「アーニャとの約束」
サクリウス姫は竜の扱いに慣れていた。指笛を吹くと盗まれたレッドドラゴンが並んで来た。サクリウス姫は綺麗な笑みを浮かべて竜を労わった。
シンヴレスには出来ない芸当であった。
「サクリウス姫、あなたといつでも会える権利を勝ち取ったら、指笛の吹き方を教えてください」
サクリウス姫は笑顔のまま振り返り、頷いた。
このまま城まで着かなければ良い。永遠にサクリウス姫と空を飛んでいたかった。しかし、グランエシュードと八騎の竜乗り達が急いで馳せ参じた。
「皇子殿下、御無事で!?」
老兵グランエシュードがフォレストドラゴンの上で声を掛ける。
「ご心配をお掛けしました。サクリウス姫のおかげで私は死なずに済みました」
シンヴレスが言うとグランエシュードはサクリウス姫に丁寧に情のこもった礼を述べた。
「いずれにせよ、竜が無事でよかった。皇子殿下も身を挺して頑張りました」
サクリウス姫がシンヴレスをチラリと見てそう言った。
「竜乗りの訓練をこれからも頑張りたいと思います。グランエシュードさん、これからもよろしくお願いします」
「おお、皇子殿下、何とも勿体無いお言葉。きっと一流の竜乗りにして御覧にいれます。あのドラグナージーク殿に比肩する竜乗りに必ずしてみせますぞ」
グランエシュードは言葉通り感激したように言った。
竜乗り達に護衛され、竜舎へ戻ると、不動の鬼とカーラが駆け付けて来た。
「御曹司御無事で!?」
「うん、私は大丈夫」
「安心したわ」
カーラが長い溜息を吐いた。
隣で靴音が鳴りサクリウス姫が竜の背から下りた。手を貸すべきだった。だが、そうすればサクリウス姫の手を一生放さなかっただろう。ダンハロウ老人が温和な笑みを浮かべて歩んで来た。いつも通りの正装にシルクハットをかぶり、腰には籠付きの剣を帯びている。
「さすがは皇子殿下、竜のために命を顧みず飛び出したのは見事でした」
「いえ、サクリウス姫が助けてくれなかったらここには居りませんでした。ダンハロウさん、必ず納得できる剣をお見せします」
シンヴレスはサクリウス姫に一礼し、背を向けて竜舎から出て行った。
2
素振りに力が入る。脳裏を過ぎるサクリウス姫の姿に、無我夢中でシンヴレスは剣を振っていた。もっと一緒に居たかった。サクリウス姫は綺麗でカッコいい。あの人とつり合いが取れるようにもっともっと強くならなきゃ駄目だ。
仕合になり、両思いだが、お互いに気付く様子の無い鬼とカーラの手合わせを研究するように眺めながら、シンヴレスは二人の剣術に熱が入っているのを見た。だが、鬼も一時期の様に暴走気味では無い。冷静に力強く、普段見て来た鬼の姿でカーラを相手取っている。鬼の木剣が次々カーラを打つが、カーラは怯まない。そして奇跡的に鬼の攻撃を掻い潜り、その横腹に初めて一撃を入れたのだった。
鬼が言葉少なにカーラを称賛する。シンヴレスは他人の勝利を見て、やはり鍛練には意味があるのだと再確認した。
そうして夜になる。シンヴレスは食事を部屋でとっていたが、鬼とカーラを同席させて初めて食事をした。
ヒレステーキを美味しそうに頬張るカーラを鬼はジッと見ていた。
「何?」
カーラが怪訝そうに問う。
「いや、肉が好きならば強くなれると思ってな」
「あたし、もう少し太った方が良いかな?」
「いやいや、そんなことはない。そのままで構わない」
鬼は慌てたように言い、顔を俯かせ赤面していた。カーラの方も顔を赤くさせていた。
シンヴレスは思った。いつも付きっきりで自分の護衛を二人はしている。だが、たまには余暇を与えても良いのでは無いか。二人揃ってだ。互いの気持ちに気付けるかもしれない。
「明日と、明後日、二人には暇を与えます」
シンヴレスが言うと、鬼とカーラは驚いていた。
「いいえ、御曹司の護衛に適任な者は我らを除いてありません」
鬼が言った。我らということはカーラの実力を認めている証だろう。自然に飛び出した言葉にシンヴレスは嬉しく思った。
「カーラさんに城下を案内して差し上げて欲しいんだ」
「そんなこと」
鬼が言いかけた。鬼を納得させるには切り札があった。
「私の護衛はアーニャに頼むよ」
生真面目な鬼はカーラの熱い視線に気付いていないようで残念だったが、渋々と言った様子で頷いた。
「アーニャ殿ならば」
「よし、決まりだね」
シンヴレスが言うと鬼はカーラに目を向けた。今度はカーラが目を逸らした。
3
「皇子、背中が曲がってます!」
中庭にアーニャの指導の声が轟いた。もしかすれば鬼よりも容赦が無いかもしれない。
「こう?」
そうして素振りをする。
「そうです、そのまま百回素振りをしましょう。私の声に合わせて」
アーニャも隣に並び短い槍を両手で握り、声を上げて振るった。
「皇子に早く強くなってもらうためにも容赦はいたしません」
「うん、ありがとう」
「可愛いお顔でお礼を言っても無駄です。手は抜きませんよ」
「そんなつもりはないよ」
「可愛いお顔で戸惑って否定してもこのアーニャは手を抜きません」
アーニャは真面目な顔で言い、槍の刃に鞘を付けた。シンヴレスは木剣だ。
両者は向かい合った。
シンヴレスはこちらに槍先を向けて構えるアーニャを見て、相手の出方を待つことにした。
のだが、一瞬の後、突きが甲冑の胸を打った。
「え?」
「皇子殿下、気迫が足りません。男の子なら自分から向かって来てください」
そう言われると、仕掛けざるえない。
シンヴレスは剣を振り上げ、突進した。
振るった刃をアーニャは槍で弾き返した。激しい激突音と痺れが全身に走った。
アーニャ、こんなに強かったんだ。シンヴレスは正直、アーニャを侮っていた。それからは全力を出し切り、幾度も打たれて、結局一勝も出来なかった。
「お水をどうぞ」
アーニャが木杯を差し出した。
「ありがとう」
シンヴレスは冷たい水を飲み干した。
「アーニャ、強いんだね」
「当たり前です、アーニャは誇り高き帝都の兵士なのですから」
「帝都の兵士はみんな君ぐらいに強いのかい?」
「いいえ、私程、熱心な同僚は居ませんね」
「じゃあ、アーニャは一人で稽古を頑張っていたんだね」
「そうです」
アーニャは得意気に笑みを見せた。
「明日も頼むよ」
「分かりました」
アーニャはそう言った後、神妙な顔でこちらを見た。
「皇子殿下、必ずサクリウス姫様にカッコが付くように強くなってくださいね。アーニャとの約束です」
アーニャが小指を立てた。シンヴレスも小指を立てる。二人は指切りで約束を交わしたのであった。




