上げ、鞘を持ち、カーラに差し出した。
「金は要らん」
「良いの?」
「ルシンダと互角に戦える剣士となれ。道は険しいが、お前なら出来るだろう」
鍛冶師はそう言った。
「必ずなるから!」
カーラが感激し声を弾ませて答えると、鍛冶師は満足したように頷いたのだった。




