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「グレイググレイト」

 ルシンダに案内され、ガランの町を行く。町の者達が気さくに声を掛けて来た。皆がシンヴレスのことを尋ねる。ルシンダは遠くに住んでいる甥だと応じる。何度もそんなやり取りが繰り返され、シンヴレスは帝都を象徴する白い甲冑で来たことを少しだけ居心地悪く思った。

 もっと目立たない格好でくれば良かった。

 だが、丸顔の店主、チャーリーの武器屋に来たシンヴレスは驚いてそんなことも忘れていた。とても奥行きのある店の裏側に芝生が敷かれ、藁人形が差され、ちょっとした演習場になっていたのだ。

「チャーリー、この子をお願いね」

「任せてよ。リカルド、さぁ、おじさんとこっちでお母さん達を見てようね」

 リカルドはチャーリーの言葉に顔をニコニコさせてグラグラと歩んで行き隣に並んだ。

 その様子を確認したルシンダは、途端に戦士の顔つきになった。

「シンヴレス君、カーラさん、真剣が良い? それとも木剣にする?」

 と、言いながら、腰に提げている重々しい剣の柄に彼女は手を掛けていた。

「真剣で。その方が文字通り、真剣になれるからね」

 カーラが言った。

 ルシンダの顔がシンヴレスに向けられる。

「御曹司には木剣で!」

 珍しく不動の鬼が取り乱して声を上げた。

「みんなの迷惑にならないように今日は木剣でお願いします」

「オーケー」

 ルシンダは頷いた。

「カーラさん、まずはあなたから行くわよ」

「望むところよ、そのデカい剣を今度こそ、圧し折って見せるわ」

「フフッ」

 ルシンダが剣を抜いた。シンヴレスは驚いた。これほど刃が分厚く広く、鋭利な輝きを放っている剣を彼は見たことが無かった。とても重そうだが、ルシンダは、慣れたように正面に構える。

 カーラは両手持ちの剣を抜いた。こちらも長く大きいが、叔母の剣に比べれば赤子のようなものだと、シンヴレスは思った。果たして叔母上はあの大きな剣をどこまでものにしているのか。一気に緊張してきた。

 カーラは上段、下段、最後に正面に構え直した。まるでルシンダに隙が無いということだろう。

「シンヴレス君、審判をお願いね」

「はい、叔母上! では、両者、始め!」

 血気盛んなカーラから仕掛けるとシンヴレスは思ったが、先に動いたのはルシンダだった。凄まじい暴力的な風の音色が、避けたカーラの眼前を横切る。

 何て剣だ。まるで大きな竜の羽ばたきのように規格外の音だ。

 カーラが突きを繰り出すが、ルシンダは身体を流しながら避け、カーラの背後に回った。

「いかん!」

 不動の鬼が焦った声を上げる。

 しかし、カーラは跳躍して身を翻しながら今度も後方に飛んだ。容赦の無い突きが空を切った。

「ええい、くそっ」

 カーラが冷汗を拭いながら毒づく。ルシンダの方は余裕の表情かと思われたが、そうではなかった。叔母は本物の戦士に成り切っている。凄まじい眼力でカーラを見据え、一歩踏み込み、剣を薙いだ。

 カーラもさすがにこれ以上、逃げてばかりでは示しが付かないと思ったのか、剣を縦に振るった。

 両者の剣が激突する。二撃、三撃、物凄い鉄の音色と火花、そして刃の欠片が飛び散るのをシンヴレスは見た。

「カーラ、迂闊に打ち合うな!」

「そのぐらい分かってるわよ! だけど、挑戦者はこの私よ! 逃げてばかりもいられないの!」

 その言葉にルシンダが、不敵な笑みを浮かべた。

 競り合いから解放されてカーラが踏み込んで刺突を見舞った。

「大馬鹿者! それでは」

 鬼が呆れたような声を上げた。

 次の瞬間、凄まじい勢いでルシンダの剣がカーラの剣を下から弾き上げた。

「そら見たことか!」

 鬼が苛立たし気に再び声を上げた。

 だが、カーラは頑張った。そう、シンヴレスには見えた。弾かれた剣を素早く戻して、ルシンダの容赦ない連続攻撃を捌いていった。鉄の破片が散る。それはカーラの剣だとシンヴレスは見抜いた。

「何なんだあの剣は」

 シンヴレスが思わず声に出すと、チャーリーが言った。

「あれはグレイググレイトだよ。旧式の竜乗りの剣。竜を斬るための剣と言った方が良さそうだね。あれを使いこなせる筋力をルシンダは苦労して身に着けたのさ」

「旧式の」

 一昔前の竜乗り達は何て恐ろしい剣を手にしていたのだろうか。それを操る膂力は想像するに身も凍るほどだ。カーラの剣が刃を散らす中、シンヴレスはルシンダのグレイググレイトを目で追っていた。

「残すは切っ先のみが頼りか」

 鬼が難しい顔を更に難しく歪めた。

 後方に跳んだカーラが刺突の構えを見せる。

「粉クソオオオッ!」

 咆哮し、駆け、捨て身の突きを繰り出した。

 ルシンダはその一撃を上から叩き落した。

 儚い音と共にカーラの剣は圧し折れた。

「審判!」

 チャーリーが急いだように声を上げた。

 シンヴレスも意図を理解し、慌てて宣言した。

「勝負あり!」

「そんな!」

 カーラがこちらを鬼のような形相で振り返る。

「まだ戦えるわ!」

 そう言って半ばから圧し折れた剣を見せて抗議する。

「頭を冷やせ! 刃はボロボロに零れ落ち、それで叩いて応戦する気か? これは仕合だ。殺し合いではない! そこまで憎悪の念に囚われるな、その時点でお前の負けだ、カーラ!」

 鬼がきっぱりと言い、カーラの顔がだんだん、普段の彼女の顔に戻って行き、そして笑った。

「そうね、私の負けだわ。また負けちゃった。仕合ありがとう、ルシンダ」

「カーラさん、動きは良かったわ。それに私が剣を下から突き上げた時、あなたは剣を放さなかった。大したものよ」

 ルシンダはそう言ってグレイググレイトを鞘に収めた。

「店主、あれに負けない剣を売って頂戴!」

 カーラがチャーリーに詰め寄ると、チャーリーはハゲ頭を掻いて答えた。

「それは無理だよ、普通の剣じゃ、グレイググレイトを手にしたルシンダには勝てないよ。あんたがうちの剣を全部使って挑んでも結果は同じさ」

「そう……」

 カーラは溜息を吐いた。

「シンヴレス君」

 名を呼ばれ、前を見えると、ルシンダが木剣を放り投げた。ちょうど、バスタードソード型の木剣であった。ルシンダは、両手持ちの木剣を取ると、言った。

「審判はカーラさんに頼むわ。いざ、勝負よ!」

「負けませんよ、叔母上!」

 叔母の楽しそうな笑みを見て、シンヴレスはアッと言わせてやるとそう意気込み、勝負に臨んだ。

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