「親戚一家」
ガランの町を適当に見て回ったが、そろそろ日も暮れて来たので決断しなければならかった。今日は叔父であるドラグナージークに会わずに明日にするか、それともこれから挨拶に行くか、だ。
「いかがいたします?」
鬼が問う。
「今からだと夕飯の邪魔になるかもしれないわね」
カーラのこの言葉が決め手となった。
「叔父上に会うのは明日にする」
「はっ」
不動の鬼が敬礼する。
町の者に宿を訊くと、岩窟亭という宿屋を紹介された。
シンヴレスはそこで民の食卓を初めて見た。
民の食事には煌びやかさが無いだろう。そうシンヴレスは思っていた。民は貧しいものだとどこかでそう思っていたのだ。だからこそ、王宮顔負けの料理の数々、その美味しさに驚き楽しんだ。
「このピザって料理は特別に美味しいね」
シンヴレスが言うと、彼の素性を知らない店主は首を傾げていた。
そうして就寝することになったが、ベッドは王宮の自室のものとは違い、硬かった。鬼とカーラが交互に番をすると言ったので、その心意気を無駄にしないためにもシンヴレスは早く眠りに落ちたかった。あの香水を持って来れば良かった。
だが、いつの間にかシンヴレスは眠ってしまっていたのであった。
2
叔父上達の家はどこだろうか。不動の鬼も知らなかった。
朝食を終え、宿を出ると、朝陽が気持ちよくシンヴレス達を包んでくれた。見知らぬ街。ああ、旅をしたのだな、と、シンヴレスは実感した。
行き交う人々を見て、シンヴレスも心を固めた。今日は叔父上と会う。
数人にドラグナージークの家を尋ねたが、誰も彼もがシンヴレス達を見て、はぐらかすように答えて行ってしまう。
「ぐふふ。この町はですね、ドラグナージークを愛しているんですよ」
シンヴレスもカーラも、不動の鬼さえも驚いた。そこにはみすぼらしい身形をした無精髭の男が立っていたからだ。しかし、シンヴレスは以前にこの男と会っている。帝国の密偵アレン・ケヘティだ。
「皇子に近寄るんじゃないわよ」
カーラが間に入ろうとするが、シンヴレスが彼を紹介した。
「もっとまともな格好できないの?」
カーラが厳しく問うが、アレンは、「ぐふふ」と笑うばかりであった。
「皇子殿下、ドラグナージークの家まで案内しましょう」
アレンに言われ、シンヴレスはそうするように頼んだ。
シンヴレスは美男子だが、旅姿の衣装がそれを打ち消していてくれる。帽子に上着に、皮のブーツ。腰には借りたバスタードソードが提げられている。そこでシンヴレスは、鍛冶職人が昼には出来上がると言ったことを思い出した。
アレンに続くと、住宅街に入り、それだけでシンヴレスは泡を食いそうだったが、民家の列を歩んで行った。
特徴の無い家々の途中でアレンは止まった。
「ぐふふ、こちらですよ」
なるほど、表札にドラグナージーク、ルシンダと記されていた。申し訳程度の庭がある。おそらくは木造の家であった。
「ありがとう、アレンさん」
シンヴレスが振り返った先に密偵の姿は無かった。
「気配がまるで感じられなかったわよ」
カーラが言い、鬼までも頷いた。
木の扉のノッカーを叩くと、中から、男の声がした。
「今、開けます」
シンヴレスは緊張していた。叔父の声だ。
そうして扉が開かれた先で、シンヴレスは、帝国自慢の竜傭兵の姿を見詰めた。
黒い髪、切れ長の目には温かさがある。鼻筋が通った美丈夫がそこに立っていた。ドラグナージークは鎧の下に着る服を着ていた。その目がゆっくり嬉しそうなものになり、次の瞬間、名前を呼ばれた。
「シンヴレス! 来てくれたのか」
「は、はい、叔父上」
「すっかり見違えたな、まだまだ大きくなる。将来が楽しみだ。さぁ、入って」
ドラグナージークとルシンダの家の中は質素な外見とは違い、悪い言い方をすれば毒々しかった。何せ、ファンシーな部屋で、竜の描かれたクッション、ミニチュアなど、竜のイラストばかりが至る所に描かれていた。
「凄い部屋」
カーラが驚き呆れたように言った。
「ようやく来たわね、シンヴレス皇子」
赤い髪を長く伸ばした綺麗な人が立っている。昨日空で会ったドラグナージークの妻、シンヴレスの叔母ルシンダである。そして母の膝丈ぐらいの子供が掴まって立っていた。
「叔母上、こちらが、私の従弟のリカルドですか?」
「ええそうよ」
ルシンダは微笑んだ。
「可愛い」
カーラがシンヴレスの背中で言った。
シンヴレスは小さな従弟の目線に合わせてしゃがみこんだ。
「こんにちは、リカルド。シンヴレスだよ」
「シュンプレェシュ」
「うん、そうだよ」
シンヴレスは頭を優しく撫でた。そして立ち上がり、ドラグナージークとルシンダに言った。
「実は、父上から二週間の休暇をいただきまして、御挨拶に伺いました」
シンヴレスと不動の鬼とカーラはソファーを勧められ、座った。叔父夫妻が対座する。
「そうだったのか。よく顔を見せに来てくれた。だが、シンヴレス、腰の剣がグレイグショートでは無いが、竜乗りは難しかったか?」
「いいえ。ここまでも竜で来ました。昨日、偶然顔を覗かせた鍛冶屋さんで」
と、言ったところでドラグナージークの方は事情を察した様に苦笑した。
「ギルムに磨き残しを指摘されたか」
「はい」
「あたしは、新品だった三本も研ぎに持ってかれたわ」
カーラが言った。
「ギルムの腕と目は確かだ。未だに私も研ぎ残しを指摘される」
「叔父上もでしたか。それで、叔父上、今、私はグレイグショートを卒業して、グレイグバッソを使ってます」
シンヴレスが言うとドラグナージークは頷いた。
「良い身体つきになったもんな。鬼に鍛えて貰っているのかい?」
「はい、それと、こちらのカーラさんです」
カーラは一礼し、不満気な顔で言った。
「ガランのドラグナージークは有名だから一度手合わせしたかったのだけれど、あたしが訪ねた時は空の上だって言われたのよ。そのまま待っていれば一番良かったのかもしれないけど、飽きちゃって、それで町の人達にあなたの居場所を尋ねて回ったけど、みんな口が堅くてはぐらかされて、嫌になってこの町は最後に来ることにしたのよ」
「それはすまなかった」
「カーラさん、良ければまた私が相手になるわよ」
ルシンダが言った。
「良いのかい?」
カーラはドラグナージークの顔を見た。
「ああ、彼女は強い。私以上だ」
ドラグナージークが太鼓判を押すと、カーラは言った。
「だったら、剣が戻って来る今日の午後に相手になってもらますか?」
「私が巡回に出よう。ルシンダ、君は彼女と、ついでにシンヴレスも鍛えてやってくれ」
「良いわよ」
ドラグナージークの言葉にルシンダは頷いた。
それからは王宮のことをシンヴレスは伝えていた。サクリウス姫のことも話した。
「ならば、グズグズしている暇はないな。だが、鬼に鍛えて貰ってるのだから、間に合うさ」
「本当でしょうか?」
シンヴレスは不安に思いながら叔父に尋ねた。
「よし、分かった。シンヴレスが自信を持てるように私も成果を見せて貰おう。ただし、明日になるが」
「是非、是非ともよろしくお願いします!」
シンヴレスはドラグナージークをアッと言わせたくなって武者震いしたのであった。




