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「忙しい日々」

 シンヴレスの日課となりつつあるのは、朝少しだけ早く起き、鬼かカーラに剣の修練に付き合って貰うことだった。

 そうして一流の竜乗りを目指し、午前は竜との訓練でいっぱい使う。そして午後は政務見習いに身を置いていた。シンヴレスは竜乗りの道も、ダンハロウとの約束もどちらも取ることにしたのだ。夜にはまた鬼との稽古に励み、結果として失われて行ったのは睡眠時間であった。

 執務室で民の訴状を見ながら、苦悩もする。民とはこれほどまでに大変な思いをしているのだとも痛感した。

 崖崩れがあり、道が寸断されてしまいしました。以前もお願いに上がりましたが、皇帝陛下の力を持って何とかしていただけないでしょうか?

 古い橋が壊れてしまいました。建て直しのための費用が賄えません。何卒、御援助の程をよろしくお願いいたします。金額は――。

「ふーむ。ディオン」

「何でしょうか?」

「この二つの案件だけど、早急に取り組んだ方が良いと思うんだ」

 民は存外気が短い存在なのだとシンヴレスは痛感していた。帝都ならば困ったことは起きないが、その他の領地では違っていた。そして先延ばしにすると民は口々に言うのだろう。偉い人達は現場を知らないから机に向かって紅茶でも呑気に飲んでいるのだろうと。

「反感の芽が出る前に処理した方が良い」

「確かに仰る通りですね」

「父上に許可を貰って来るよ」

 そうしてシンヴレスは、橋の費用を速やかに代表の者の元に届け、兵士を被災地域に派遣した。

 後は、許可を求める羊皮紙を吟味し、可否の判を押す。実はこの中には皇帝エリュシオンが息子の判断技量を上げるために、でっち上げた偽の訴状も数多く交じっていた。シンヴレスは時折ディオンが顔を険しくする様に気付くことは無かった。

 夕暮れ過ぎ、食事の前にシンヴレスは鬼とカーラと共に修練に明け暮れる。それは食事の後から入浴するまでの僅かな時間でもそうだった。

「御曹司、今日はもうこのぐらいに致しましょう」

 鬼が弱り切った様に言うが、シンヴレスにはまだまだ足りなかった。ただでさえ、剣の修練に時間が割けないのだ。今頑張らなければならない。ダンハロウの前で大見得を切り、残りはもう今年しか時間が無い。

 シンヴレスは剣の鬼となってひたすら励んだ。

 そんなある日、シンヴレスは朝の修練の時間を寝過ごしてしまった。

「どうして起こしてくれなかった!?」

 シンヴレスは不機嫌になり、番をしている鬼に向かって声を荒げていた。

「申し訳ございません」

 鬼が頭を下げる。

「私には時間が無いのだ!」

 シンヴレスは思わず怒鳴り声を上げた。

 背後から侍女が顔を覗かせているのが分かる。

「何を見ているのです?」

 シンヴレスは侍女を睨んだ。

「も、申し訳ありません。今すぐ御着替えの準備に入ります」

「もう良い!」

 その時だった。背後でコツリと足音がし、振り返ると、そこには冷徹に見下ろすカーラの姿があった。

 そして予想もしなかったことが起きた。

 高く鋭い音がし、シンヴレスは倒れた。頬から凄まじい痛みが走った。

「皇子、あなたに二つの道を取ること何て無理だったのよ。竜乗りになるか、じい様に勝つために修練を積むかどちらかになさい」

 シンヴレスの目から熱い涙が零れ落ちた。

「ごめんなさい、みんな。八つ当たりをしてしまって」

 侍女が気にしていないと言い、鬼も頷いた。

「私は私の責任で両立して見せます」

 そういうとカーラが抱き締めてくれた。

「皇子は頑張っている。だけど、焦ってもいる。あなたの心が分からないわけでは無いわ。でも、今のは王者の子として、一人の男の子としても褒められるべきところじゃなかった」

「はい」

 カーラの胸の中で泣きじゃくりシンヴレスは返事をした。

「二つの夢を叶えるために頑張るなら今しかない、あたしもそう思う。そうね、少し息抜きなさい。このままじゃ、竜と剣と政務で押しつぶされるだけだわ」

「息抜き、します」

「そうなさい」

「父に許可を得てきます。ありがとうカーラさん」

「良いのよ」

「皇子、それでしたらお召しかえ致しましょう」

 侍女が言った。

「うん、お願い」

 シンヴレスは皇帝である父と話し合った。父は情けない奴だとは言わなかった。苦労に気付いてやれずすまなかったと言った。が、皇子として、市井の民とは違う者として、竜も剣も政務もどれもしっかりこなすようにと言い、二週間の休みをくれた。

「さて、息抜きどうしようかな」

 シンヴレスは部屋の前で鬼とカーラと話していた。

「違う環境に触れ合うと良いわ。言ってみれば旅行ね」

「旅行。どこに旅行に行きましょうか」

「帝国自然公園とか?」

 カーラが提案する。

「うーん」

 皇子は悩んだ。何故なら自然公園をサクリウス姫に案内することが夢だったからだ。この楽しみだけは次に取っておきたい。

「誰か会いたい人は?」

 カーラが優し気に問う。

 シンヴレスは思い起こした。

 皇族からは抜けたが、叔父であるドラグナージークに会いたいと。結婚し、シンヴレスの従弟も生まれたと手紙が随分前に父の元へ届いた。

「ガランに行きたいです」

「それはそれは」

 鬼が嬉しそうに言った。

「ガランに何があるの?」

 カーラが問う。

「それは、行ってみてからのお楽しみです。御二人とも竜に乗れますか?」

 不動の鬼とカーラは顔を見合わせ、かぶりを振った。

「でしたら、私の竜で行きましょう」

 シンヴレスはもう有頂天になっていた。従弟にも叔母にも会いたかったが、一番会いたいのは最強の竜乗りの声の名高い叔父であるドラグナージークであった。

 彼と剣を交えたい。それがシンヴレスの願いで、結局は自分でも思うが、剣の道は片時も修練を怠りたくなかった。

 シンヴレスは言った。

「今すぐ出発するから準備してください!」

 鬼は敬礼し、カーラは頷いた。

 叔父上に会いたい。

 シンヴレスは侍女を呼んで、甲冑に着せ替えて貰い、予備の着替えを準備して貰った。

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