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「十三歳」

 訓練に稽古に、十二歳のシンヴレスは実に忙しかった。だが、優しい人達に恵まれていたことを同時に痛感した。例えそれがダンハロウ老人であっても優しかったとシンヴレスは思う。

 サクリウス姫と一緒にいる許可を取り戻すべく、シンヴレスは十三の誕生日すら祝いを辞し、その代わり、ダンハロウ老人に相手を頼んだ。

「御歳を召された分、強くなられたと思います」

 残念ながらシンヴレスの膂力はダンハロウにはまだ認めて貰えなかった。

「もう少しです。またこの年寄りを呼び出して下され」

 ダンハロウ老人はニコリとすると演習場を去って行った。

「駄目かー」

 シンヴレスは砂の上に崩れ落ちた。刃のぶつかった瞬間に火花を見た気がした。これならばと内心思っていたのだが、そう甘くは無かった。このままではサクリウス姫は高嶺の花となる。結婚はするだろうが、ダンハロウ老人には何としても認めて貰いたかった。そうじゃなければ、正式な結婚とは言えずしこりが残った生活を死ぬまで送ることになるだろう。

「私は所詮父上の威光の下にある皇子なのかもしれないな」

 思わず弱音を吐露する。自分でもわかる。政治学は凡庸だということが、シンヴレスの綺麗で涼やかな外面にできる皇子だと皆は錯覚している。だが、事実は違うのだ。

「せめて剣術だけは一流になりたかったな」

 グレイグバッソの刃のひび割れを見詰めてシンヴレスは思った。

「我々が居ります、御曹司」

「そうだよ。まだまだあなたは強くなれるわ。今からそう達観しないで、少しずつ強くなって行けば良いのよ」

 鬼とカーラに励まされ、シンヴレスは頷き、立ち上がった。

 演習場の真ん中では兵士達が声を張り上げ、調練に熱を燃やしている。シンヴレスは思う。べリエル王国とは仲も良くなったし、何に備えてそんなに自らを奮い立たせて訓練をしなければならないのか。

「鬼、我々に敵はいるのか?」

「敵、でございますか?」

「うん。野生の竜に備えているのか?」

「それもあるでしょう」

 鬼は頷き、細い目でシンヴレスの眼差しを真っ直ぐ見詰めて言葉を続けた。

「解答にはなっておりませぬが、これだけは言えます。強く無ければ、大切なものは守れません」

「確かに」

 シンヴレスは再び頷いた。

「兵士の皆は我が国を大切なものだと思ってくれているのか。こんなに嬉しいことは無いな」

「おっしゃる通りかと思います」

 鬼は片膝をついて平伏した。

 カーラと目が合うと彼女は頷いて肯定してくれた。

 みんなの国とサクリウス姫を守るため、私は再び修練に励むとしよう。

 だが、十三歳のシンヴレスは文官についてもらって政務の見習いをするように父に言われた。竜乗りの訓練か、鬼達との訓練を少し減らさなければならない。

 一流の竜乗りになるのが夢だったが、サクリウス姫を箔を付けて娶るのが自分にとっては優先だとも思っていた。どちらにしようか、鬼に問うと、自分で決定するように返された。目の下にクマが出来る程一晩悩んだ結果、シンヴレスは鬼達との訓練の時間を減らすことにした。

 国を背負うには自分一人強くなっても仕方が無い。一流の竜乗りになって他の竜乗りを指揮できる立場に立った方が国を、民を守れる可能性が上がるだろう。シンヴレスには分かっていた。どちらを取っても後悔するということを、若干十三歳で、政務が苦手な剣一筋でこれまでやってきた自分でもそう思っていた。

 ディオンという名の若い文官に仕事を見て貰いながら、午後、シンヴレスは政務に着手した。平和な国だと思っていたが、寄せられた民からの多くの訴状を見て、国は本当の意味では平和で無いことをシンヴレスは思い知った。今まで頑張って来た剣術に比肩するほど、この仕事は大事だと悟った。

 ディオンに訊き、多くの訴状を片付けると、あっという間に夜になっていた。

 これからはこうやって過ごして行くのだろうな。大事なことだけど、サクリウス姫のことは諦めなければならないのだろうか。

 中庭で就寝までの僅かな時間、素振りに励んでいると、どうしても無念に思えた。順序を間違えたのでは無いだろうか。何故、サクリウス姫を優先させなかったのか。ダンハロウ老人に試練に打ち勝ってこその結婚だ。このままではダンハロウ老人をアッと言わせることはできないだろう。

 アーニャとの指切りもある。

 悔し涙が溢れて来る。

「御曹司」

 鬼が声を掛けて来た。

「私はサクリウス姫を諦めようと思う」

「そう思い詰めないでください。さぁ、せっかく時間があるのです、本気で修練に臨みましょう」

 鬼の温かい言葉にシンヴレスは涙を振り払って、素振りを始めた。

 その日の夢はバジスの背に立ち、空を駆ける夢だった。驚いたことに隣ではアメジストドラゴンのアルバーンの背に立つサクリウス姫がいた。二人は竜の上で剣を抜き、打ち合った。鋼の声が虚空に響き、サクリウス姫が言った。

「必ず、私を迎えに来てくださいね」

 シンヴレスは目を覚ました。意識はしっかりしていた。

「竜乗りもサクリウス姫を取り戻す試練もどちらも立派にこなして見せる」

 カーテンを開けると朝陽が昇る頃合いだった。朝食まで時間がある。シンヴレスは白亜の帝都を象徴する白い甲冑に着替えて扉の外に出た。

 そこには鬼が番をしていた。少しだけ細い目を見開いたようだった。

「お供します。御自分で甲冑に着替えられのは素晴らしいことですが、どうぞ、侍女の役目を取らないで下さい」

「分かった。今度は声を掛けるよ」

 シンヴレスは侍女の待機部屋を訪ねて、謝罪した後、中庭へと向かって行った。

 途中サクリウス姫の部屋の前を通り過ぎた時、夢のことを思い出し、サクリウス姫に感謝した。

「いくぞ、鬼」

 二人で木剣を構える。

「いつでもどうぞ」

「よし、タアアアッ!」

 シンヴレスは気合い漲る咆哮を上げて勇躍したのであった。

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